第33話
シンは早速3人を中案内する。その途中でも説明を辞めない。
「実は昨日魔道車が動いたという吉報を殿下にご報告したのです」
「陛下って、いきなり王様にですか!?」
「はい、陛下は大層喜んでおられました。早速実用化に向けて神速の速さで動けとの指示を承りました」
塔の内部に入り、暖かい空気が一同を包み込む。
「続きはこちらで話しましょう」
シン達一同は魔法陣で塔内部の別の場所に移動した。どうやら同じ塔内部のかなり高い階のようだ。ガラス越しに広大な街の景色が見える。
多数の研究員達が椅子に座り談笑している所をみると、どうやらここは休憩フロアのようだ。
「所長、こちらをどうぞ」
一行を、特にユーラを見た女性研究員が席の提供を申し出た。ユーラがありがとうございますと感謝を述べ、一行が長いテーブル付きの椅子に腰掛ける。
「それで話の続きですが。繰り返しになりますが、陛下から神速の早さで動けと指示を受けています。ですので色々と動かなければいけないことがあります。アラン殿には勝手で申し訳ないのですが、我々研究所は魔道車を製造、販売する半国営企業を立ち上げることになりました」
「めちゃくちゃ動きが早いですね......」
意外にもそのことについて驚いたのはアランただ1人だけだった。ユーラとシノは研究所の迅速な動きの速さと、所長であるシンの性格を知っているせいか、特にこれという反応はなかった。
「だけどそれが僕にとって特に不都合なことなどが生じたりなんてないと思うんですが」
「少し話が逸れますが、販売する客層を貴族だけにするのか、一般庶民の方にも販売するのか、そういった部分はこれから詰めて行きます。ですがそういうことは一旦置いておき、本題を言います。アラン殿にはこの魔道車製造、販売企業の会長になっていただきます」
「......え?」
アランの体内時計が瞬時に止まった。瞬きの回数がいつもより増えている。それを見たユーラが横からちょいちょいと肘でこついた。
「魔道車の初期型はもはや完成目前。それも全てアラン殿のおかげです。しかも今の所動力装置と相性が合っているのはアラン殿だけ。アラン殿は魔道車の創造主といっても良いのです」
「なんですか創造主って......作ったのは皆さんでしょ」
「それはともかく、アラン殿は魔道車の象徴となりました。なので企業名もすでに決まっています。アラン・モーターズです」
「ちょっと待てい!!」
寸劇のような調子でアランが待ったをかけた。
「すでに決まったことなんですか?僕に拒否権は?」
その問いに対して、シンは断言した。
「ありません。国が決めたことですので。ですがその代わり、アラン殿にとって良いことがあります」
「良いことがあるようには思えないんですけど......」
「将来量産化に入り、販売が開始された暁には、アラン殿には全売り上げの4パーセントが給料として支払われます」
「......なんですと?」
「お前はカメレオンか。コロコロと態度を変えるな」
ユーラが呆れながらアランを落ち着かせる。これほどお金に飢えた奴ではなかったはずなのだが、何か事情でもあるのだろうか。彼女にはそこが気になった。
「というわけで、これからも末長くよろしくお願いいたします。社長にはこのレンが就きます」
「あの、俺は一応会長になる訳ですよね、どんな仕事が待ってるんですか?」
「今の所は魔道車の動力装置に魔力を注ぎ込むことが最大のお仕事です。他には実際に操縦していただき改善点を挙げていただく。そして我々がそれを元に改良した魔道車を作る。これの繰り返しです。そして理論が完全に完成すれば、そこから後は名誉職のようなものです。1年のうち時々顔を見せていただくだけで構いません。もちろん旅もできます」
「それは助かります。一応本職は冒険者ですので」
「この魔道車が完成すれば、旅も格段に楽になりますよ。一緒に頑張りましょう」
そう言ってシンが手を差し出した。アランはその手を力強く握り返す。
「というわけで早速今日の実験へ参りましょう」
一行は席を立ち、転移の魔法陣へと向かう。通り過ぎる際に職員が必ずシンとユーラに一礼をしていた。シンは慣れていたがユーラはそういうことが苦手だった。できることならやめて欲しかったが、シンにも立場がある以上そのようなことをいうわけにもいかなかった。
中庭へと転移した一同は早速駐車されてある魔道車の元へ向かうが、その途中でアランは違和感を覚えた。
「あれ?あの魔道車、昨日と少し見た目が違う気がします」
それにシンとレンが当然だという表情で頷いた。
「昨日アラン殿が指摘してくださった箇所を時間の許す限り改良しました」
「......昨日の今日ですよ?」
「我が研究所は緊急を要する研究課題ができると3交代制で事に当たります。24時間魔道車は改良され続けています」
「随分と過酷な労働環境ですね」
アランは頬を引きつらせてそう言うしかなかった。
新しい魔道車は至る所が改良されていた。まず車全体が少し流線型の形に変わったような気がする。そして車体の前面に何か丸いランプのようなものが取り付けられている。さらに車輪の幅が少し太くなっていた。
「これを一日でやったんですか?」
「はい。繰り返しになるかもしれませんが、科学というのは一度歯車が回りだすと一気に発展します。それでもこの発展速度が異常に思われるのは正しい認識です。その種明かしになるかどうかは分かりませんが、答えを用意するならばこれでしょうか」
シンは一旦咳払いをしてから再び話し始めた。
「この国立科学技術研究所には我が国から、ひいては大陸中から優秀な科学者達が集まっています。研究所に勤めることができればそれはこの国の科学者にとって最高の名誉なのです。なので皆必死に努力し、常にアイデアを考えています。今回魔道車の実用化に向けた研究も動力装置の相性以外は全て順調でした。ですので咄嗟の要望にもある程度答えられる。これが種明かしといった所でしょうか」
今の説明をアランは1割も理解できたか疑問だったが、用は頭のいい人が常日頃から努力しているという事なのだと認識する事にした。
「さあ、それでは改良した魔道車に乗って見ましょう。今日はレンが操縦してくれ」
「はい、分かりました。緊張しますね」
操縦はレンが行う事になり、アランは昨日と同じく助手席側となる。
「アラン殿、申し訳ありませんが、魔力の充填をお願いします」
「分かりました」
「昨日より格好良くなってるな」
アランが魔力を充填している間、ユーラは新しい魔道車に釘付けだった。シンがユーラの言葉に補足した。
「車体は色々と改良してありますが、動力装置はまだ初期型です」
魔力の充填が完了し、レンとアランが前の座席に、シンが後部座席に乗り込む。そしてレンがペダルを踏み込むと、ゆっくりと魔道車が動き出した。早速アランが昨日との違いに気づく。
「少し衝撃が少なくなったような気がします」
「想定通りで良かったです。車輪をやらかい樹脂のような素材で覆ってみたんです。他にも対策は用意してありますが、今日の段階では間に合いませんでした」
「それでも昨日より良くなってますよ。それと車体の前方のついていた丸いのは何ですか?」
「あれは夜に走る時に明かりを照らしてくれるライトです。昼間ですが今でも点けれますよ」
「試しにやってもらってもいいですか?」
それに応えてレンガハンドルの下にあるスイッチを押すと、目の前が少し明るくなった。
「ほんとだ、すごい!」
「今は昼ですからほとんど目立ちませんが、夜だと大分変わります」
「ユーラさんも運転してみますか?」
「そうですね、ありがとうございます」
ユーラが助手席にいるレンと交代した。遠慮がちに運転席に乗り込む。後ろにいるシンから操縦の説明を受ける。
「今までの人生でも結構緊張する瞬間だな」
「ユーラも緊張する事あるんだね」
「......私を何だと思っている」
ユーラはそう言うとペダルをゆっくりと踏み込む。すると昨日よりも若干緩やかに魔道車が動き出す。
「アランの言っていた気持ちが分かるな。これは楽しいぞ」
「私が言うのも何ですが、大人用の玩具みたいなものですからね」
「所長、その言い方はどうかと......」
「ん?別に間違ってないだろ?」
みんなが和気藹々と話をしている中、アランは驚いていた。たった1日でこれほど魔道車を改良できるとは露ほども考えていなかった。これならばあの天にも届く塔を作ったと言われても納得がいった。
「シンさん、前よりも動きが滑らかになってませんか?」
「車体全体を見直して重量を少し軽くしたのです。動力装置自体の改良はまだまだ時間がかかりますから」
「ここの研究所の職員は天才、秀才の集まりだからな」
このようにして実験は進んでいった。シンがもう少し実験が進めば実際の街の街道を使ってテストをすると言い、アランは早くその日が来ることを願った。
「それでは、今日もありがとうございました。またあしたもお願いいたします」
「こちらこをありがとうございます。実験は楽しいですね」
「ほとんどのお膳立てはシンさん達が事前にしていただいているからだ。本来実験は地味で大変なものだ。アランも覚えておけ」
アラン、ユーラ、シノの3人は研究所を後にして、昨日と同じ宿としている塔に向かっている。
「アラン、知っているだろうが、明日私は会議で一緒には行けない。でもシノがいるから安心だな」
「俺だって少しずつ落ち着いてきてるんだから、大丈夫だよ」
「その調子でどんどん落ち着いてくださいませ」
馬車は近道をするために路地裏の少し人の少ない通りを走っていた。だが路地裏といっても清掃などは行き届いており、王都がいかに高いレベルで都市として整備されているかを物語っていた。
アランは以前ユーラからプレゼントされた魔法大全の本を読んでいた。繰り返し実験したことによる疲れのせいか、読み進み具合は良くなかった。
そんな時、ふと何とも言えない違和感を感じた。その瞬間アランはユーラとシノをとっさに抱えると馬車のドアを体当たりで壊し猛烈な勢いで外へ飛び出した。その直後、爆音と共に馬車が突然爆発した。
「アラン、何があった、シノ、大丈夫か!?」
「はい、私は何ともありません......」
ユーラとシノが無事を確認し合い、アランの方を見ると、彼は大剣を抜いていた。
「よく分からんけど、敵襲みたいだよ」
アランが睨む先には全身黒ずくめの人間が2人立っていた。




