第51話
連邦による侵略から解放されたロラリアは、平穏な日常を取り戻していた。王国軍が常駐し、兵士の数が大幅に増えているがそれによって街の雰囲気が変わるといったこともなく、人々は買い物をし、公園を散歩している。
ロラリアの玄関であり、守りの壁でもある西門詰所も、穏やかな雰囲気を保っていた。
「......暇だな」
「ああ。だが暇で俺たちが仕事をしなくて良いのは、市民にとってはとても良いことだからな」
「確かにそうだな。ところでさっきから何かおかしくないか?」
「おかしいって何がだ?」
「何か地面が揺れてるような......」
「おい!? あれを見ろ! 」
警備兵の1人が指をさした方を、もう1人が見る。すると丘の上から巨大な人形の形をした何かが近づいてきていた。
即座に警報を意味する鐘を鳴らす。すると、ロラリアの街の各地に配置されていた王国軍の兵士が即座に西門を潜り、戦闘布陣を形成した。
「連邦軍は撤退したはず。それならばあれは何だ?」
「恐らくゴーレムなのでしょうが、この距離からであの大きさのゴーレムを作る技術は連邦でもまだ開発されていないはずです」
「こちらへ向かっている以上相手が何者であれ、危険な存在の可能性があれば排除するしかあるまい」
即席部隊の司令官が風の魔法に声を乗せ警告した。それでもゴーレムは歩みを止めない。それを見た司令官が躊躇なく魔導師に詠唱開始の指示を出す。
秩序の取れた詠唱の後、生み出された炎弾が一斉にゴーレムへと殺到する。だが着弾する直前、生み出された緑色の障壁に阻まれ全て霧散した。
司令官が歩兵による突撃を指示しようとしたその時、ゴーレムのいる方向から声が聞こえた。
「ちょっと待って! こっちに攻撃する意思はないから、すぐに魔法打つのを止めて! 」
届いた声にどこか聞き覚えがあった司令官が攻撃中止の命令を出す。そして再び風魔法で会話を試みる。
「ゴーレムを指揮している者に告ぐ。敵でないのなら、速やかに自らの素性を名乗れ」
呼びかけに対しての返答は速やかだった。
「ロラリア防衛軍指揮官へ伝える。私達は先日遺跡探索へ出かけたアラン、ユーラ、シノの3名である。こちらに攻撃する意思は一切ない。そして私達が従えているゴーレムだが、これが危害を加えることはないことを約束する。詳しいことを説明するためにそちらへ向かいたいのだが、許可を願う」
届いた声の内容に司令官は文字通り腰を抜かしそうになった。まさか先日遺跡探索へ行っていたアラン達一行がゴーレムを引き連れて戻ってくるなど想像ができなかった。
即座に態度を改め、3人に接近許可を出す。徐々に近づいてくる3人とその後ろにいる巨大なゴーレムを見て、即席部隊の面々も冷や汗をかいたり、喉をごくりと鳴らしたりなど、緊張が拭えなかった。
その緊張を隠し、司令官がアラン達に呼びかけた。
「皆様、無事のご帰還喜ばしく思います。ところで、そのゴーレムのことなのですが......」
アランが話そうとした時、それを遮ってユーラが話し始めた。
「その事だが、至急総司令官と話がしたい。このゴーレムが危害を加えることはないと約束できる」
「はい、分かりました。ゴーレムはユーラ様やアラン殿が命令することはできるのですか? 」
「私は無理だがアランが命令したことには必ず従う、だから安心してくれ」
「はあ......分かりました。すぐにご案内いたします。それでこのゴーレムのことですが、街中に入ると大混乱になる恐れがありますので、門前で待機させることは可能ですか? 」
「わかった。アラン、頼んだぞ」
アランがゴーレムに門前の横で待機するように念じた。すると了解したという旨の念が帰ってきた。それと同時に低い地鳴り音と振動を響かせながら動き出し、所定の場所に着くと停止し、石像のように動かなくなった。それを見届けた臨時部隊の司令官が思わず口をこぼす。
「もしここで暴れたら俺の首が物理的に飛ぶことになりそうだな......」
アラン達3人は門兵から総司令官がロラリア内の領主の城、会議室横にある執務室にいる旨の報告を受け、急ぎ足で向かった。その道中、住民が急いで向かうアラン達を見て、至る所で会話が始まる。
「おい、あの先頭にいる人は冒険者のアランさんだろ?そんで後ろをついて行っているのはユーラ様とシノ様だよな?何を急いでるんだ?」
「そういえば遺跡に行ってたって話を聞いたわよ。何かすごい発見でもあったんじゃない?」
「アランはいいなあ......あんな美人でしかも位の高い方と一緒に冒険ができて」
「こら! アランさんって言いなさい、あと、2人は将来約束してる仲なんだから、一緒にいるのは当然でしょ?」
2人が執務室の前に着き、急いでノックをする。そして返事も待たずにドアを開き、中へ入った。
「ユーラ様、それに皆さんもそんなに急がれてどうしました? 今私は外に現れたというゴーレムの対応で忙しく......」
「そのことだが、単刀直入に言うとそのゴーレムはアランの制御下にある」
「......はい?一体どう言うことなんでしょうか」
ユーラは遺跡で起きた出来事を順序立てて説明した。それを聞いていた総司令官は目をパチクリさせながら聞いている。
「それでは改めて確認ですが、外にいるゴーレムはこちらに危害を加えることはないのですね? 」
「はい、それは保障できます。僕の命令には基本的に服従するみたいなので」
「基本的にですか?アラン殿、万が一のことがあっては困るのですが......」
「自分自身を破壊しろ、みたいな命令でない限り命令には従うと聞いているので大丈夫です」
アラン達の再三の説得に総司令官がようやく折れ、街の中にゴリアテを留置する場所を設けることになった。総司令官が今度はロラリアの領主を説得し、アランの止まっている宿の馬小屋の屋根を外し、そこに留置することが決まった。
決定を総司令官から伝えられたアラン達一行は、怪訝そうな表情で尋ねた。
「ゴリアテを街の中に入れるんですか?住民の人達が混乱しそうな気がするんですが」
「かといってそのまま外に放置していてもそれはそれで面倒なことになります。街の中で管理してゴーレムが敵対する存在でないことを証明しなければ。アラン殿、ゴーレムを指定の場所まで移動させてください」
「はあ......分かりました」
アランが大急ぎで門前まで走りゴリアテの元へ辿り着くと、思念で指示を飛ばす。石化から解除されたかのようにゆっくりと体を動かし、門の前までゆっくりと歩き出す。そのたびに小さな振動が地面を揺らした。
少し背を屈め、門をくぐる。その巨大な体格を目にした住民は大騒ぎし、予想通り人が人を呼ぶ事態になった。ある者はゴリアテを見て逃げだし、興味本位で近づいていく者もいた。それを取り囲む兵士たちが静止し、道の端に移動するよう伝える。
「おいおいこいつは何なんだよ!?」
「アランさん、このゴーレムは一体......」
混乱や戸惑いからの問いかけが次々とアラン達にかけられた。それを冷静になるようにと諭しながら、説明していく。
「みなさん落ち着いて! このゴーレムは危害を加えないので安心してください」
「アラン本当なんだろうな!? どうしてそう言い切れるんだよ? 」
反論されるとは思ってもいなかったアランが思わず硬直した。それに気づいたユーラがすぐに助け舟を出す。
「今アランの言った通りだ。この私が約束しよう、大丈夫だから安心してくれ」
彼女が民衆に語りかけると、大地に水が染み渡るように動揺が収まっていった。それを静かに見ていたアランがユーラとシノの2人に話しかける。
「俺って信用されてないのかな?...... 」
「そういう訳ではないと思いますが、やはり......ね?」
「ねって何ですかシノさん!? 」
「......まあアラン、気を落とすな。これからも冒険を続けていけば少しずつ貫禄もついていくさ」
「はい、頑張ります......」
ゴリアテが宿屋の馬小屋に到着した頃には、アランはかなりげっそりとした様子になっていた。ここへたどり着くまでに住民が右往作用し罵声が飛び交うのをユーラがなだめ、アランは図体のでかいゴリアテが間違って街に被害を与えないよう気をつけるのに全力を使った。そのために大移動が済んだ途端アランは思わず膝をついた。
「やっぱり外に置いておいたほうが良かったんじゃ......」
「おいアラン」
呼ばれた方を振り向くと、声をかけたノークを含め夜明けの民一同が揃っていた。だがその表情は一様に引きつっていたり、困惑したりしていた。
「おいアラン、こいつは一体どういうことだ?」
「詳しく話せばかなり長くなるんですが......」
「ではちょっと待ってろ」
ノークは領主の城へとものすごいスピードで走っていき、姿が消えた。そして少し時間が経った頃、ぞろぞろと後ろに役人を従えながら戻ってきた。
「明日上層部でこいつに関しての緊急会議を開くことになった。そこでどうしてこうなったのかきっちり説明してくれ」
呆れ顔でゴリアテに指をさしながら言ったノークに、アランが恐る恐る尋ねる。
「あの、総司令官にも事細かに説明したんですが、それをもう一度......」
「当たり前だ、こいつのせいでどんだけ街が混乱してるのかお前は分かってるのか? Bクラスにもなって......」
「まあまあノーク、そのくらいでいいじゃないですか。アラン、色々あって疲れてるのは分かるけれど、この事は王国や同盟国にとって重大な問題です。分かりますよね? 」
「......はい、すみませんでした」
「じゃあ明日の正午頃に会議室に集合だ。ユーラ様、アランを引きずってでも連れてきてください」
「あ、あぁ......引きずらなくてもちゃんと行くと思うが安心してくれ」
ようやく方針が決定したところでこの場で解散となった。アラン達がやっと大変な1日が終わったと安堵している間に、ノークの後ろからついてきた役人や政治家などは遠くからゴリアテを熱心に観察していた。




