第34話
馬車は粉々に吹き飛んでいたが、幸いそれを引っ張っていたバッファロー達は無事だった。直感が告げる安全なところへ全力で逃げていった。
甲高い金属音が響く。2人組のうちの1人がロングソードくらいの長さの剣で斬りかかった。アランは大剣で攻撃を受け止める。その隙にもう1人がユーラへ向け何かを投げつける。それを瞬時に発動したファイアーボールでぶつけ軌道をそらす。
攻撃をいなしながら投げつけられたものを一瞬ちらりと見る。それはクナイのような形をしており、先の方が変色していた。
毒か。アランは瞬時に判断した。そしてターゲットにされる人間といえば、この中でいえばユーラしかいない。先ほどのクナイがユーラに投擲されたことからもそれは明白だった。アランは叫ぶ。
「シノさん、ユーラを連れて逃げてください。ここは俺が引き受けます」
「はい、わかりました。ご武運を」
「おいアラン何を言っている、私も戦うぞ!!」
「殺害対象がこっちからのこのこ出向いてどうするんだよ。いいからここは引いてくれ」
そんなことを言っている間にも敵はアランを無視してユーラへと殺到しようとする。アランは全力でユーラへと至る動線上に無理やり入り大剣を振りかぶり妨害する。敵の2人はアランを無視してユーラを殺害することは困難と判断したのか、歩みを止めアランと対峙した。
「アランふざけるな!!私も」
「ユーラ様がいるとかえって邪魔になります。さあ行きますよ」
「邪魔って、そんな......」
シノが無理やりユーラの手を乱暴に掴み反対側へ駆け出す。
「一応聞いてみようかな。お前らは何者?」
「......」
返答の代わりにクナイが数十本放たれた。
「そりゃそうだよね」
その全てを体さばきだけで避け、そのうち一本を毒の部分を触れないようにして掴みとり、投げ返した。ターゲットにされた方の敵はその荒技に驚きで若干反応が遅れたが、またしてもクナイを放ち軸線をずらしてかろうじて回避した。
「あんたらも相当器用なことができるんだな」
敵はクナイを投げ、その合間を縫って剣を持ったもう1人が襲いかかるという戦法をとってきた。厄介なのは、一度の攻撃で数十本ものクナイを無尽蔵に何度も投げつけられることだった。
「俺の知らない、物質化ができる魔法があるのかもしれない」
アランは咄嗟にそう考えた。優先攻撃対象をクナイを放つ方の敵に定める。幸いと言うべきか、剣で攻撃してくる方の奴の技量はそれほどでもない。直接戦ったことはないが、ユーラの方がよほど鋭い攻撃を放つ。
器用に大剣を操り敵を懐に潜り込ませないようにする。本来リーチの点を除けばアランの方が不利になるはずだったが、彼の身に宿る加護の力、怪力により人間ほどの重さの剣をいとも簡単に操ることができる。よってどのような場面でも対応できる状況を作り出すことができた。
対人戦は随分前に盗賊とやり合った時以来だったはずだが、特に勘が鈍ったような様子もなく、アランは戦闘中でありながら安心した。今まで受けに徹していた状況を切り替えるために、敵が剣を振るってきたところを体を沈めて回避し、渾身の力で突きを放った。
敵はアランが放った突きの速度のあまりの鋭さに対応できず、命を絶たれることは防いだものの大剣が右腕を貫き切り飛ばした。アランは初めて聞く敵の声がうめき声であったことに苦笑する。
腕を飛ばした一瞬の隙を逃さず、今度はクナイを投げつけてくる敵を狙う。力を込め地面を蹴り数十歩分ほど後方へ回避し先ほど腕を切り飛ばした方の敵の攻撃を受けないようにする。
そして同じようにクナイを何本か掴みとり投げ返す。その際に魔力を濃縮したファイアーボールを混ぜて放つ。敵は投げ帰ってきたクナイの群れの中に魔力が込められていることを疑問に感じたが、その真相がわかった時にはすでに遅かった。クナイは回避できたもののファイアーボールが直撃し、その瞬間敵を中心として大爆発が起こる。クナイで攻撃してきた敵は一瞬で蒸発し塵となった。
それを見たもう1人が左腕で右肩を庇いながらアランから距離を取り、一定の距離まで離れると逃走した。探知魔法でその存在を認識できなくなった時、アランは大剣の構えを解いた。
「動くな!!」
気がつくと前後左右に衛兵が立ち塞がり武器を構えていた。アランは逆らうことなく大剣を地面に置き、手を後ろで組む。
「俺はアラン。ベルファト家のユーラ嬢の護衛を勤めている者です」
「詳しい話は別の場所で聞こう。それまで妙な行動を起こさないでくれ」
「分かりました。あっ、そこに落ちてる腕拾っておいてください。俺たちを襲った奴のですから、何か手がかりがあるかもしれません」
そう言われて衛兵たちがアランの指差した方向を見て、腕を見たときは流石の兵士といえども少し動揺していた。
アランはまた別の馬鹿高い塔の中の一室に案内され、詳しい事情を聞かれた。衛兵達はアランの出で立ちが不振でなかったためにある程度彼の証言を信用していたが、それが確実なものと分かると公式に謝罪した。
「アラン殿、大変失礼いたしました。ご無礼をお許しください。ユーラ様、シノ様はご無事です。別の管轄の部隊で保護されています。武器をお返しします。うんしょっと!!めちゃくちゃ大きいし重いですねこの剣......」
衛兵が2人掛かりで持ち上げた大剣をひょいとアランが持ち上げ、2人は顔を引きつらせた。
「ユーラとシノさんにはいつ会えますか?」
「今馬車でこちらに向かっておられます。衛兵が20人付いていますので、流石に大丈夫だと思うのですが」
「相手は少人数で攻めてきました。今日はもう来ないような気がします」
アランがいかにも高級そうなソファで疲れをとっていると、背後が騒がしくなった。振り返るとユーラがこちらに駆け寄ってくるのが見えたので、アランもそちらの方へ向かう。
ユーラはアランの元に駆け寄ると両手を握りしめた。
「アラン、無事で良かった!」
「ありがとう。なんとか生きてるよ」
「アラン様、ご無事で何よりです。私も心から安心しました」
「シノさんがあそこでユーラを連れて行ってくれなかったら、どうなっていたかわかりませんでしたよ」
それを聞いたユーラが表情を一変させ問い詰める。
「アラン、なぜ私も戦わせてくれなかった?自惚れるつもりはないが、きっと戦力になれたはずだ」
「理由はあの時に言った通りだよ。ユーラを守りながら戦うほどの技量はまだ俺には無い。お互い生き延びたんだからそれでいいじゃないか」
「......分かった。このことでアランと仲違いしたくはない。もう何も言わない」
「助かる。もっと鍛錬して強くなるからさ、それで許してよ」
「そうだな。もっと一緒に強くなろう。それで明日のことなんだが」
ユーラが申し訳なさそうな表情をした。それを見たアランは嫌な予感がした。
「今回の襲撃の件が明日の会議で議題に上る。そこで犯人と戦ったアランの証言が欲しいと陛下がお望みなので、アランにも会議に出席してもらうことになった」
「......俺が、陛下の前のいる所で行かないといけないの?」
「陛下だけじゃない。国中の領主が集まる」
「拒否権は?」
「申し訳ないが、ない。間近で目撃した人がアランだけなんだ。頼む。魔道車の件はシンさんにも事情は届いている。落ち着いてからでいいと言ってくださっているから問題ない」
「はあ、戦うよりもよっぽど苦手なんだけど」
頭を軽くかき、眉間にシワが寄るアランをユーラが苦笑しながら見つめていた。
翌日、正午。国の要職を占める重鎮達がノルドベルガ最大の塔、仮の名称発展の塔に集まった。もちろんその中にはユーラの姿もある。120階の大会議室には各都市から合計86都市を収める領主がすでに着席し国王の到着を待っている。
そして約15分後、国王のみが通ることが許された入り口から国王ファルマンが姿を表すと、その場にいた一同は私語をやめ一斉に起立した。
ファルマンは14歳で王位を継いでから38歳になる現在まで国王という国で最も過酷な仕事を勤め上げている。周囲が抱くファルマンの印象は、この国歴代の中で最も王らしく見えない王というものだった。
最小限の護衛のみを引き連れ、街の至る所に顔を出し何か困っていることはないかと国民の声を聞いて回る。何よりファルマンはユーラと同じく、国民と直接話す際には国王としての立場で接することを極力嫌い、同じ1人の人間として振る舞うよう国民に対し公に伝達している。
だが流石に公式の会議でそういうことをするわけにもいかず、こういう会議の場では最初だけ厳粛な態度でファルマンを迎え入れるというのが慣例になっていた。
ファルマンが軽快な足取りで歩いてゆき国王専用の椅子に座ると、軍隊のように各地方の領主も揃った動きで着席した。
「皆、今日はよく集まってくれた。中にはここにくるまで半年以上かかった者もいるだろう。まずはその労を労いたい。」
ファルマンが発言すると、領主達が座ったままではあったが深く一礼した。
「さて、本来なら今回も平和であるからこそ長たらしい会議になるはずだったのだが、諸君も知っているだろう。ベルファトのユーラ嬢が襲撃を受けた」
「幸いなことに優秀な護衛が撃退したとのことで、私としてもわずかだが安心した。ではユーラ嬢、詳しい話を聞かせてくれ」
「はい」
ファルマンからバトンを渡され、ユーラが起立した。
「ユーラ様、ご無事で本当に良かった」
「知らせを聞いたときは心臓が止まるかと思いましたぞ」
他の領主から口々に気遣う言葉が掛けられた。
「皆様、この度はご心配をお掛け致しました。今回襲撃を受けた際私は護衛の指示で速やかに避難したので犯人の姿などほとんど分かりません。そこで実際にその場で戦った護衛を連れてきております。今この場に呼び寄せても良いでしょうか?」
ファルマンが軽快な語り口で催促した。
「もちろんだ。ぜひ呼んでくれ」
「わかりました。ではアラン、入ってくれ」
ユーラが大会議室の入り口に向けて声を掛けると、ドアが開けられ、アランが深く一礼して入室した。
「えー、本日皆様とこうして謁見できる場を設けていただき、恐悦至極に存じます。特にファルマン陛下におかれましては」
アランの口上を聞いていた領主達が手で口を押さえながら笑いを堪える。堪らずファルマンが助け舟を出す。
「アラン、といったな。そのような言葉遣いは無用だぞ。普段の君でいてくれれば良い。ましてや我が国は無駄なことは省く合理主義制だ。君の言葉でありのままを話してくれ」
「は、はい陛下、ありがとうございます」
ファルマンの気遣いでアランはようやく少し緊張が溶けてきた。それを見たユーラがここ最近何回目になるか分からない苦笑いを浮かべた。




