第35話
「敵は2人。全身黒ずくめの見たことない服装でした。腕を切り飛ばしたときのうめき声から1人は男性だったと思われます。もう1人は殺してしまって分かりません」
「何か犯人の特徴などはなかったか?なんでもいい」
ファルマンは両手で腕を組みながら、静かにアランに問いかけた。
「敵の1人は珍しい武器を使っていました。クナイです。しかも持ちきれないくらいの量を大量に放ってきました。私は冒険者になりたてでこういうことに詳しくないのですが、武器を錬成する魔法などは存在するのでしょうか?」
「結論から言うと存在する。だがとてつもなく繊細な魔力コントロールを必要とする。だがこれを戦闘中にやれるかと言うと通常は無理なはずなんだがな。アランの話を聞くと、それをやっていたとしか考えられない。そいつも逃亡したのか?」
「いえ、私のファイアーボールで消し炭にしました。捕らえられれば良かったのですが」
「......お前もなかなかやるな。お前は護衛として戦ったんだ。そこの点について気にすることはない」
そこまでアランが話をした地点で、1人の領主が発言した。
「武器を戦闘中に錬成するほどの魔法の使い手というならば、連邦の人間である可能性はないでしょうか?」
その疑問を聞いた時ファルマンは思わず天井を仰ぎ見た。
「確かに連邦は魔術の研究に明るい。だが、もしそうなら戦争になりかねないから全力でそうでないことを願う。他には?」
「組織でなくその2人だけの個人的な犯行ということはないですか?」
「そんなやつを入れるほどこの街の警備はザルじゃない」
次々と領主から意見が上がり、その全てを検討していくが、なかなかこれといったものが出てこない。
「あ、そういえば」
沈黙を保っていたアランが突然言葉を発した。
「僕が切り飛ばした敵の腕に刺青が彫ってありました。複雑な幾何学模様だったような。衛兵の人が回収しているはずです」
「早速調べさせよう。というよりも本来先に気づいて報告してくるべきなのだが。再教育が必要だな。とにかくアラン、ありがとう。手掛かりになるかもしれない」
「ありがとうございます」
ファルマンはアランを労った。この国の頂点にたつ国王としてのオーラを敢えて出さないようにしていることが余計にアランを緊張させていた。
「この件に関しては刺青の調査結果を待ち、ユーラ嬢の身辺警護を厳重にする。進展があればその都度皆に知らせよう。それで次の議題だが、これにもアランが関係してくる。皆喜べ。魔道車がついに起動した」
大会議室は湧きに湧いた。拍手をするもの、口笛を鳴らすもの、皆童心に返ってそれぞれありっけの喜びを表現していた。
「それでだ。動力装置が起動しなかったのは燃料となる相性の良い魔力が見つからなかったわけだが、今回ビンゴを引き当てたのがアランだ。なぜアランなのかは不明だが、彼の魔力で動力装置は起動した」
それを聞いた一同がアランへ向け拍手を送る。
「ユーラ、アランのランクはいくつだ?」
「Cランクです、陛下」
「これだけ国に貢献したんだ。私が一声言えば、今すぐにでも1ランクくらいは昇格できるぞ」
「陛下、それはアランのためになりません......」
「そうか?まあいい。アラン、気が変わったらいつでも言え」
「は、はい。そう言っていただけるだけでも名誉なことです、ありがとうございます」
本心は若干ファルマンの提案に興味を持ったが、ここで乗ってしまえばユーラへの好感度の面で不利になると考え、なんとか堪えた。
「シンも全力で動力装置と相性の関係を調べると報告があった。よってこちらも動くことにする。魔道車を将来主力の移動手段とするために王都からベルファトまでの街道を最優先で整備する。異論のあるものはいるか?」
すると1人の領主が手を挙げた。
「異論はありませんが、お尋ねしたいことがございます。なぜベルファトなのですか?」
「王都に次ぐ規模の都市で最も王都に近いのがベルファトだからだ。そしてベルファトはユーラとアランの活動拠点だ。何かトラブルが発生しても対処がしやすい」
「なるほど、わかりました」
「よし、では次だ。レーミア、王都での120階建て以上の塔はいくつある?」
ファルマンは東方の領土を担当する領主に尋ねた。
「現在66棟だったはずです」
「王都以外では?」
「ゼロです」
「不公平だとは思わないか?」
そう問われ、女性領主のレーミアは難しい顔をした。
「不公平というよりは、格差が広がりすぎているのが問題だと思います」
「その通り。技術も人口も王都に集まりすぎている。よって王都の建築技術を他の都市にも広めていく必要があるが、全部の都市に均等にやっていたら時間がいくらあっても足りない。まず1つの都市で技術の伝承を行いノウハウを得る必要がある」
「陛下」
「クロム、何だ?」
また別の領主が挙手をし、意見を述べる。
「そういうことでしたらこの件もベルファトから手を付けていくのはいかがでしょう。一箇所に集中して投資をすれば効率も少しは上がるのではないでしょうか」
「それはそうだが、他に立候補する気のある奴はいるか?」
ファルマンが問いかけるが、誰も手を挙げない。
「それなら異議なしと見て、ベルファトから手をつけるが、本当に良いんだな?」
「ベルファト家は粉骨砕身我が国の発展に力を注いでくださった。異議などあるはずもありますまい」
「異議なし!」
「異議ありません!」
「それでは、ベルファトを発展特区都市に指定する」
ファルマンが宣言すると、割れんばかりの拍手が起こった。ユーラが深く一礼し、感謝の言葉を述べる。
「と、いうことだ。アラン、せっかくだから最後まで会議を聞いていけ。国がどうやって運営されているか見れるのは貴重だぞ」
「は、はい。ありがたい話ですが、私は一冒険者にすぎません。そんな私がこのような場にいていいのでしょうか」
「ユーラの護衛を務めている地点でもはや一冒険者ではない。まあそう遠慮するな」
その後も様々な議題について領主たちが話し合う様子を肩身が狭いながらも興味深くアランは見守っていた。目の前にいるユーラも時折発言していた。その姿は間違いなくベルファトを収める領主の姿そのものだった。
「それでは本日の会議を終了する。皆ご苦労だった」
まずファルマン以外の領主全員が起立し、その後ファルマンが席を立つ。その時に皆が深く一礼をした。どうやらこれが会議終了時の恒例となっているらしい。ファルマンが退出すると、領主たちが頭を上げ、一気に大会議室から緊張した雰囲気が霧散した。ユーラが様子を伺うように尋ねてくる。
「アラン、感想は?」
「思ったほどは緊張しなかった。陛下のおかげだね」
「陛下はよっぽどのことがない限り怒ったりはしない方だ。アランもいつの日か高ランクの冒険者になれば、このような場にも頻繁に呼ばれるようになる。今から慣れておくと良い」
「高ランクの冒険者になるのはいつのことやら」
「次のランクまではもう少しだと思うぞ。アランは色々と徳を積んでいるからな。それに気づいていないかもしれないが、お前のランクの上昇スピードは半端じゃなく早いぞ」
「さすがに俺もそこは分かってるつもりだよ」
2人は談笑をしながら大会議室を出て、廊下を歩いている。だがいつもと違うのは、2人の後ろに屈強な男たちが3人ついてきていることだった。
「ユーラ、後ろの方達は?」
「会議で言っていた護衛だよ。24時間一緒にアランと一緒にいれるわけではないからな」
「見るからに強そうだね。僕も安心できるよ」
「アランも一緒の時は護衛任務として働いていることになってるんだからな。守ってくれよ?」
「もちろんそうしたいけど、これから別行動だよね?」
それを言うとユーラは少し残念そうな顔をしたが、こればかりはどうしようもない。アランは午後から研究所にいかなければならない。
「ユーラは午後からはどうするの?」
ユーラは呆れた顔つきで言葉を返す。
「なぜ私がここにいると思う?午後からも会議だの色々あるんだよ」
「なるほど。それじゃあ俺は行くよ。約束の時間に間に合わなくなる」
「ああ。じゃあまた夜に。アランも気をつけろよ」
「一番気を付けないといけないのはユーラだよ。俺は大丈夫。それじゃあ」
アランが魔法陣で移動するまで、ユーラはアランを見送った。1階に戻ったアランは入口へ向かうが、そこでシノを見つけた。
「あれ、シノさん、ユーラが終わるまで待ってるんじゃないんですか?」
シノは微笑を浮かべて答えた。
「本来ならそうしたいのですが、私の研究所に用があるのです。ご一緒してもよろしいですか?」
「はい、それはもちろん」
「馬車は手配しておきましたので、ご心配なく」
馬車に乗っている間、特にシノと会話することもなく、ゆったりとした時間が流れた。アランは用心の前での発言で心労が溜まっていたのか、すぐに眠りについた。次に気がついたときにはすでに研究所に着いていた。
「アラン様、研究所に到着しました」
シノが優しくアランの体を揺らし、ようやく目を開ける。
馬車から降り、研究所へ入ると、エントランスで難しい顔をしているシンを発見した。声をかけるといつもの温和な笑みを浮かべた顔つきに戻った。
「アラン殿、昨日は大変でしたね」
「ええ、でも何とかなりました。それで魔道車の方はどうなりましたか?」
「実際にご覧になる方が早いでしょう。こちらへどうぞ」
「アラン様、私は用がありますのでここで。シン様、アラン殿をよろしくお願いします」
そういって少し急いだ様子でシノは転移魔法陣へ向かっていった。
2人はのんびりと魔法陣へ向かい、中庭に転移した。アランはそこで停めてある魔道車を見て目をパチクリさせた。
「また随分と変わりましたね......」
「はい。重心が高いと動く際に不安定だということがわかりましたので、全体的に車高は下げています。見ていただけるとお分かりの通り、ほかにも色々と変更点はあるのですが、一番の肝はこれでしょう」
そういうとシンは魔道車前方の動力装置が入っている部分をトントンと叩いた。




