第49話
アランに埋め込まれた脳内地図によると、その場所はロラリアから魔道車で半日ほどの場所にあるらしい。3人はてきぱきと準備を整え、明朝出立が決まった。
どうかお気をつけて。ロラリアの正門を警備する兵士に見送られ、3人はロラリアを出発した。今回はシノが魔道車を運転することになった。珍しく彼女がお願いをして来たので、2人は若干驚きながらも快く了承した。
「凄いです!少しペダルを踏んだだけでぐんぐん加速していきます! 」
シノの運転は初めてとは思えないほどに上手で、2人の抱えていた不安も見事に解消された。アランがシノに道順を教えながら進む。走っていた街道を途中でそれ、小さな森の中へ入って行く。
幸い木々の密度はさほど狭くなく、魔道車でも問題なく中へ入ることができた。大きな大樹が点々と配置され、緑の天井から注がれる木漏れ日が心地よく地面へと注いている。
アランの脳内地図に従って進んで行くと、一部のエリアだけ異変があった。魔道車数台分くらいの面積で、地面に生えている雑草が濃い青色に変化している場所があった。そして丁度その場所が目的地付近のようだ。
シノは青色の草原のすぐ隣に魔道車を止め、3人は地面へと足を付けた。
雑草が青く変色している所以外は、何か仕掛けがあるようには見えなかった。3人は周囲を注意深く観察しながら歩く。
アランはふと思い立ち、変色している場所の中心へとゆっくり足を運ぶ。すると、頭の中に言葉が浮かび上がった。明らかに夢で出会った超常の存在が引き起こしている現象とはいえ、なんとも都合の良いものだと彼は苦笑した。
「古に纏わるおとぎ話が眠る場所へ」
言葉を唱えた瞬間、地面がゆっくりと振動を始めた。慌ててアランが後退すると、青い雑草で覆われていた地面が丁度中央でパックリと下に割れた。
そして割れた地面の下には地下へと続く下り坂の道が通っていた。
「これ明らかに何かありそうな雰囲気がありありと感じられるんだが......」
ユーラが顔を引きつらせながら言った。アランはその言葉に顔を縦に振るばかりだった。
「アランが来たいって言ったんだろ? 先に行ってもらうぞ? 」
「わかったよ......」
「あの、私も一緒に同行してもよろしいでしょうか? 」
シノの思わぬ申し出に、2人は少しの間虚を突かれていた。
「私は構わないが、どんな危険が潜んでるか分からないぞ?」
「はい。ただ、アラン様に関わる何かが分かるかもしれないのですよね? でしたら私も興味があります。ぜひご一緒させていただきたいのですが、いかがでしょう? 」
「僕も大丈夫ですが、側を離れないでくださいね」
「はい、分かりました」
道を下っていくと徐々に辺りが暗くなりやがて真っ暗になると思われたが、3人が地下へ入ると、それを探知したかのように天井から明かりが灯り、光が降り注いだ。
幻想的な雰囲気だった。床、天井、壁はグレーの石のような素材で造られており、横に大人3人ほどが通れるほどの通路になっていた。壁には読み取れない文字のようなものが書き込まれている。シノがその文字が書かれている所まで近づき、じっと見つめる。
「昔、世界は6つに分かれていた」
突然シノが語り出したので、2人は驚いて彼女を見た。
「シノ、この文字が読めるのか? 」
「はい、これはかつて4000年以上前に使われていたとされる、古代文字です」
「そんな古代文字をなぜシノさんは読めるんですか? 」
「私、古いものが好きで、言葉も勉強したんです」
「探せば、他にもありそうだな、奥へ進んでみよう。シノ、また見つけたときは頼む」
「承知いたしました」
3人は通路を進んでいく。天井から照らされる明かりは、アラン達を追尾するように常に周辺だけを照らしている。
200歩くらい歩いただろうか、広い空間に出た。横に長い長方形の部屋だった。するとアラン達の周辺にだけ照らされていた光が、部屋全体を照らすように広がった。そして壁には至る所に古代文字が刻まれている。
「シノ、何か面白いこととか書いてあるか? 」
「そうですね。こちらの壁には、 この文字を刻むよりもはるか前から、人類の歴史は脈々と受け継がれて来た と書かれています」
「じゃあこっちには何て書いてあるんですか? 」
「えっと、 かつて6つあった世界が統一された時、調停者も1つの世界の上で共存することになった ですね」
「調停者って、一体誰のことだ? 」
「神様のことじゃないでしょうか ?」
「恐らく、俺を夢の中に引きずりこんだ奴のことだろうね。どうもかなり偉い奴に呼ばれたみたいだ」
「神様のことを、奴というのはどうかと......」
3人は再び奥へ向かって進み始めた。部屋を抜けると再び先ほどと同じ様子の通路に入る。だが徐々に通路の幅が広くなっていた。先ほどまでは3人ほどが通れる横幅だったのが、今は5、6人は通れるであろうほどの幅に広がっていた。
「これまだまだ先がありそうですね」
「アラン、例の存在からはこの場所についてもう少し細かいこととか聞いてないのか?」
「聞いてない。言ってからのお楽しみ、みたいなことは言われたような気がするけど」
そんな話をしながら3人は通路を歩き続ける。道は左に右にと迂回しながら黙々と進んでいく。
やがて再び大きな空間へと出て来た。前の部屋と違い、この部屋には文字は刻まれておらず、代わりに壁画が2つか彫られていた。
そのうちの1つは人の何倍もあろうかという大きさの巨人が、共に大地を放浪しているもの、もう1つは1人の人間がたくさんの魔物や敵の人間から襲われているにもかかわらず、それを跳ね返し撃退するものだった。
「アラン、この壁画に何か心当たりはないか?」
「悪いけど、本当にあいつからは何も知らされてないんだ」
「ですから、あいつと呼ばない方が良いのでは......」
「ただ、この巨人、どこかでみた気がする。夢の中なのか、現実なのかは分からないけど」
その時、部屋のどこからか小さな物音がした。それと同時にユーラ、シノが部屋の外へ強制的に転移された。
「何だ!?何が起きてる!? 」
「ユーラ様、部屋の中に入れません! 」
その言葉を聞いたユーラが部屋の中に入ろうとすると、透明なバリアのようなもので体を弾かれた。それと同時に、アランの周囲に霧が発生し、やがてそれらから魔物20体ほど形作られた。
「アラン! 」
ユーラが危険な状況のアランに思わず声を掛けるが、アランはそれには応えず、周囲の魔物を警戒していた。警戒を怠らないまま2人に向け叫ぶ。
「とりあえずこいつらを倒す。見たところそれほど強いやつらじゃなさそうだから、ユーラとシノさんは何もしないでくれ。まだ何か仕掛けがあるかもしれない」
そう言ってアランは魔物と対峙する。だがそれほど緊張はしていなかった。魔物は見た所コボルトやゴブリンなど、それほど強くない魔物が主だったからだ。アランは大剣を構え、敵へと跳躍する。
勝負は一瞬だった。魔物は見た目がカモフラージュされている訳でもなく、普通の魔物と大差なかった。そのために相手はろくに攻撃もできないまま、アランの怒涛の攻撃の餌食となった。
魔物を全て倒しきった後、周囲に張られていた結界も消滅した。すぐに2人がアランの元へ駆け寄る。
「アラン、無事だったようで本当に良かった」
「ありがとう。まあ、このくらいの魔物ならなんってことないよ」
「でも、この罠は一体何なのでしょう?」
「俺を試すための試練、みたいなものでしょうね」
そんなことを言いながら、3人は先へ進む。相変わらず同じような景色だけがゆっくりと奥へと流れていく。そしてしばらくしたとき、先ほどと同じくらいの広い空間に出た。
「2人とも、後ろで待機していて。どうせまた来るだろうから」
アランが言った通り、すぐに霧が出現し魔物を形作る。そして先ほどと同じように結界が部屋の周囲に張られる。だが今回の魔物は前回と違い、ゴブリンなどの小物もいたが、一方でオークなどの強力な魔物も混じっていた。そして魔物そのものの数も増えていた。
少しずつ難易度が上がっている、恐らくは自分を試すためだろう。そう判断したアランの心の中で戦闘のスイッチが入る。
大地を蹴り、大剣を一振りして一気にゴブリン5体を一刀両断する。そしてその後も、機械的な無駄のない動きで次々と魔物を捌いていく。今のアランにはもはや、通常の魔物では油断をとることはなくなっていた。
汗ひとつかかずに戦闘を終えると、今度は焦る様子もなくユーラ、シノの2人がアランの元へと向かう。
「お疲れ、アラン」
「ありがとう。でもこれ、いつまで続くんだろうね。」
「アラン様の実力が証明されるまで......でしょうか? 」
「もしそうなら結構かかりそうだな。アラン大丈夫か?」
「うん、まだ準備運動の段階だよ」
その後も同様の試練は続いた。その度に敵の強さも増しており、6回目に至っては全ての魔物がオークやトロールだけ存在するといった状態になっていた。アランも疲れこそ見せてはいないものの、肌にはじんわりと汗が滲んでいた。
そして今までと同じように通路を進んでいき、やがて戦闘ができそうな空間へとたどり着く。だが今までの部屋と様子が違った。
まず、空間の大きさが今までの倍以上はあった。そして何よりこの場所は今までとは違い、何か重苦しい雰囲気のよを感じる。
アランが本能的に心を引き締め、大剣に握る力を込めた。その時、突然頭の中に声が響いた。
「「力を示せ」」
声が聞こえた瞬間、部屋の中央に莫大な光が灯った。思わず3人は腕で目を覆う。やがて少しずつ光が収まっていくと、そこには巨大なゴーレムの姿があった。それを見た瞬間、アランの心臓が激しく動悸に見舞われる。
こいつは、ゴルサノダンジョンの時のゴーレム。行動を共にしていたシドルと共に戦っても太刀打ちできなかったほどの強さだった。その時のことを思い出し、アランは動悸だけでなく全身に大量の汗をかきはじめた。
だがアランの動揺など御構い無しに時は進んでいく。ゴーレムがアランへ向けて一歩を踏み出した。




