第41話
「アラン、お前は今回本当に良くやった。ユーラから聞いたところ我が国にも貢献してくれている。そのことに関しては国を背負う代表として感謝している。だがお前は一冒険者で、国の兵士ではない。今後の冒険者としてどう歩いて行くか、今が大事な分岐点だ」
アランは1人第会議室を退出し、近くにある小部屋へと案内された。この場所でゆっくり自分の将来を考えろということなのだろう。
まず、軍と一緒に行動を共にした場合のメリットは、今後もシュレンベルク王国に尽くすことにより、冒険者ランクが上がりやすくなり、それにより国内では色々と便宜を図ってもらえるだろう。最も冒険者ランクは国外へ出た場合でも、各国それぞれのギルドシステムによってそれ相応のランクが付けられるので、この点だけで言えばそれほど気にすることはない。
デメリットは、完全にシュレンベルク王国の冒険者という肩書きがつくため、敵対国に入国し、旅をする事が難しくなる。そしてアランが個人的に重要視していたのは、ユーラと離れ離れになる事だった。
もはやアランにとってユーラは大事な仲間であると同時に、大切な異性としても大事な存在となっていた。ファルマンからは公私混同するなと釘を刺されたが、それを頭に入れてもユーラの事は彼にとって重要な判断基準となっていた。
そうやって考え事をしていると外が騒がしくなった。小部屋から出ると、大会議室から続々と人が慌ただしく出ていく様子が見えた。その中にユーラとシノの姿を見つけると、声を掛けた。
アランの声の声が届いた瞬間そちらの方向を向きダッシュで駆け寄る。
面と向かって対峙すると、途端に聞くのが怖くなる。ユーラは懇願の思いでアランに尋ねた。
「アラン、これからどうするか決めたのか?」
「うん。俺もユーラと、みんなと一緒に戦うよ」
「私が言うことではないが、本当にそれでいいんだな?」
「うん、それでユーラ、2人だけで話せる場所はないかな?」
「それなら、さっきまでアランが使っていた部屋がまだ空いてるはずだ。そこでいいか」
「うん。大丈夫。大事な話があるから」
その言葉にユーラは少し不思議そうに首を傾げた。
小部屋に入ると、2人は立ったまま向かい合った。アランの様子がいつもとどこか違うことを感じ取り、ユーラは少し困惑していた。
「それで、話って何だ?」
「ユーラ、君が好きだ」
「ふぇ!?」
思いもよらない言葉を告げられ、頭が真っ白になる。そうしている間にもアランが話を続ける。
「前にいつか別れの時がくるかもって話をしただろ?大会議室で陛下からお言葉を頂いた時に、今がそうかもしれないって思ったんだ」
「......ああ」
「でもその瞬間、こうも思った。ユーラと離れたくない、これからも一緒に居たいって。だから俺は戦う。シュレンベルク王国の人間として、大事な人達を守るために」
気がつけば涙が溢れ出していた。今まで生きてきた中で感じたことのない、表現できない感情が心に渦巻いている。
「......本当に、一緒に来てくれるんだな?」
「うん。頼もしいでしょ?」
「はは、何を言ってるんだ。まだまだ駆け出し冒険者のくせに」
アランがユーラにゆっくりと歩み寄り、両手を背中に回し優しく抱擁した。それに応えるようにぎゅっと背中に手を添えた。ユーラが生きて来た記憶、思い出の中で初めての嬉し涙は、いつまで経っても止まらなかった。
2人が部屋を出ると、部屋の外で待機していたシノがこちらへ駆け寄って来た。お話は終わりましたか、との問いにユーラが密かに耳打ちをする。
するとシノは珍しく大きく感情を出し、満面の笑みを浮かべた。おめでとうございます、と祝福の言葉を2人に送る。3人のいる空間だけが暖かい空気に包まれていたが、気を取り直してシノが話を切り出す。
「アラン様、ということは私たちと一緒にネクラス共和国へ向かうということでよろしいですね?」
「はい、その通りです」
「では急ぎましょう。出立は明日の早朝です。それまでに準備を整えていただかなければなりません。それと同時にアラン様には研究所に同行していただきます」
「それは構いませんけど、何でまた研究所に?」
「物資の輸送に魔道車を使うことになったんです。そこでアラン様に魔力の充填をお願いしたいとのことです。早速向かいましょう。実験用の魔道車が外で待機しています」
3人は塔から大通りに向かい、停車されている魔道車の後部座席に乗り込んだ。驚いたことに、運転席にはシンが、助手席にはレンが座っていた。
「アラン殿、昨日は大活躍されたそうですね。アラン殿のお陰で命を救われた市民もたくさんいるでしょう。私からも感謝申し上げます」
「いえ、俺には戦うことしか出来ませんから」
「それで十分なのです。皆それぞれの役割がありますから。さあさあ乗ってください。飛ばしますよ、気をつけてください」
シンがアクセルを踏むと、反動で頭が座席に吸い付いた。実験でここまで一気に加速したことはなかった。アランが顔を出さない間にも魔道車は改良されていた。それもとてつもないスピードで。
研究所に着くと、目を疑う光景が広がっていた。
アラン達が今まで使ってきた実験用の魔道車の1.5倍はあろうかという巨大な魔道車が威圧感を醸し出しながら駐車されていた。
「いつの間にこんなもの作ったんですか?」
「ここ最近です」
「アバウトすぎるでしょ......」
「さあさあ魔力の充填をお願いします。あまり時間がありません」
シンが1台目の魔道車の前面部分を開け、動力装置を露出させる。だがここでも驚くことになった。車が大きいならばということで、動力装置も今までよりもかなり大きいものになっていた。1台を満タンにするまで15分かかった。これが6台なので魔力の充填だけで1時間半もかかってしまった。
大量に魔力を消費したアランは全身に汗をかき、倦怠感が体を支配していた。
「アラン殿、こちらをどうぞ」
シンから手渡されたのは昨日も飲んだ怪しげなカプセルだった。シンの今までの付き合いからして信用できるので恐る恐る口に含み渡された水で流し込む。
「シンさん達も一緒に行くんですか?」
「いえ、私は所長ですので残りますが、レンを含め8名が魔道車メンテナンスのために同行します」
「軍人や冒険者でもないのに戦地に赴くなんて、怖くないですか?」
「私たちが最前線に出ることはないので、それなりに冷静でいられてます。大丈夫です。我が国の兵士、冒険者は強いですから」
そういってレンは笑う。守るべき人が増えた。アランは大事な人たちを生きて連れて帰ることを自分自身に誓った。
数時間後、アラン、ユーラ、シノの3人は宿として宿泊している塔に戻ってきていた。アランがいない間に色々なことが会議で決まったようで、自室でそのことをユーラから聞いている最中だった。
「俺以外にも冒険者はいるの?」
「ああ。この短い間に約100名が志願してくれた。アランより上位ランクの冒険者も数人いる」
「なるほど。というかたった1日で進軍の準備ってできるものなの?それなりに準備が必要なはずじゃ」
「普通なら無理だ。だが今回は同盟国が現在進行形で侵攻されている。よって軍を第一陣と第二陣に分ける。第一陣は約2000名で、明日先に出発する。それから4日後に第二陣、約6万人が出発する、こういう手筈だ」
「え?第一陣の人数少なすぎない?たった2000人で戦うの?」
「第一陣と第二陣の部隊は全く性質が違うんだ。第二陣は簡単に言うと一般兵士の部隊だ。それに対して第一陣に入る部隊は、冒険者ランクでいえば全ての兵士がAランク相当の実力を備えている。さらに自分が使う武器と魔法の両刀ができる兵士のみで構成されている。後さっき志願してくれた冒険者だが、アラン以外は全員冒険者ランクA以上だ」
「......この国ってそんなに戦力あったんだ」
「アラン何を言っている。我々シュレンベルク王国はこの大陸では敵なしだ。全世界で見ても5本の指に入るのではと言われているくらいの軍事国家だ。本当ならもっと強い冒険者を集めたかったが、時間がなくて約100名になったんだ。全国に散らばってるAランク以上の冒険者は私が知っているだけでも数千人はいるはずだ」
アランは軽い目眩がするのを感じた。自分が目指している道は限りなく遠いものだった。
「じゃあSクラス以上の冒険者はどれくらいいるの?」
「AとSはさらに天と地ほどの差がある。確か全国で20人くらいだったはずだ。ましてやSSクラスの冒険者はあの方1人だけだ」
6大陸のうちの1つの大陸の6割を収めるシュレンベルク王国で成り上がって行くのには途方もない努力と才能が必要なようだった。だが上昇志向の強いアランは、そうでなくてはつまらないと意気込み、はるか先にやる山の頂上へ向かって歩み続けることを己自身に誓った。
ユーラからある程度のことを聞いたアラン達3人は明日の朝早い出発に備えて早めに就寝することにした。
凍てつく大地。3歩先も見えないくらいの吹雪。刺すような寒さが襲ってくる。まただ。まるで夢でないような鋭い感覚。
「行く先を見つけたようだな」
「......久しぶりですね」
アランが皮肉を言うと、頭の中の声が愉快に笑った。
「ようやくお前も自分の足で立ち上がったようだな。私も一安心だ」
「なんであんたを安心させないといけないんですか」
「当然のことだ。私はお前の守護者。お前を導く義務がある」
「まあ......俺を選んでくれたお陰で今の俺がありますから」
「そう言う割には与えた力を使いこなせずにいるようだな。私が期待していたのは2つの力の融合だったのだが。このままではいつか己の身を滅ぼすことになるぞ」
「......ご忠告ありがとうございます」
「失望させないでくれ。魂の器が耐えられる者を見つけるのは容易いことではないのだから」
吹雪が強くなってきた。どうやら覚醒が近い。それにしても今回はいつもにも増して何が言いたいのか分からない。大量の魔物と退治した時に己の力ではなく加護の力に頼りきったことを責められているのか。ならば言われるまでもない。自分自身が一番それを痛感していたから。
心をかき乱されたまま、アランは現実の世界へと強制的に浮上させられていった。




