第47話
初手はやはり相手側が先だった。ネオトロールの拳が地面を抉り取りながらアラン、マンセルへ向けて振り抜かれる。
それを二手に分かれる形で左右に飛んで回避する。だが間髪入れず巨大な足を使った回し蹴りがアランを襲う。それを冷静にしゃがんで回避するが、その瞬間体が浮くほどの風圧が発生し身動きを制限される。
回し蹴りをして生まれた一瞬の隙をマンセルが逃さず、ネオトロールの腹へ向けて長剣を突き刺す。だが皮膚を少し押し込んだ程度で弾き返される。
深追いはせずすぐに長剣を戻し、今度は着地しようとしている足を狙う。最小の動き、かつ全力で斬りつけるが、わずかに皮膚を出血させる程度にとどまり、その傷も一瞬で再生された。
「......アラン」
マンセルが何か思考している様子が感じられる声で、アランに話しかける。
「......おかしい」
天から網膜を焼き切るほどの光が生まれ、鼓膜が破れるくらいの爆音が発生する。身体中の至る所から煙が沸き上がる程の魔法攻撃にも、ネオトロールがダメージを受けた様子はない。
「あなた頑丈過ぎますね」
数千年生きた古木のような太さの腕から繰り出される攻撃を、アサノがひらりと躱しながら詠唱をし威力を高めた魔法を打つ。
「彗星が嵐のように降り注ぐ 流星群」
雲の隙間から握りこぶし大の火球が、夜空に浮かぶ星の数ほど降り注ぎ、ネオトロールを襲う。
地面がバウンドするかのように揺れ、直視できないほどの光の爆発が生まれる。本来ならこの攻撃で倒れない敵などまず存在しないはずだった。だが今対峙しているネオトロールはどうやらその例外に当てはまるようだった。
辺りを覆っていた煙が薄れるのを待つ事なく拳が飛んで来た。それを障壁魔法で防御しながら、アサノはこの怪物にただの魔物を超えた不気味な感覚を持った。
ノーク、コスモも同じ状況だった。どれほど攻撃力のある魔法を放っても、どれほど鋭い斬撃で切り込んでもネオトロールにダメージを与えることができない。
その状況はアラン、マンセルにも言えることだった。先程からネオトロールによる一方的な攻撃が続いている。かすりでもすれば命ももぎ取られるであろう殺人的な威力の拳が2人を襲う。
あまりにも異常な事態に、アランはネオトロールを注視したまま探知魔法を発動した。
脳内に映し出された地図には目の前にいるネオトロール、そして近場にも同じ反応が3つ、こちらにはそれぞれ夜明けの民のメンバーの反応が表示されていた。
計測した脳内地図を、ネオトロールの猛攻を躱しながら索敵することによって、さらに精度を高めていく。
アランは脳内地図の情報把握に意識を集中する。すると、合計4体のトロールを繋ぐように小さな魔力が循環しているのが見えた。
「マンセルさん」
依然として襲いかかる猛攻から体を動かし続けつつも、アランはマンセルに先ほどの事を掻い摘んで説明した。
「......観測を続けろ。俺は奴を抑える」
マンセルは、アランが集中してこの場を観測できる状況を作り出すために、自らを囮にしてネオトロールと対峙する。
同じ実力を持つ者同士が戦う時、基本的に遅れをとるということはないだろう。しかし、誰かを庇って闘うとなると、その際戦闘の難易度は跳ね上がる。
マンセルが殺気を放つ。それはアランにも伝わり、あまりの空気の鋭さに悪寒がした。ネオトロールの意識もマンセルへと集中する。だがそれだけでは安心できない。この巨体から繰り出される攻撃を、一撃もアランに食らわせてはいけない。作戦の成功には計算し尽くされた誘導と動きが必要だった。
長剣に魔力を限界まで込め、刀身が光を放つ。そして地面を凹む程の勢いで蹴り、マンセルがネオトロールへ突進する。長剣で足の付け根部分を狙い振り抜くも、予想通りわずかな切り傷をつけただけで、すぐに再生していった。
すかさず地面を蹴り垂直に飛び跳ね、今度は左腕の付け根を狙いあえて斬りつけではなく突きを打つ。すると刀身が皮膚に到達する寸前、青い膜が発生し長剣が弾かれた。
マンセルはこの戦闘結果で確信を持った。このネオトロールは連邦軍による何かしらの改造を受けている。そして他の3箇所も同じ状態と見てまず間違いない。
だがそこから先突破口を見つけることができるのは、アランしかいないだろう。
地鳴りが響き、背後から網膜を焼くような光がアランを包む。いくらマンセルといえどもネオトロールを揺動できる時間はそれほど多くないだろう。その間に不死身の体のカラクリを解かなければ。
4体いるネオトロールの魔力をつぶさに観察し続ける。すると変化があった。元々4体の内1体だけ魔力の総量が多かった者が、いつの間にか元に戻っている。だが今度は別のネオトロールの魔力総量が多くなっている。この流れをたどっていくと、一定の法則で魔力が増量していることが判明した。これが鍵だとすぐに気がついたアランは、戦い続けているマンセルに叫んだ。
「マンセルさん!こいつら順番に魔力の総量が上がっています。今はノークさんの所にいる奴がその状態です」
マンセルは、剣で攻撃を捌きながら、この事実を脳内で咀嚼する。数度瞬きをする程度の時間考え出た結論をアランへ伝える。
「......魂は一つ。恐らく、ダメージを受けるとすぐに移動する。だからここに来た時に、倒す。それで全てが終わる」
マンセルが言った言葉の意味をすぐには理解できなかった。しかし分かることは、魔力量の推移を一瞬の目も離さず観察しなければいけないということだった。
マンセルがネオトロールの猛攻に耐え続けている。だがアランを守りながら陽動をし、時間を稼ぐという困難な試練はマンセルを徐々に疲弊させていく。走る、避ける、飛ぶといった動作がわずかだが遅くなっていた。
観測を続けていたアランは、必死に魔力量の計測を行っている。今魔力が上昇しているのはコスモの所にいる個体だ。 今まで観測を続けた結果、1体の所に魔力が留まっているのは約数秒しかない。そしてもう一つアランが焦りを覚える理由は、マンセルたちの所に魔力の移動がこないことだった。
それでも集中を途切れさせず観測していたその時、魔力の移動が目の前の個体に写った。瞬間、アランは叫ぶ。
「マンセルさん、今です!! 」
アランの声が鼓膜に届いた瞬間、マンセルはギアを上げる。
大地を蹴り思い切り跳躍する。
そしてネオトロールの胸を狙い、空気を蹴って突撃した。
長剣が胸の皮膚を切り裂き、奥へと進んでいく感覚がある。
だがそれは、脳を襲う強烈な衝撃によって中断された。
ネオトロールの拳を受けたマンセルは一気に100歩ほど吹き飛ばされるが、何とか受け身をしてそれ以上のダメージを防いだ。確かに攻撃は通ったはず。それなのに、なぜこのようなことになっているのか。アランが観測すると、魔力はアサノの個体へと移動していた。
「くそっ!! 」
自分たちの個体に魔力が移動してから、数秒の時間もなく移動されてしまった。この方法では間に合わない。アランは必死に次の手を考える。
魔力が目の前に移動してから叫ぶのでは遅い。もっと瞬間的にマンセルに知らせなければ。そこまで考え、アランは一つの手を閃いた。その瞬間。
トロールが突如として口から炎弾を吐いた。
鈍った体のマンセルは、それを回避できずに再び吹き飛ばされる。
マンセルの生体反応が幾分か弱くなり、気づいたアランの心が折れそうになる。
もう時間がない。マンセルは恐らく次の一撃には耐えられない。その事態を想像し脳内がショート寸前まで追い込まれたその時、かろうじて残った冷静な部分が一つの妙案をアランに提示する。
これならば、行ける。これでダメならこの命を差し出そう。元よりその覚悟はできている。だが試す価値は十分にある。たった一度のチャンスを逃さないよう、さらに意識を研ぎ澄ませる。
ネオトロールのアッパーがマンセルを襲う。
辛うじて左に跳んでかわし、体制を立て直す。
だが間を空けずにジャブのようなパンチが飛んでくる。
辛うじて回避するも、マンセルがよろめいた、その時。
来た。今、目の前の個体に魂がある。この瞬間、マンセルへ魔力を流す。
それに気づいたマンセルが自分を鼓舞する雄叫びをあげる。
大地を流れるように駆け、龍のように地面から駆け上がる。
そしてネオトロールの首を目掛けて長剣を一閃した。
その瞬間、体が石のようになり、ヒビが入り、灰となっていく。
死闘が幕を閉じた。アランはよろめきながらもマンセルの元へ走る。彼は肩で息をし、装備もボロボロだった。だが目の前にいるアランに気づくと立ち上がり、肩に手を置いた。
「......よくやった」
「はい、ありがとうございます」
魔力の移動を検知してから声で合図をするようでは間に合わない。そこでアランは、移動を検知した瞬間自分の魔力をマンセルに向けて流し込んだ。必ず気づいてくれる。一か八かの試みは大成功に終わった。
少しの時間が流れ、夜明けの民のメンバーが2人の元へと戻って来た。突然戦っていたネオトロールが石化し灰となったことに、アサノ、コスモ、ノークは困惑を隠せないでいたが、アランとマンセルから事の真相を聞き、納得した。
「アラン、一皮むけたな」
「さすが私のアランだ、すげえじゃねえか」
「コスモさん止めてください。アランが困っています」
思い切りアランを抱擁していたコスモを無理やりアサノが引き剥がす。体が自由になったアランにノークが手を差し出し、2人は握手をした。
最大の障害であったネオトロールを倒したことにより、王国軍が一気に勢いづき、戦いは優位で進んだ。
アラン、夜明けの民も引き続き戦闘に参加し、多大な戦果を挙げた。結果、王国軍はロラリアを奪還するに至った。
戦闘が終え、ロラリアを覆う盆地に変化が生まれる。咲き誇る大地によって魔力が注ぎ込まれた大地には、花々が咲き誇り、血みどろの戦闘などなかったのではと思わせる光景を作り出した。そしてこの光景は、必死に戦った両軍兵士の魂を癒す鎮魂の光景でもあった。




