第39話
想像していたよりもずっと悲惨な状況だった。どこから出現したのかは不明だが、探知魔法を使っても数えきれないほどの魔物が増え、市民を襲っていた。アランは目の前でオークに襲われそうになってる女性を助ける。一瞬で間合いまで近づきオークの腹に蹴りを入れ吹き飛ばす。
「早く逃げろ!衛兵について行け!」
女性は礼を言う暇もなく衛兵に案内され去っていった。アランが周りを見渡すと、近くに兵士の一団が魔物と戦っているのが見えた。アランは近づき兵士たちの叫ぶ。
「俺は冒険者のアラン、加勢します!」
「あんたは冒険者か、助かる!何より数が多過ぎる。とにかく数を減らしてくれ!」
「そちらと連携した方が良いですか?」
「あんたは何となくだが一匹狼なんだろ?好き勝手にやって良いから早くこいつらを倒してくれ!」
アランは早速動き出す。敵は比較的弱いゴブリン、コボルトが7割ほど、残りがオークやスケルトンなど強力な魔物だった。そうするとまずは弱くて数が多い魔物を一掃する方が早い。アランはそう判断した。
上空に魔力を濃縮させたファイヤーボールを10個ほど出現させる。そして群がっている敵の群れへ向け音速で打ち出した。
その瞬間、戦場の情勢が一変した。空から彗星のようにファイアーボールが敵に直撃し、何十体という魔物が自分が死んだこともわからないまま消し飛ぶ。目の前で戦っていた兵士も何が起きたのか分からずにいる。
次々とファイアーボールが着弾し、無慈悲に多数の魔物の命を奪っていく。そのお陰で徐々に劣勢だった防衛側が盛り返してきた。その時声が聞こえた。
「我々の仲間の中にメテオを使える奴がいるぞ!巻き添えを食らうな!!」
メテオとはどうやら自分が打っている魔法のことなのだろうとアランは判断した。そう言ってくれるのならば遠慮はいらない。アランは先ほどよりも大きいファイアーボールを4つほど上空に作り、敵陣向けて発射した。
先ほどよりもさらに威力を増した炎弾が大量の敵を瞬く間に削り取っていく。側から見るとその光景は天災そのものだった。
全ての、兵士達が呼称するにメテオを打ち終えた頃には魔物全体の数は半減していた。地面のいたるところには一軒家が入るほどのクレーターが出来ている。
敵の数が半壊したことによって動けるスペースが出来て戦いやすくなったため、アランは大剣を握りしめ残りの大物を倒しに向かう。最初の標的は以前にも戦ったことがあるグランドオーク。
グランドオークが気が付いた時にはすでにアランは間合いへ入っていた。慌てて巨大な斧を振り下ろすが飛んで回避し、大剣を思い切り振りかぶる。するとグランドオークの体に筋が入り、そこから肉体がずぶりと崩れ落ちた。
「お、おい、あの化け物は何者だ?」
「王都の兵士や冒険者でもあそこまでやれる奴はそれほどはいない。王都の外から来た冒険者なのだろうが、戦い方が狂気じみてるな」
一緒に戦っていた兵士たちから半分畏敬、半分恐怖の目で見られているアランだったが、そんなことは気にせず流れ作業のように魔物を切り刻んでいく。その時背後から強大な魔力が感じられた。その方角を見るとオークメイジ数十体が一斉に魔法の詠唱準備をしていた。
アランが大地を駆けオークメイジに詰め寄るが間に合わないと悟ると急停止し炎の壁を展開する。その後雨あられと無属性の魔法が炎の壁に直撃し貫通を狙うが、アランの尋常ではない魔力量で押し切った。
だがもうアランの魔力は残り4割を切っている。高威力の魔法でのゴリ押しはもう出来ない。地道に大剣で数を減らしていこう。そう決めた時、たくさんの数の兵士がオークメイジ部隊になだれ込んだ。
「俺たちも後に続け!戦果を挙げるぞ!」
兵士部隊は勇敢に攻め、オークメイジ部隊の数を少しずつ減らしていく。それを見たアランは今度こそ大物を重点的に狙うことに決めた。
彼が不思議に思ったことは魔物の種類がバラバラだということだ。人型、ワーム、アンデッドなど、統一性がない。すでに本来なら魔物が入れない王都内で発生していることからして明らかだが、人為的に何者かがこの災害を起こしたのだろう。
そんなことを考えながら大物の魔物を探していると、兵士達の断末魔が聞こえて来た。そちらの方を見ると巨大なトロールが兵士を投げ飛ばし、あるいは踏み潰していた。
アランは意識を極限まで集中させ、トロールに接近する。それに応えるかのように大剣も青い光を放つ。そして彼が繰り出した大剣をトロールは両手で挟み込むようにして受け止めた。
「力勝負といこうか、デカブツ」
アランが加護の力を使ってまで振るった攻撃に対してトロールは受け止め鍔迫り合いの状況へ持ち込んだ。徐々にアランの大剣がトロールの胴体に近づいていくが、トロールが受け止めていた両手を離した瞬間横にそれ、両断されることを防いだ。
その後も幾度となく大剣を振り攻撃を仕掛けるが、その度にトロールにうまく往なされる。これの繰り返しが続き、戦闘は膠着状態になった。
アランは己の力量不足を感じた。数百体の魔物を葬ったのも、あり余る魔力を利用して上空からメテオを不意打ちのように降らせただけだ。それに以前謎のゴーレムとの戦闘では全く歯が立たなかった。今もこうして強力とはいえ生身の魔物相手に後一歩の攻撃を繰り出せないでいる。
仕方なくアランはトロールから大きく距離を取り、残り4割のうち3割の魔力を使ってメテオの雨を降らせた。トロールは両手を組み防御体制を取るが、メテオの威力が大幅に上回っていたために耐えきれず跡形もなく消滅した。
まただ。強敵にはいつも一方的に押す戦法でしか倒せない。純粋に互角以上の力量の敵が出て来た時、自分はなすすべも無くやられてしまうのではないか。アランの中でこの前のゴーレム戦、今回のトロール戦はトラウマになりかねない心へのダメージを与えることになった。
もはや体力も限界にきている。アランは膝をつき、肩で息をしていた。そこへ王都の衛兵数人が駆け寄った。
「おいあんた、大丈夫か!?」
「はい、怪我はないですが、もう限界で......」
そう言ってからアランの意識が薄れた。必死に声をかける衛兵の声が気を失う前の最後の記憶だった。
目を開けると、白一色の天井がアランを迎えた。どうやらベッドに寝かされているようだ。首を左右に向けると、仕切りが設けられていたがその奥に人の気配がした。どうやら病院のようだった。
体が疲労のためか全く言うことを聞かない。部屋の外からは慌ただしく行き交う足音が聞こえる。どうやら多数の負傷者がいるようだ。あれだけの魔物が王都を襲ったのだ。どれほどの怪我人が出ているのかアランには想像もできなかった。
どれだけの時間が経っただろうか。近づいてくる足音があった。
「アラン殿、無事で良かった。大分ご無理をされたようで」
見舞いに来てくれたのはシンだった。こんなところに来ている暇があるのだろうか。研究所は大丈夫なのか。そんな心の疑問を読んだのか、彼が答えた。
「研究所は幸い襲われなかったんです。なので研究員総出で治療薬を使った治療活動や瓦礫に埋まった人の救助活動など、やれることをやっています。レンも無事です。ご安心ください」
「あ、あの......」
一番肝心な事、いや、人を忘れている。途方もない疲れのせいで名前が思い出せない。ここでも怪物じみたエスパー能力でシンがアランの疑問に答えた。
「ユーラ様は大丈夫です、傷1つ負っていません。ただ今も治療活動中です。終わり次第できるだけ早くここへ向かうと仰っておりました」
それを聞いたアランは心に張られた糸がゆっくりとほぐれていくのを感じた。だがあれからずっと治療活動をしているのなら、疲労などは大丈夫だろうかと心配になったが、今は自分がその疲労で起き上がることもできなかった。
「アラン殿も精魂尽き果てたご様子ですね。これをどうぞ」
シンは透明な手に乗るくらいのケースを取り出し、開ける。中にはカプセルが2錠入っていた。
「シンさんこれは?」
「簡単に言うと栄養剤のようなものです。もちろん危険なものはありません。研究員100人に治験もして安全性を確認しております」
「研究所って色々な意味で過酷な職場なんですね......」
そう言ってカプセルと水を受け取り、口に運んでごくごくと飲んだ。
「すぐに効果は現れません、徐々に効いてきます。一瞬で回復したら魔法か麻薬ですから」
そう言って科学者らしい鋭い笑みを浮かべるシンにアランは一瞬恐怖の感情が芽生えた。ジョークがジョークに聞こえない。決してシンのことは嫌いではない、尊敬もしているのだがどこかどうしても違う人種という印象が拭えなかった。
「それでは私はこれで失礼を。後にユーラ様もお見えになるはずです。どうかご無理なさらず」
そう言って軽く握手をすると、シンは静かに去っていった。
30分ほどすると、体を襲っていた強烈な倦怠感が少しずつ薄れてきた。目の焦点も合うようになってきた。アランがベッドから起き上がる。
「アラン、具合はどうだ?」
ちょうどその時、病室の向こうから一番聞きなれた声が聞こえた。ユーラだった。
「所長から薬をもらったのですね。効果があって何よりです」
彼女の後ろにはレンも控えていた。しかし2人とも目に疲れが見え、疲労困憊という様子だった。アランはなんとか歩けるようになった体でユーラの右手を両手で握る。
「本当に無事で良かった。だけど明らかに無理してない?とても疲れてるように見える。レンさんも」
「仕方がないさ。死者だけでも数百人、負傷者はその10倍近くだ。レンさんに補佐をしてもらってもなかなか追いつかなかったが、ようやく一区切りついたからここに来れたんだ」
ユーラはアランと再び合流できたことにもちろん喜んではいたが、どこか表情が浮かない。
「なあアラン、こんな時に言うべき事でないのは分かってるんだが ......」
そう言うと彼女は視線を自分の胸元に注いだ。
「せっかくアランがプレゼントしてくれた服が、こんな事に。だが治療をしていたらそんな事気にしていられなくてな。でも本当に気に入っていたのに。すまん」
アランがプレゼントしたチュニックは至る所が血に染まっていた。そして静かにすすり泣く声がユーラから聞こえる。アランが気にするなと言う前にレンが口を開いた。
「ユーラ様、大丈夫です。研究所で生活魔法の研究をしている者がおります。その者に頼めばその汚れは落ちます」
ユーラを安心させるように、諭すようにレンが希望の言葉を紡いだ。
「本当ですかレンさん。良かった......」
ユーラは心底安心した表情をしていたが、ふと思い出したように再び深刻な表情になるとアランに思いがけないことを言った。
「アラン、この国は戦争状態に突入するだろう」




