第44話
2万人のうち約1割の兵士を失っても、まだ連邦軍が撤退する様子はなかった。というよりも、一瞬にして兵士を失った事実を受け止められず指揮系統が混乱しており撤退できないと言った方が正しかった。
「向こうの指揮官は無能だな。大人しく引けば良いものを」
「好機だなノーク。削れるだけ削ろうぜ」
「と、いうことです。マンセルさん、もっとギアを上げて行きましょう」
「......分かった」
アサノが氷の結晶を出現させ、敵に向かって破裂させた。氷の破片が体を貫き、10人以上の兵士が吹き飛ぶ。そしてぽっかり空いた空間にノークとコスモが突っ込む。
ノークは身長の半分ほどの剣で敵の急所を撥ねながらも違和感を覚え、その正体を探っていた。敵が弱すぎる。聞いた話によると連邦軍の兵士は屈強を誇るとされていたが、その情報は偽りだったのだろうか。背後から襲いかかってきた兵士を見もせずに体を逸らし回避し、胸を一突きする。コスモの方を見ると、巧みな動きで敵を誘導し槍で3人をまとめて串刺しにしていた。
他の冒険者、王国の兵士も負けじと剣を振り、魔法を連射し奮闘するが、やはり夜明けの民が数歩も抜きん出ていた。圧倒的な連携と火力で敵軍の兵士を葬る。そこへ後方で大規模魔法を発動させていたアランが駆けつけ追いついた。
「アラン、後はもう俺たちに任せてくれても良かったんじゃ」
ノークの冗談をかき消す勢いでアランが叫ぶ。
「後方で突然現れた、奇妙な杖を持った集団100人程が何かを唱えています、魔力は感じられませんが、何か仕掛けてきます!」
「皆、死にたくなかったらあたしらのとこに集まれ!!」
コスモが脊髄反射の速度で味方に警告を出し、アサノが手で印を作り呪文を唱え、魔法を発動させる。
「大地の盾」
その瞬間アサノを中心として薄緑色の半透明な膜が加速度的に広がり、味方を包み込む。しかし最前線の味方全てを覆い尽くす前に白い光が視界を奪い、膜の外にいた王国の兵士、冒険者それに連邦軍の兵士をも巻き込んで消しとばした。
敵が魔法を発動する前、アランは探知魔法によって拡張された聴覚から、確かに呪文の名を聞いた。
「星の咆哮」
被害は甚大だった。アサノが咄嗟の機転で発動させた範囲防御魔法の中にいた者は全て無傷だったが、それ以外は言葉では言い表せないほどの惨状が広がっていた。この状況でも一切取り乱さないノークが叫ぶ。
「こっちは今ので何人くらい死んだ!?」
「少なくとも100人以上はやられました」
アサノの報告にノークは思わず舌打ちした。精鋭で固めた部隊の中から100人以上の死者はあまりにも痛すぎる損失だった。
「アラン、引き続き警戒に当たれ。一切の兆候を見逃すな」
「分かりました」
「しかし連邦の野郎、味方の損失も御構い無しか。戦争にもルールがあるだろうに。マンセル、俺と一緒に突撃しろ。胡散臭い魔術師を真っ先に潰す」
「......分かった」
ユーラ達救護部隊は前線から引いた位置で戦局を見守っていた。アランが放ったであろう大規模殲滅魔法によって敵軍が大損害を受け、さらに突撃部隊が敵兵士を蹂躙していたため当初はこのまま押し切れるのではと考えた矢先のことだった。
アラン達がいた場所を中心に発生した巨大な爆発をこの目で見たユーラは、すぐに救護へ向かう判断をした。こういう時のために充てがわれていた魔道車を使い、現場へ急行する。
至る所で呻き声がする。それだけではない、至る所に手や足など、かつて人を形作っていた部分が今は者として無残に散らばっていた。
ここで治療することは無謀と判断したユーラは、救護班に指示を出す。
「味方が守ってくれている間にできるだけ生き残った負傷者を魔道車に運びましょう。この場で治療することは自殺行為です」
治療師がユーラと共にまだ生きている負傷者を魔道車へと運んでいく。その間にも地面が揺れ、すぐ側で悲鳴が聞こえる。側で救護班を守っていた部隊の1人がユーラ達に叫んだ。
「早くしろ!!守りきれなくなる」
もはや運ぶというよりは担ぎ強引に魔道車へと負傷者を詰め込んで行く。限界まで負傷者を抱えた魔道車が現場から撤退する。それと同時にもう1台の魔道車が入れ違いで戦場へと入って行く。
「この人はたどり着くまで持ちません、今すぐ治療しましょう」
ユーラが負傷者に体に触れ治癒魔法を使い体内の状態を探る。
「多臓器破裂、左肺損傷」
速やかに診断すると重症の部位から順番に治癒魔法を流し込んでいく。すると少しずつ負傷者の顔色が良くなっていった。それを見ていた新米の治療師が感嘆の声を漏らした。
「見とれている場合ではないぞ!!君も早く治療を!」
「あ、はい!!」
今頃もう1台の魔道車も同じような状況になっているだろう。それでも最前線で戦っているアラン達から比べればまだまだ安全の面ではマシな任務だった。
ユーラ達治療師は次々と応急処置を施し、後方の自陣へたどり着くまでの命を繋いていく。最前線だけでなく、後方でもまた別の意味での戦場が繰り広げられていた。
連邦軍は人としての所業を完全にかなぐり捨てたような戦術を取り続ける。ノーク、マンセルの突撃に対し意地でも魔術師部隊を守るため、肉の壁のごとく2人に兵士の数を集中させた。
「ファイアーボム」
ノークの放った火球が分裂し爆発、肉の壁の一部に穴を開ける。そこにマンセルが畳み掛ける。長剣に魔力を注ぎ、勢いよく振り抜く。剣筋上にいた敵が体を寸断され、大地までもが裂け、地層がずれる。
そうやってかなりの敵兵を仕留めてきたはずが、なかなか魔術師の所までたどり着けない。ノークが顔を険しくする。
「もしかしたらもう離脱したかもしれんな。最初からこれが狙いだったか。一発どデカイのをかまして後はトンズラって腹か」
「......諦めるな」
「マンセル、まさか暗黒魔法を使うとか言わないよな?」
「......その通り」
「勘弁してくれ......全員一旦引け!!」
ノークが部隊に指示を出す。その時マンセルの長剣が黒い霧に覆われ、それを体の前に掲げる。詠唱し、威力を高め、魔法を発動した。
「この哀れな魂に供物を捧げんとする 闇の深淵」
夜明けの民において魔法を専門職とするのはアサノである。しかし一つだけの例外が、マンセルの暗黒魔法だ。暗黒魔法は彼自身が開発し、アサノですら発動させることはできない。今の所この大陸で暗黒魔法を操れるのは彼だけだ。
地面が黒くなり、雪が解けるように大穴が開く。そこからはこの世の物とは思えない悲鳴、絶叫が聞こえる。敵軍の兵士が次々と大穴に吸い込まれると、体が徐々に溶かされ消滅していく。
「アサノ、もうすぐ大穴が閉じる、準備しておけ」
「はい、分かりました」
生贄となった魂を飲み込んで、大穴が閉じる。その瞬間、ノークがアサノを魔術師へ向けて文字通り投げ飛ばした。
飛翔しながら印を紡ぎ、魔術師の一団へと接近したアサノが上級魔法を発動させる。
「フレアクラスター」
火球が20個ほど出現し、火球同士がぶつかると凄まじい爆発を起こし、さらにその爆発が新たな爆発を起こす。そしてついに魔術師の一団を捉えた。
フレアクラスターの特徴は相手が唱えた魔法にも発動するという点だ。それに気づかず防御魔法を展開しようと発生させた魔力に反応し、大爆発が起きた。
フレアクラスターによる最後の大爆発で魔術師のほとんどを仕留めることには成功したが、一部は取り逃がしてしまった。それでも戦力を十分に低下させたとノークは判断した。魔術師団を仕留めるまでの間にさらに大量の犠牲者を出した敵の連邦軍は撤退を始めた。
「これ以上の深追いは無用だな。こっちも矛を収める。それでいいか?」
ノークが総司令官に確認を取り、承諾された。
セリントン。あと一歩遅ければというところでギリギリ援軍の到着により侵略を逃れた城塞都市。戦闘を終えた第一陣軍は現状を把握するために、後は兵士に休息を取らせるためにセリントンへ駐留させてもらうことになった。
城塞都市としての影響なのか、セリントンの建物はほとんどが石造りでできていた。それによって都市全体が茶色に染まっている。ネクラス共和国において首都、副都につぐ規模の大都市であり、第一陣軍全員が中へ入ることができた。
ネクラス軍兵舎の司令官室を借りて行われる軍議には、前回同様に幹部、一部の冒険者、夜明けの民、ユーラに加えてアランも参加した。
まず最初に総司令官が口を開いた。
「今回の我々の犠牲者はどれくらいだ?」
「犠牲者は冒険者は22人、軍からは110人、負傷者は90人です」
部下の報告に険しい顔をする総司令官にノークが話しかける。
「本来なら被害はこの3分の1以下で済んだはずでした。相手が仕掛けてきた天災規模の魔法が原因です。アラン、魔法の名前を聞き取れたんだったな?」
「はい、爆発が発生する直前、星の咆哮」と聞こえました」
一同に大きなどよめきが起きる。総司令官が落ち着くようにとなだめた後、アサノが話し出す。
「星の咆哮は禁忌の魔法です。あまりの威力の高さに開発した魔法使い悪用を恐れ魔道書を全て処分したと聞いていましたが、どうやら再現することに成功したようですね。ですがそれ以上に不可解なのは、発動まで一切魔力の流れを探知できませんでした。アランが警告をしてくれなければ第一陣軍は半壊していたかもしれません」
アサノの報告に場が静まり返る中、さらに報告を続ける。
「不可解な点はもう一つ。最初にアランの大規模魔法で敵を攻撃した際、真っ先に魔法部隊を壊滅させていたはずです。アランは高度な探知魔法が使えます。殲滅したのは間違いがないはずなのに、神隠しをしていたかのように100人規模の魔法部隊が再び出現しました。最初から存在を隠していたのか、あるいは何らかの方法で部隊ごと転移させたのか」
「そのようなことが可能なのですか?」
総司令官の質問に対し、アサノは仮定の話だと念を押した上で推測を述べる。
「通常人を転移させる場合、人1人を50歩程度の距離が限界です。たったこれだけの質量、距離だけで膨大な魔力を使うのです。もしかすると連邦は独自の術式を用いて転移魔法を完成させたのかもしれません」
アサノの推論にノークが付け足すように言った。
「方法はどうあれ、対策を考えねばなりません」




