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第46話

 魔法が発動した瞬間、王国軍の中心から発生した虹色の光が広がっていく。やがてこの光は王国軍、連邦軍両方を飲み込むほどに広がり、その後シャワーのように大地に降り注いだ。


 両軍に異変が起こる。戦場に混乱の感情が渦巻く。正確に言えば、混乱を生じているのは連邦軍だけだった。


 兵士の1人1人が、魔術師の1人1人が必死に構え、魔法を唱える。だが王国軍には届かない。発動した魔法が全て霧散し、大地に吸い込まれて行く。


 「さあ、肉弾戦の殴り合いを始めようじゃないか」


 ノークが嬉々とした表情で告げ、全軍突撃を命じる。王国軍の士気は先日の手痛い損失を埋めるべく訪れた絶好の機会を逃さんと極限まで高まっていた。


 魔法が発動しても全て霧散するという状況は、連邦軍に十分すぎる心理的ダメージを与えた。それでも咄嗟の判断で、魔法部隊を後方へ下げる。そこへ王国軍がなだれ込んだ。


 敵の1人が剣で切りつけ、こちらの命を刈り取ろうとする。その攻撃を体を後ろにそらし回避し、リーチの差を活かして大剣を振り、敵の胴体を切断する。重力に逆らわず、後ろに移動しながらファイアーボールを詠唱なしで打つ。威力よりも発射速度を重視したそれは、1人の敵兵士に衝突し体を四散させた。そして爆風により数人の体を吹き飛ばす。


 アランは敵軍の兵士を少しずつ、しかし確実に倒しながら、探知魔法で戦場の状況を常に把握していた。


 




 連邦軍は自軍に有利だと思われていた盆地で戦う戦法が魔法を使えないことにより、一気に窮地に追いやられたことで後退を余儀なくされていた。


 「普通の状況でも盆地で戦うとか敵に囲まれて終いだろ。連邦軍は数ばかりは多いが、指揮官の技量はそれほどのものではないかもしれんな」


 「それでも、魔法が一切使えなくなるという状況は通常では考えられない自体です。対処できる者は少ないでしょう」


 「この調子なら、一方的に蹂躙できるな。気合い入れるぜ」


 「......油断するな」


 ノーク、コスモ、アサノのやり取りに対しマンセルが注意を促す。


 


 「左翼から約100人程迫って来ます」


 「じゃあアラン、お前1人で相手しろ」


 「はい!? 」


 「俺はできないことは頼まない。マンセルとの鍛錬を思い出せ」


 「......はい、わかりました」


 アランは目の前の敵兵士の首を大剣で一閃して切断した。そして先ほど発見した部隊へと向き直る。






 大きく息を吐く。目を閉じ、意識を集中させる。ここ数日の間経験した地獄の鍛錬を思い出せ。マンセルと比べれば、目の前の敵の軍勢など、恐るるに足らず。 だが油断はしない。アランの心は研ぎあげられた剣のように鋭くなっていた。


 目を開けた瞬間、動く。大剣を程よい力強さで握りしめ、軍勢へ最初はゆっくりと、そして徐々に速度をあげ、突撃した。


 怪力を駆使して地面を蹴り水平に跳び、敵数人の敵に対してすれ違いざまに大剣を横に添えた。それだけで胴体が綺麗に切断され、体が崩れ落ちる。そして次の獲物を探しに行く。


 敵の剣による突き攻撃を大剣でそらし、飛び跳ね頭部に思い切り回し蹴りを放つ。すると果物のように頭が弾け飛んだ。


 嵐のように繰り出される敵の攻撃に対して常に体を動かし、回避し続ける。そしてアランの意識の高揚が最大限に達した時、大剣が青い光を放ち出す。


 走りながら大剣を振り抜く。それだけで4人の敵を防具など全て貫通し死体へと変える。それだけのことをしても体験には血の一滴も付いていなかった。正確に言えば、血がついた途端にアランの魔力を用いて洗浄され、斬れ味を保つ。


 アランは手応えを感じていた。以前よりも大剣を自分の意思で使いこなせているという感覚が大きくなっている。それだけではない。敵の動きも以前よりよく見える。相手がどう動き、どう攻撃してくるのか、直感で分かるようになってきた。


 背後から襲ってくる敵をあえてギリギリまで引き寄せ、体を回し回転斬りで倒す。さらに衝撃波で数人が体を切り刻まれた。最初100人以上はいた敵の数がみるみると数を減らしていく。






 「アラン、またひとつ成長したな。姉貴としてこんなに嬉しいことは......」


 「はいはいコスモ、良かったですね」


 アランから少し距離が離れた所で戦っている夜明けの民は、順調に敵を殲滅していた。


 ノーク、マンセルが特攻役を担い敵陣へ突っ込む。その後をアサノ、コスモの補助役が続く。特攻役の2人は後ろに目でも付いているかのように、補助役の攻撃に自分達が当たらないよう立ち回っていた。


 その上でさらにアサノが特効薬の2人に身体強化魔法を施すことによって、マンセルとノークは常人では目で捉えるのも困難なほどの動きで敵を葬っていく。


 「通常の戦力だけならば苦労することはないが、どうせまた何か隠し球でも仕込んでいるんだろうな」


 「......ああ」


 「団長、アランが戻ってきます」


 胸を一突きにし敵を絶命させてから、ノークはアランの方向を流し目で見た。



 「......遅い」


 「マンセルさん、これでも限界まで急いだんです」


 懸命な働きぶりにもマンセルの下した判定は厳しかった。だがそれでアランの心が揺らぐことはなかった。依然として闘志に満ちた眼をしている。それを見たノークはマンセルを指導につけたことは成功だったと心の中で喜んだ。


 「マンセルはああ言っているが、アラン良くやった。これからは俺達と行動を共にしろ」


 「はい、分かりました」


 




 戦闘状況は王国軍が優勢で推移していた。徐々に連邦軍は後退を強いられ、一部の連邦軍は戦場はロラリアの市街地へと後退しつつある。


 「住民は避難させていたか。鬼畜な行いをするかと思えば、今回の事といい、全くわからん奴らだ」


 ノークはそう言いながら周囲に目を配る。均等に配置された建物が連なった構造は、敵が隠れても発見されにくい状態を作り出している。


 「アラン、出番だ。」


 「はい。北東の青い家の裏に3人、真東の教会の背後に5人......」


 大規模魔法、咲き誇る大地(ブルーム ・ガイア)を用いた場合、本来例外なくその場にいる全ての魔法に用いられる魔力が大地に還元される。だがそれではアランの探知魔法も使えなくなる。そこで考えられたのが、詠唱の際にアランだけ魔力封印から外す一文を加えることになった。その代償として咲き誇る大地(ブルーム ・ガイア)を発動する魔力が本来の2割ほど増えることになったが、現在の王国軍魔術師の力量をもってすればギリギリ確保できる量であった。

 


アランは探知魔法を用いて次々と敵の情報を伝える。それを元に3人から4人程度の小隊を作り、一箇所ずつ敵を潰す。そうやって次々と連邦軍の兵士を炙り出していく。


 効果は絶大だった。こちらの位置を知られるなどとは思ってもいない連邦軍兵士は抵抗すらできずに命を刈り取られていく。


 こうして最小限の犠牲で最大の戦果を上げているその時、レーダーの役割をしていたアランは心の中に何か違和感を抱えていた。


 周囲を探知するために流す魔力の流れがおかしい。街の所々で通行止めのように遮断される。


 「複数の地点で、怪しい反応があります」


 「アラン、どういうことだ? 」


 「俺の探知魔法は魔力を流し、そこから得られる反応で敵の位置などを調べます。ただ、数カ所でなぜか俺の魔力が届かない場所が近い範囲に4カ所あるんです」


 「......すぐにその場所を教えてくれ。小隊ごとに1つのポイントを担当してもらう。アランは引き続き俺たちについて来い」


 ノークの指示通り小隊が散開し、ポイントへ向かう。そして最後の正体が4つ目のポイントに到着しようかという時、異変が起きた。


「ノークさん、急にさっきのポイントで魔力が流れ始めました。何か変です!」


 「全員、油断するな!!」


 ノークが味方に警告を出したと同時に、とてつもない地鳴りが響き、4カ所のポイントにある地面が隆起していく。そして舗装路が我れ、怪物が出現した。





 とてつもなく太い腕が振り抜かれる。それだけで暴風が発生し、大地がえぐり取られる。


 「ノークさん、こいつは何なんですか!? 」


 「トロールだが、普通のやつじゃない。ネオトロールと言って、有名ダンジョンの100階以上にいるような怪物だ。アサノ、コスモ。お前達は別のポイントへ行って援護しろ。俺も応援に行く。正面の野郎はアランとマンセルに任せよう」


 そう言い夜明けの民のメンバーは速やかに散開した。





 動悸が止まらない。冷や汗がとめどなく流れてくる。かつて王都でトロールと対峙した時、魔法の火力で無理やり倒せたから良かったものの、肉弾戦では歯が立たなかった。そのトロールの上位種が目の前にいる。アランは気持ちの動揺を抑えられないでいた。それを察したマンセルがアランに目を向ける。


 「......自分を信じろ」


 たったその一言。だがそれだけで勇気が湧いて来た。この時のために、あの地獄のような鍛錬に耐えて来た。だから今こそが成長した自分の力を信じ、力を振るう時だ。アランは刹那の間目を閉じ、開く。その目を見たマンセルが初めて頰を緩めた。


 「......行こう」


 「はい! 」





 セリントンでの戦いに比べれば、死傷者、負傷者は少なかった。だがそれはセリントンに比べて、というだけであり、数そのものは救護班を総動員して何とかギリギリ対処できるかという状況だった。


 ユーラは次々と運ばれてくる負傷者を順番に見ていく。だが彼女の魔法を持ってしても助けられないであろう程の傷を負った者も多い。



 「彼女は助からない。彼の方から診る」


 「でも、まだこの人息してますよ! 」


 「私も治せるのなら治したい。だが時間は限られている。それに私の魔力も無限じゃない。助けられる人から助けるしかないんだ」


 新米の治療師にユーラは諭すように言う。


 「でも......」


 「せめて痛みだけでも取ってやってくれ。苦しまずに逝けるように」


 「......はい、分かりました...」


 新米の治療師はもう助からないであろう女性兵士の胸元へ手をおき、魔力を注ぎ込む。やはりユーラの言った通り全く傷が修復されない。


 そして徐々に心臓の鼓動が弱まり、彼女は息を引き取った。それを見た瞬間、膝から崩れ落ち、涙が出るのを必死に堪える。

全力で戦い生涯を閉じた彼女の顔は、穏やかに眠りについているかのようだった。








 

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