第50話
アランは深呼吸をし、かつてゴルサノダンジョンで戦った時に得たゴーレムの特徴を思い出す。
こいつは瞬間移動が出来る。なので目視で敵を捉えておくことは無意味だ。それに幻覚までをも使いこなす。これによって前回の戦闘でシドルとアランはこのゴーレム相手に全く相手にならなかった。
刹那の時間思考にふけっていたアランが、気づいたときにはゴーレムの触手のように伸びた手が目の前に迫っていた。
わずかの差で地面に突き刺さる手から逃れたアランが、30歩以上距離をとる。だが着地した直後背後から強烈な殺気を感じ、振り返らずに横に跳んだ。
とてつもない轟音が部屋内に響く中、今度は100歩ほど距離を取りゴーレムの方を見ると、右腕が筋肉質な豪腕へと変わっており、アランのいたところに大穴が空いていた。
「トロールみたいな腕にも出来るのかよ。何でもありだな......」
今度はアランが仕掛ける。精神を集中し、大剣が淡い青色の光を放つと同時にゴーレムへと突進する。
空間を空気を切り裂く勢いで跳躍し、大剣をゴーレム目掛けて一刀する。だが既に姿はなく、転移されたと気づいた瞬間に体全体に物凄い衝撃を受けた。
ゴーレムの腹への蹴りをもろに受け、小石のように吹き飛ばされ部屋の壁に激突した。肺から空気が強制的に吐き出され、意識が飛びそうになる。そこへ触手へ変化させた腕がアランを貫こうと襲いかかる。
壁に衝突した衝撃から立ち直れずその場に倒れこんだ後に、偶然にも触手の攻撃が来たためにアランは事なきを得た。
心を奮い立たせ何とか立ち上がる。その様子をゴーレムは今度は黙って見ていた。先ほどは明らかに本気で自分を殺しに来ていたはずなのに、なぜ今は攻撃してこない。どういう事なのかわからずアランは困惑した。
受け身になってはダメだ。こちらからも仕掛けなくては。再び大剣を構えゴーレム向けて走り出し、刀身を光らせ渾身の力でゴーレムに切り込んでいく。
しかしその攻撃をゴーレムはいとも簡単にいなしていく。触手の腕でアランの連続攻撃を裁く。その様子にアランは攻撃を続けながらまたもや疑問を抱いた。
なぜ攻撃してこない。今まで自分を殺す機会は何度もあったはずだ。そこで攻撃してこないのは何故か。
「「力を示せ」」
戦闘が始まる前に頭に響いた声。それから考えると、彼らから何らかの基準で試されているであろうことは明白だった。
ただ試されているとはいっても、命の保証があるわけではない。このままだと力の差は明らかで、いつ殺されてもおかしくはない。
それでも攻撃の手を緩めず、ゴーレムに隙が生まれないかを注意深く観察する。
「このままじゃ埒があかない。攻めるしかないか」
アランが呟き、再びスイッチを入れる。それに応え、大剣が光を放つ。仕切り直しとばかりに一旦ゴーレムから距離を取り、一旦呼吸を整える。その間もゴーレムは攻撃を仕掛けることはなく、戦闘態勢のままアランを見つめていた。
大地を蹴り、ゴーレムの足元を狙い大剣を振り抜く。しかしゴーレムを斬りつける事なく、空を切る。既にゴーレムの姿はそこになく、その瞬間アランは転移して攻撃してくる事を警戒し、神経を研ぎ澄ませる。
気配を感じ取ることはできたが、再び正面に出現するとは露ほども想定していなかった。わずかにアランの反応が遅れた隙を見逃すことなく、ゴーレムがしゃがみこみ腕を振るい、アランをなぎ飛ばした。
地面をバウンドしながら吹き飛ばされ、再び壁に轟音と共に衝突した。それを見たユーラが叫び声を上げアランの元へ駆け寄ろうとしたが、障壁に阻まれ近づけない。
2度目の暴力的な衝撃にアランの体は耐えられなかった。全身の骨が折れ、体を動かすことができない。そんな状態になった様子をゴーレムは静かに見つめた後、1歩、2歩と歩みを進め近づいていく。
遠くから見ていたユーラは、ゆっくりと歩みを進めるゴーレムを見てアランの死を覚悟した。とどめを刺される場面を想像し、床に崩れ落ちる。
だが、ゴーレムは足元にアランがいる位置まで近づいても、攻撃をしなかった。
「ユーラ様、落ち着いてください!ゴーレムの様子が変です」
シノの声を聞いたユーラが肩を震わせたまま、両手で覆っていた顔を広げ、アランの方を恐る恐る見る。ちょうどその時ゴーレムの体が緑色のオーラに包まれ、触手の形をした左腕をアランに優しく載せる。
「......回復魔法?」
ユーラがゴーレムの様子を見てそう呟いた。ユーラの分析は正しく、緑のオーラがアランを包み込むと、全身の骨折が次々と修復され、擦り傷の跡まで綺麗に治療されていった。ゴーレムは治療が終わると、伸ばしていた腕を元へ戻し、3歩ほど下がりアランが覚醒するのを待っていた。
気絶から目覚め、地面の土ほこりが見えた。いくつか瞬きをし、アランは徐々に自分の状況を思い出す。自分はなぜまだ生きているのだろう。もしくはすでにここは黄泉の世界なのではないのだろうか。
だが地面から伝わってくる冷たい感触は、アランにまだこの世にいることを実感させていた。体を動かそうと意識を働かせると、先ほどまでとは違い素直に動いてくれた。
ゆっくりと立ち上がり前を見ると、先ほどまで死闘を繰り広げていたゴーレムがアランを見下ろしていた。だがもはや戦闘をする気配は見られず、無機質な2つの目がじっと見つめているだけだった。
アランがただひたすら困惑していると、頭の中から声が聞こえてきた。
「無様だな。今まで本当に鍛錬していたとは思えない軟弱ぶりだな」
その言葉にアランは激昂しそうになったが、歯が立たなかった事実を思い出し歯を噛み締めた。
「どうだ?自分の無力さを認識したか? 」
「......」
「言葉も忘れるほど絶望したか。無理もない、その程度の力ではな 」
「一体何が言いたいんだ? 」
「お前には使命を果たしてもらわなければならない。その為にもこのような所で止まってもらっては困る」
「使命とか訳のわからないことを......じゃあ、俺はどうすればいい?」
「それくらい自分で考えろ、と言いたいところだが、そうもいかない事情がある。そいつを置いていく。自由に使え」
それっきり声は聞こえなくなった。アランは呆然としたまま目の前にいるゴーレムを見上げている。
「アラン! 」
ユーラが叫びながら剣を抜き、アランの元へ駆け寄る。そしてゴーレムと退治した。覚悟を決めゴーレムへと斬りかかろうと動き出す寸前、剣を握る腕をアランが掴んだ。
「ユーラ、待って......」
「アラン、なぜ止める!?戦わなければ殺されるぞ!!」
「いや、もう大丈夫......」
ユーラがゴーレムを警戒したままアランの方に少し意識を傾けた。
「大丈夫って......どういうことだ?」
「もうそいつは俺たちを襲わない」
「どうして?」
「どうも天の声からの贈り物みたいだから」
贈り物という言葉にユーラが眉をひそめた。それに気づいたアランが事の詳細を丁寧に伝えた。
「その天の声の奴は何を考えてるんだ? 」
「曖昧なことしか言わないんだよ。あいつはいつも」
「とりあえずこいつ襲ってくる気配もなさそうだが、その点は安心して良いのか?」
「うん、声の奴は嘘をついたことはないから」
「分かった。シノ、来てくれ! 」
ユーラの呼ぶ声を聞いたシノが2人の元に駆けつける。2人がシノにも事の詳細を説明したが、シノは突然急転した事態に対し困惑を隠せなかった。その後3人で話し合った結果、1番の問題はこのゴーレムをどうするのかという点に移った。
「アラン、こいつどうするんだ?」
「......連れて帰ろうか」
「え?......こいつちゃんと言う事を聞くのか?」
「うーん、そもそも、こいつの名前も知らないし」
アランがそう呟いた時、頭の中にふと文字が浮かび上がった。
「......ゴリアテ」
「アラン様、何か仰いましたか? 」
「こいつの名前はゴリアテらしい」
「例の声がそう言ったのか? 」
「多分そうだろう。直接頭に言葉を送れる魔法なんてないからね」
「アラン、何か命令してみたらどうだ?」
「命令ってどうやって......」
命の危機が去ったと思えば、今度はとんでもない物を残していった。アランは大きく心労を感じながら、ゴリアテをどうやれば動かすことができるのかを考えた。
天の声は頭の中に直接語りかけてきた。ならば、このゴリアテにも同じことが出来るのではないか。そう考え、頭の中で【歩け】と命じてみる。
アランが念じた瞬間、ゴリアテの巨体が動き出した。触手のような長い手を揺らし、一歩を踏み出すたびに、小さな地鳴りが響いた。
「うお! アランどうやったんだ!? 」
「歩けって頭の中で思っただけだよ」
「どうやらこのゴリアテというゴーレムはアラン様の思考を読み取ることができるようですね。もっと色々試してみてはどうでしょう? 」
シノの助言に従い今度は【止まれ】と命じてみる。すると指示通りゆっくりと停止した。その後も【走れ】【右を向け】など基本的な命令を念じ、その全てをゴリアテは実行した。
「アラン、ふと思ったんだが、こいつに意思はあるのか?聞いてみてくれないか?」
ユーラの頼みにアランは、ゴリアテへと問いかけた。
【ゴリアテ、お前に意思はあるのか?】
【応】
思わぬ返答にアランは目を丸くした。ゴリアテはただの人形ではなく、意思を持った存在のようだ。アランはゴリアテに対し、もっと色々な事を聞いてみようという好奇心が生まれた。
【お前は何者だ】
【その答えは禁忌】
【お前にとって俺の存在はなんだ? 】
【我が第二の主】
【俺の事を第二の主と言ったな。なら、どんないうことでも聞くのか?】
【主もしくは我の自害、損益、禁忌」
ゴリアテの話を聞いていくと、基本的にはアラン達に従うという認識で間違い内容だった。その結論を得た3人は一定の安心感を得たが、同時に新たな問題に直面した。
「ユーラ、街の中でこいつを隠せる場所はないか?」
「普通に考えて無理だ......何か策を考えないと」




