第42話
目の回るような忙しさだった。日が昇る前からユーラに叩き起こされ、慌ただしく準備を終えると発展の塔へ向けて出発した。
約100名の冒険者は発展の塔で合流し、そこから王都の外にある平原で第一陣と合流することになっている。すでに大瀬の人が1階のエントランスに集合しており、アラン達で最後のようだった。
これだけの人数がいるとそれなりに騒がしくなるが、その中から気になる話し声が聞こえてきた。
「おい、あいつがベルファトの流星か?」
「らしい。ユーラ様と一緒にいるんだから間違いない。しっかし若いなー」
冒険者達が自分の方を見てそう言っているのを疑問に感じ、ユーラに尋ねる。
「ねえユーラ、ベルファトの青い流星ってもしかして俺のこと?」
「他に誰がいるんだ。ほとんどの魔物を青色のメテオの雨で降らせて叩き潰したから、流星っていう二つ名が付いたのだろう」
「確認なんだけどさ、ファイアーボールを上空から降らせるとメテオって名前に変わるの?」
それを聞き、ユーラが引きつった笑顔で答える。
「アランには意外かもしれないが、魔法の定義は曖昧なものなんだ。優秀な魔法使いがオリジナルの魔法を造ったりすれば見た目で名前が決まることもある」
そんな雑談をしていると、突然アランを呼ぶ声がした。
「アラン、久しぶりだな」
声の方を振り返ると、最初にベルファトに来た時稽古を付けてもらってから会っていなかったノークがいた。その後ろにはコスモにアサノ、その他にノークのパーティーメンバーであろう数人もこちらに向かってくる。
「ノークさん、お久しぶりです」
「良い顔をするようになったな。さすがは流星だ」
「ノークさんまでやめてくださいよ」
「アラン!元気にしてたか?」
「コスモさん、アサノさんもお久しぶりです」
コスモは仲の良い友達のようにアランを抱擁し、背中をぽんぽんと叩いた。そしてすぐ後ろで控えていたユーラを見つけると、夜明けの民のメンバーの態度が一変した。
「ユーラ様、お久しゅうございます」
ノーク、それに夜明けの民のメンバー全員が肩肘をついて頭を下げ挨拶をした。それを見たアランはすごく驚いた。
「ノーク様、それに皆様そのようなことなさらないでください」
ユーラが説得し、謁見の間がエントランスに戻るまでにしばらく時間がかかった。
「ねえ、ユーラとノークさんってどういう関係なの?」
「簡単に言えば、私が小さい頃ノーク様に戦い方を指導していただいたんだ」
「ノークさんが強いのは知ってたけど、そんなにすごい人だったんだ」
「アラン、誤解するな。俺はお前と同じ一冒険者にすぎない。少し先輩なだけだ」
ノークが謙虚に話しているのを見て、ニヤニヤと笑っていたコスモが追撃をかけた。
「そうだぜアラン、こいつは戦うことしか能のないやつだ」
「お前......一応リーダーの俺に少しだけでいいから敬意を払ってくれ」
そうやって昔話に花を咲かせている様子を、夜明けの民の残り2人は微笑みの表情で見守っていた。1人は冒険者になりたてのアランの魔法を指導したアサノであった。だがもう1人の長身の男はアランには面識がなく、昔話をしながらもこの人は誰だろうとチラチラ頭の隅で気になってはいた。
アランの様子に気づいたノークが一旦話を打ち切り、背後にいた男呼び寄せ、を紹介する。
「アランはこいつとは初めてだったな。こいつはマンセル。俺以上に戦闘でしか役に立たないが、仲良くしてやってくれ」
「ひどい......アラン......よろしく......」
ノークよりもさらに長身でありながらスマートな体格を持つマンセルが手を差し出す。ひどく少ない口数とアランと同じ青い瞳が印象的だった。
「アラン、もしかして知らないのか?ノーク様とマンセルさんはランクSだぞ」
握手をしていたアランの表情が固まった。
「冒険者.....Sランク......いつかなれる......」
「なれねえだろ」
コスモから的確な指摘を受けると、マンセルは納得がいかない表情をしていた。
「ともかく、こうして気心の知れた仲間と戦場へ行けるのは頼もしいことです」
アサノの締めの一言で、ようやく長い同窓会が終わった。
アランは魔道車6台のうち一台を操縦することになったので、冒険者一行は先に第一陣と合流するために出発した。その後すぐに迎えが実験用魔道車でアランを拾って研究所まで運ぶ。
研究所で乗り換え、アランが大型魔道車に乗り込もうとした時、別の1台にレンが乗るのが見えて、慌てて一旦降り彼女の元へ向かう。
「レンさんも行くんですね」
「はい。私が動力装置の中枢を開発したので、私が行かなければ何かあった時に対処ができません」
「そうかもしれませんが、レンさんは軍人でも冒険者でもないし......」
アランの言いたいことを察したのか、レンは落ち着かせるように笑みを浮かべる。
「大丈夫です、私は戦えないので、前線には行きません。アランさんはユーラ様のことを守ってあげてください」
「はい。だけどレンさんも気をつけて」
そう伝えるとアランは自分が操縦する車へ戻る。自分はまだまだ精神的に成長できていない。アランは自分に最も必要なのは精神的な強さなのではないかと感じた。ユーラは領主の娘であり国を守る立場であるからまだ仕方ないと思えたが、一般人である友人が後方とはいえ戦争へ参加することに納得いかないものがあった。
6台の魔道車が出発し、街の中心部を走り抜ける。事前に交通規制がされていたこともあって、通りの端は市民で埋め尽くされていた。様々な反応があった。拍手で送り出す者がほとんどであったが、中には兵士の家族であろうか、悲しげな表情をしている人達も散見された。
王都の正門を抜け、平原で待機していた第一陣と合流した。6台の魔道車にはこれでもかというほど食料などの物資が積まれている。そのおかげで馬車の数を幾分か減らすことができた。
「アラン、国の持ち物を壊すなよ?」
声のした方を向くと、ノークがニヤニヤとした笑みを浮かべてこちらのことを茶化していた。
いよいよ全部隊揃ったところで、第一陣の総司令官が訓辞を述べる。
「今この瞬間も同盟国であるネクラス共和国は我々に助けを求めている。我らがシュレンベルク王国は世界でも屈指の兵士が集う大国。それも今ここにいる我々はその中の精鋭だ。今回の行軍は侵略戦争ではなく、同盟国を助けるためのものだ。だが屈強な連邦の軍を追い払う為には諸君の力が必要だ不可欠になる。後続の駐屯を任務とする第二陣へ円滑に橋渡しをする為にも、諸君の大いなる活躍に期待する」
訓辞を聞いていたアランは、ここに来てようやく自分が戦争に参加するのだと実感した。
行軍が始まった。隊列は王国軍の特攻を担う突撃隊と冒険者の混成部隊が先頭を担当し、その後ろに魔道車、馬車の列、最後に一般兵士の舞台という順番だった。
行軍を開始して30分ほどたった頃、アランの操縦する魔道車に近づいてくる人がいた。目をこらすと前方にいるはずのコスモだった。
「アラン、ちょっと乗せろよ」
「いや、その前にコスモさん前衛でしょ。なんでここにいるんですか」
「そう堅いこと言うなよ」
そう言うと無理やり空いている助手席に潜り込んで来た。
「ノークも言っていたが、顔つきが冒険者らしくなって来たじゃねえか」
「そうですね。色々ありましたから」
アランはユーラと出会い旅を始めてからいまに至るまでにあったことを話した。その中でコスモが最初に食いついたのは、ゴルサノで対峙したゴーレムだった。
「そのゴーレム、そんなに強かったのかい?」
「はい。強いとかそう次元ではなかったです」
それを聞いてコスモはしばし考えていた。そして口を開く。
「ゴーレムってのは色々な種類がいる。まずはそこらへんにいるやつと同じ魔物としてのゴーレム。次に国が人造的に作り出した魔道人形としてのゴーレム。そして最後は一種の伝説だが......神が使いとしてゴーレムを作り出し使役していることがあるらしい」
最後の言葉にアランは他人事ではない思いがした。夢の中に出て何やら色々と指図してくる謎の存在。それはもしかしたら人間とは次元が異なる高貴な存在なのかもしれない。
「もしもだが、3つ目のタイプのゴーレムだった場合、流石に王都の探索隊が捜索しても分からないだろうな。だが言うまでもなく10階層で馬鹿でかい魔物が現れたのも、そのゴーレムと関係がある。これは確かだ」
「その根拠は?」
「勘だ」
「......なるほど」
「それはそうと、ユーラ様とはどうなったんだ?もう行くところまで行っちゃったって感じか?」
「女性がなんてこと言うんですか......。それは別として、ユーラも俺のことを思って想ってくれていたみたいで、告白はうまくいきました」
「それは良かったなアラン。だがそれに囚われて戦闘に集中できないとかはナシだからな。ユーラ様は恐らく前線には出ず、後方支援になるだろうから大丈夫だとは思うが」
「ユーラはユーラで大変だと思います。悲惨な現場ばかりでしょうから」
「それを少しでも減らすのがアタシたちの役目だな。一緒に頑張ろうぜ、青い流星!」
「だからそれやめて下さい。全部夜明けの民の皆さんが手柄を持って行っちゃうんじゃないですか?」
「アタシ達を戦闘マシーンか何かと勘違いしてるんじゃないのかいアランは......。個の力だけで勝敗が決まればそれは楽かもしれんが。まあ中には例外もいるんだけどな」
アランはコスモと話をして、彼女が思っている以上に物知りであったため、何か知っているかもと期待して夢のことを話してみた。
「加護の力を持っている人間は、その力を与えた主を導くために何らかの方法で接触を図ることがあるらしい。だからアランの夢の中で謎の存在と話をしていたのも、もしかしたらその加護を与えた主という可能性もある。だとしたらその主は相当な力を持っているってことになるね。その怪力に、無尽蔵の魔力。明らかに普通の加護の力を超えてるよ」
行軍を続け、コスモと話をしながら、アランは自分は一体何者なのか、改めて自分自身に問いかけた。
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