第5話
窓から日差しがやわらかく降り注ぐ。
結局興奮しすぎてあまり眠れなかったアランであったが、それが体調に支障をきたすほどではなかった。ゆっくりとベッドから体を起こし、側に置いてある大剣が昨日と同じ場所にきちんと立てかけられていることを確認すると安心した。
ギルドの1階に降り酒場でなにやら得体の知れない魔物のベーコンを頼む。しばらくしてベーコンを持ってきたのはユキだった。
「初めての仕事だからって張り切りすぎるんじゃないぞ!」
と言いバシバシと背中を叩いて去っていく。
ユキのおかげで適度に緊張がほぐれたアランはベーコンを食べ終えると、ローブを着て大剣を担ぎ、外に出た。南門で衛兵に尋ねる。
「ここの近くでゴブリンのが出るところはどこですか?」
「ゴブリンなんてそんじゅそこら何処でも出るが、困ってんのは一番近くの森だな。あそこはよく出る。冒険者にはなんとかできても一般の人には脅威だからな。アラン、冒険者としての初仕事だろ?頑張ってくれ」
アランは衛兵に礼を言うと、早速森へ向かった。怪力を使って程々にスピードをあげ、思ったよりも早く森に着くことができた。大剣を下ろし、ゆっくりと構える。緊張しすぎないように。それでいて油断せず。アランは森へ入っていく。
時折小鳥のさえずりが聞こえる。一見すると森は平和そうに見えるが、注意して奥へ進む。5分ほど歩くと遠くに緑色で人形の魔物が見える。あれがゴブリンだろうとアランは当たりをつける。数は2匹。
ある程度の距離まで慎重に近づき、そこから一気に駆け出す。走りながら大剣を構える。ゴブリンがアランに気づいた時にはすでに大剣が横薙ぎに振られ胴体を真っ二つにされていた。
ゴブリンの死体に近づき死んでいることを確認すると、討伐部位を剥ぎ取り、死体の中の魔石も取り上げる。。ゴブリンの討伐部位は耳だが、大剣で耳だけを切断するのにすごく苦労した。ナイフを買っておけばよかったとアランは後悔した。
この程度の相手に戦術は必要ない。アランはそう判断し、次のゴブリンを探しに行く。30分ほどして、4匹のゴブリンを発見した。まずは同じ要領で2匹だけ片付ける。そうするとのこりの2匹が怒りをあらわにし攻撃してくるので、それを利用して大剣を使った立ち回りの練習をした。ゴブリンたちはすぐにポキっと折れそうな剣しか武器を装備していないので、リーチの差もあって油断しなければどうということはない相手だった。結局残りの2匹は綺麗に首を跳ね飛ばして倒した。
時間はそれほど経っていないが、初めての実戦ということもあって精神的にかなり疲れていた。ゴブリンの死体から離れ、まずは森の外まで歩き、見晴らしの良い平原まで来ると近くにあった石を椅子にして座り休憩した。
これからどうするか、アランは迷った。時間は昼より随分前だ。一番安全なのはここで切り上げてベルファトに戻るという選択肢だ。だがゴブリンの耳6つ程度の収入は少ない。両者を天秤にかけアランが選んだのはベルファトへの帰還だった。
「お、アランか、ゴブリンはどうだった?」
「はい、倒せました」
「そうか、それはなによりだ。無理だけはするなよ」
ベルファトの南門へとたどり着き衛兵と一言話し、冒険者カードを見せ街中に入る。
ゴブリンの耳などすぐにでも捨ててしまいたいくらいなので、ギルドへと直行する。
中に入ると、ユリエが受付にいた。今日の当番は彼女のようだ。
「魔物退治の依頼完了しました」
アランはそう言って切り取ったゴブリンの耳を並べる。
「お疲れさま。6匹退治してくれたのね。あとゴブリンの魔石6つで合計で360ベルになります」
アランはユリエから300ベル分の硬貨を受け取る。
「アラン、まだ昼前だけど、これからどうするの?」
「ちょっと部屋で休みます。考えたいこともあるので」
「そう、良い判断ね。初めての仕事だったし、ゆっくり休んできなさい」
アランは疲れてたので静かに頷くだけでユリエの元から離れ、自分の部屋へと向かう。中へ入り、大剣を窓際にそっと掛け、ベッドに座り静かに腕を組む。
今日だけでいくつか問題が浮上した。
まず報酬の額が少ない。毎日このペースでゴブリンを狩り続けられるならば赤字にはならないが、かといって貯金もできない。これを解消する方法は2つ。簡単な依頼をたくさんこなしてランクアップを狙うか、討伐依頼の中で数を稼ぐか、大物を狙う。
次に魔物を探すに当たっての手段がない。今日は行き当たりばったりでゴブリンを見つけたにすぎない。なにか魔物の気配を探る方法を探さなくては。
アランが考える限り浮上した問題はこの2つ。このうち早急に解決すべき問題は探知手段の確保だと判断した。気配を探知できなければそもそも魔物の元までたどり着けないし、突然鉢合わせなどしてしまえば危険だ。それにまだアランは実戦経験が乏しいため勘といったものに頼ることもできない。
よって出した結論は探知手段の確保。それも早急に、できれば今すぐに。問題を先送りにしてもろくなことなどないとアランは考えていた。
人に頼ることはしたくない。一瞬ノークやアサノの顔が浮かんだが、すでに散々世話になっている。自分自身で乗り切ろう。アランはそう決めた。
ベッドに座ったままアランはひたすら考える。なにか今自分が持っている技術で応用できることはないだろうか。考えに考えて思いついたのは、魔法を作る、つまり魔力を応用できないだろうかということだった。
自分の体内にある魔力を感じることができる。これを応用し、魔力を体の外で循環させれば、気配を探ることができるのではないか。思いついたアランは早速試してみることにした。
目を閉じ意識を集中し、魔力を体の外へ出すことを意識する。次に魔力をゆっくりと体の周りで回すよう意識する。
訓練を開始して1時間が経った。まだ気配を探知することはできていないが、体の外で魔力を循環させることはできるようになっていた。
2時間経過したころ、変化が現れた。目を閉じているのに隣の部屋になにがあるのかおぼろげながら把握できるようになった。
4時間経過したころには、隣の部屋程度の距離ならば正確になにがどこにあるのかを把握できるようになった。アランは探知魔法の目処が経ったことで安心し息を吐く。
気がつけばすっかり日が暮れていた。夕食をとるため、ギルドを出て屋台街へ向かう。
もうもっているお金の残りは少ない。安そうな屋台を見つけ、野菜のスープを注文する。以前と比べると見劣りする食事だが、味は悪くないし、何も食べないよりはよほどマシだった。
夕食を食べ終わった後、アランはローブを買った武器屋を訪れナイフと大きめの布袋を買い、ギルドへ戻った。まだ寝るまでに少し時間がある。再び探知魔法の訓練を2時間ほど行った。今日一日で魔物退治に魔法の訓練でくたくたになったアランは溶けるように眠りについた。
翌日眠たい目をこすりながらベッドから起き上がったアランは、無理やり体を動かして1階の酒場へ移動し、朝食を食べた。バターで味付けされたパンが2つだけ。もう少し節約生活は続きそうだった。
依頼書が貼られたボードへ向かう。そこには昨日と同じ魔物討伐依頼書が貼られていた。この依頼は魔物が多い時はほとんど毎日張り出されることをアランはギルド職員をやっていた経験上知っていた。
カウンターへ向かう。今日はユキが当番だった。
「ユキさん、これお願いします」
「はい、汎用討伐依頼ね。アランはよく働くわね」
「稼がないと生きていけないですから」
そう言い足早にギルドを去り、南門でカードを提示し街を抜け、昨日の森へ向かう。
昨日は行き当たりばったりだったが、今日は探知魔法を使って魔物を探すことを第一目標とした。体の周囲を魔力でできるだけ広く、薄く循環させる。
まだ探知できる範囲は広くない。岩陰や木の幹などに隠れながら進む。そしてしばらくすると20歩ほど前方の位置に動く何かを捉えた。
物陰からそっと先を見ると、ゴブリンの群れが6匹いた。探知魔法が成功したことに満足感を覚えたが、一瞬で気持ちを切り替える。
大剣を構えゴブリンへ近づく。昨日の戦闘でゴブリンの強さは把握した。一気に突進し大剣を一閃させ、瞬く間に6匹のゴブリンを切り刻む。
油断さえしなければもうゴブリンに遅れをとることはない。それを確信しながらアランはナイフで手際よく耳と魔石を切り取って布袋に放り込んでいく。
20分ほど探知魔法を発動させたまま休憩し、次の魔物を探しに移動を開始する。
体感時間で1時間ほど経った時、探知魔法に反応があった。だが先程のゴブリンよりも大きな反応だった。もしかすると別の魔物かもしれない。
反応は左前方26歩ほどの距離からだった。気配を殺しながら少しずつ近づき目で確認する。
見えた。ゴブリンよりも倍はあるだろう体格、濃い青色をした体毛、オークだった。それも4匹。しかも厄介だったのは、そのうちの1体がさらに体格が大きく、頭に大きな角を持っていた。
ギルドで働いていた時の情報から推測すると、ハイオークだろう。いきなりの大物に出会ってしまった。
アランに迷いが生じる。撤退するか、攻撃するか。オークだけなら迷わず最初から攻めの姿勢でいけただろう。だが上位種のハイオークまでいるのは大きな懸念材料だ。
オーク達に気づかれずに考え抜いた結果、結論は戦うというものだった。まずいつもの不意打ち戦法で1匹、できれば2匹程度仕留める。先に通常種のオークを片付け、ハイオークとのタイマンに持ち込む。そうすれば勝機は見えるとアランは考えた。
あとは突撃するタイミングを見極める。静かに息を整え、意識を集中させる。オーク達は何やら人間では分からない言葉で何か話をしていた。まだアランの存在は気づかれておらず、油断している。心臓が鼓動を早め、これから始まる激闘にそなえる。
今だ。アランは木の陰から飛び出し、猛烈な勢いでオーク達へと突進する。ゴブリンとは格の違う相手との戦闘が始まった。