第37話
王都での襲撃事件から一週間が経った。アランは魔道車の開発に協力する日々を送り、ユーラは会議に出席したり、王都在住の貴族への挨拶回りなどを行っていた。
王都へ来て8日目。休暇を与えられたアランは今日は何をしようか考える。ユーラは仕事ですでに部屋を出ている。シノも当然ユーラに付き添いで外出していた。こうなると普段なら秒速で鍛錬を選ぶのだが、この前シンと話した時のことが頭をよぎった。
そうだ、買い物に行こう。そして何かプレゼントを送ろう。唐突にアランは思い立った。王都に来てまだまともに観光していない。女性にはプレゼントをもらうのが好きと聞いた。本当かどうかは分からないが一生懸命選んだものを拒否されることはないだろう。この前プレゼントを送った時も喜んでくれていた。アランは早速部屋を出て魔法陣へ向かい、1階へ転移した。
思い立ってエントランスに降りて来たものの、王都はとてつもなく広い。どこに行けばどんなお店があるのかも全く分からなかった。
アランが途方に暮れていると、近づいてくる人がいた。それに気づき目線をそちらに向けると、見知った人がいた。
「あれ、レンさんどうしてここに?」
アランの問いに彼女は上品に笑って答えた。
「所長から、アラン殿は恐らく観光をするだろうから、1階で待機して現れたら行きたい場所へエスコートしてあげなさい、とのことです」
「あの人はエスパーですか......」
「それでどこに行きたいんですか?」
「えっと、ユーラにプレゼントをしたいんですが、何を贈れば良いのか分からなくて」
「心を込めたものだったら何でも嬉しいと思いますよ。どうします?」
「そうですね。それじゃあ、王都でおすすめの服屋さんとかありますか?」
「服屋さんと言ってもいろいろあります。どんな服を置いてる店が良いですか?」
「そうだな。かわいい服を置いている店知ってますか?」
「それならいくつか心当たりがあります。行きましょう」
そう言ってぐんぐんアランを先導し、エントランスを抜け塔の外へ抜けると、すぐ近くにある乗合いの馬車が来る停留所へ向かった。
馬車が来る間にも2人はとりとめない話をして時間を潰した。やがて馬車が来ると、数人の人がすでに乗り込んでいた。2人も空いている席に腰を降ろす。馬車がゆっくりと動き出した。
「レンさんはどうして研究員になったんですか?」
レンは昔のことを思い出し懐かしい顔をした。
「よく周りからは変わってるって言われるんですが、私は勉強したり、何かを研究することが好きでした。そこで私は王都にあるエンデュー大学に入学しました。それが8年前くらいかな。自分で言うのもなんですが、勉強には自信があったので2年で大学を卒業して、4年前くらいまで付属の大学院で簡単にいうと魔力などエネルギーの研究をしていました。このまま大学で研究を続けて先生になる道もあったのですが、私の論文を読んだ所長が私を研究所にスカウトしたんです」
アランは目の前にいる女性が才女であることを改めて思い知らされた。一般常識に疎いアランでも研究所に入ることがいかに難しいかくらいは聞いていたので、あそこで働く数百人の研究員はみんなレンと同じように頭が切れるのだろう。千分の一で良いからその頭を自分にも分けて欲しいとアランは頭の隅で願った。
「実は今アランさんが実験してる魔道車の動力装置、あれには私の理論が使われているんですよ」
それを聞いたアランはしばらく狐につままれた顔をしていた。
「じゃああの魔道車はレンさんがいなかったら完成しなかったんですね」
そう言うとレンは嬉しさと照れが入り混じった笑顔を見せた。
40分ほどで目的の場所に着いたのか、レンが降りますと声をかけ2人は停留所に降りた。少し歩くと人通りが多くなり、雰囲気がなんだかメルヘンチックになっていた。街道の左右を見渡すとこれでもかと女性用の可愛い服が展示されていた。メイドと見間違えるようなものや、フリルのついたものなど、見慣れていないアランには少し目に来るものがあった。
「ここの通りは女性の服屋さんだけがたくさん並んでいます。なので男性1人で来ると多少気まずい思いをします」
そう言ってレンがクスクスと笑いながら説明した。
2人はたくさんある服屋を順番に見て行く。1件目の店は明らかにゴスロリ系を意識した服ばかり置いていた。アラン自身から見ると良いものが多かったが、これがユーラに似合うかと言えば少し違う気がしたので、次の店に行くことにした。
「さっきのお店の服も中々個性的で良かったですね。実はユーラ様に着て欲しかったのでは?」
「......もしそう思ってもあれをプレゼントする勇気はないです」
それから何軒か巡ってみたが、中々ユーラに似合いそうな服が見つからない。どうも王都では一方向に尖がったというか、前衛的な服が多いようだった。
次に入った店は貴族階級の人が好みそうな上品な感じの店だった。ここなら良いものがあるかもしれない。レンと2人で店内を順番に見て行く。レンも少し目をうっとりさせていた。もう少し懐に余裕があればレンにもどうかと考えることができたが、今はまだ無理だ。それに2人の女性に同時にプレゼントというのは少々問題がある。
しばらく見ていると、ある一点でアランの目が止まった。それは薄い水色に花柄の模様が彩られたチュニックだった。アランはそのチュニックを一目見て気に入った。レンに印象を聞く。
「とても良いと思います。きっとユーラ様に似合います」
ほぼ即決だった。アランはそのチュニックを丁寧に手に取り、店員のいるカウンターまで持って行く。店員が愛想の良い笑みを浮かべ、手際よく梱包しながら会計を済ませる。
「16万ベルになります」
その金額に一瞬意識が飛びそうになるが、なんとか堪えて支払いを済ませる。それでも満足いくものが見つかったので、アランの機嫌は上々だった。
外へ出るとちょうど太陽が真上にくるほどの時刻となっていた。2人は服屋通りからすぐ近くにあるレン行きつけのレストランで食事をすることにした。
この店は野菜スープ専門店らしく、いかにもカロリーを気にしそうな女性が選びそうな店だなとアランは思った。それにレンが気づいた。
「アランさん、健康志向でこのお店が好きなわけではないんですよ?」
「あはは、もちろんそうですよねー」
アランの考えることなど感の鋭いレンには筒抜けだった。どれを頼めばいいか分からなかったので、レンに頼んでもらうことにした。10分ほどすると料理が運ばれてくる。
アランのスープは青野菜とキノコのスープで、少しベーコンも混じっていた。これがアランには高得点だった。レンはキャロル丸ごとスープという野菜が丸ごと1つ入った豪快なスープだった。
「レンさん、失礼ながら、結構食事は好きな方ですか?」
「そうですね、ガツガツ食べます」
その会話を合図に2人が料理に口を付ける。スープを口に運んだ瞬間、アランは思わず顔がとろけた。
「これは美味い......」
「お口に合ったようで良かったです」
レンは野菜を崩しながら黙々と食べていた。しかししばらくするとアランに尋ねた。
「アランさんはどうして冒険者に?」
「1番の理由は広い世界を見て見たいからです」
「なるほど。小さい頃にどこかご両親と旅行などは行かれなかったのですか?」
「俺、いつの頃からか、記憶がないんです」
それを聞いたレンの食事を進めるペースが少し落ちた。
「両親の記憶もありません。気がついたらベルファトの近くにある大草原で立っていました。今思いだせる一番古い記憶がそれなんです。覚えていたのは自分の年齢と名前くらい」
レンは愕然とした。普段は本当に普通の少年で、よくいる普通の男の子のように冒険者をになったのだとばかり思っていた。
「もしかしたら俺はその記憶を探すためにも冒険者になったのかもしれません。とはいってもそんなに思い出したいとは思いませんが。今はユーラやレンさんを含め皆さんと楽しくやれているので、それで十分です」
「そういって貰えて嬉しいです」
そう言って誤魔化したが、レンは目の前にいるアランを見て不安に思った。1人の少年が背負う重荷にしては大きすぎはしないだろうか。短い付き合いだが、彼は周りに頼ることをあまりしない性格なのだろう。追い詰められたときに誰かに助けを求められば良いのだが。
昼食を終えた2人はアランが手持ちのお金がもうないということもあって、そのまま帰路につくことにした。馬車の中で揺られつつ外の景色を見ていたレンは、アランが買った服を大事そうに抱えて眠っていることに気がついた。いつの日か無理が重なって取り返しのつかないことにならないだろうか。だがいくら心配してもレンに出来ることは限られていた。
宿泊している塔へと戻ってきたときには、日が大分傾いてきていた。アランはレンへ案内してくれたことの礼を言う。
「今日はありがとうございました、助かりました」
「いえいえ、こちらこそ。魔道車の研究にこれからもお手伝いよろしくお願いします」
2人はそう言って軽く一礼すると別れた。アランはレンの姿が見えなくなるまで見送ると、自分の部屋へ直行した。そして服が包装されている紙袋を抱えたままベッドに吸い込まれるように腰を落ち着け、そのまま眠りについた。
ユーラが仕事を終え部屋へ戻ってきたのは、完全に日も暮れた夜だった。奥へ入るとアランが眠っているのが見えたが、眠りながら大事そうに抱える紙袋を予期せず見てしまった。これは恐らく自分へのプレゼントなのだろう。だが疲れに負け、そのまま眠ってしまったのだ。そんなことを考えていると、アランが伸びをしながら目を覚ました。
「あ、ユーラおかえり」
「ただいま。アランの方はゆっくり休めたか?」
「うん。レンさんが付き添ってくれて、いろいろな物が見れたよ」
「じゃあその紙袋は今日の戦果という訳だな」
「いや、これは違うんだ。ユーラにと思って」
「え?私に?」
確信を持っていたが残念がられては困るので、あえて知らない振りをした。
「開けて見て」
アランに言われるがまま包みを開けると、彼が選んだチュニックが入っていた。それを見てユーラは至福の気持ちを抱いた。
「可愛い......アランが選んでくれたのか?」
「うん。それならユーラに似合うかなってって、ユーラ?」
立ち上がっていたアランをユーラは優しく抱きしめた。アランは突然のことに目を白黒させていた。
「ありがとう。すごく嬉しい」
「ユーラさん、これは一体」
「少しくらいこうしたっていいだろ?嫌なのか?」
「そんな、嫌な訳ないじゃないか」
抱擁は1分ほど続いた。アランはユーラの髪の匂い、肌の感触、彼女の存在を全力で感じ取った。そして彼も確信した、彼女のことを想っていると。




