第31話
「つまりどういうことよ?」
「私にも分からん。実験が成功したことくらいしか」
中庭が一気に慌ただしくなった。研究員が魔道車の周りに集まりごった返す。その中でシンの声がこだました。
「よし!成功した上にまさかここまでのパワーを引き出せるとは。これならボロ小屋のような貧相なものではなくもっと豪華で頑丈な魔道車を作れる!アラン殿ありがとう!!」
「は、はあ。役に立てたなら嬉しいです」
「早速新しい魔道車の車体設計に入るぞ。ヤンのチームが担当してくれ。動力装置の改良はフェンのチームが担当だ。大丈夫、一度成功してしまえばあとは原因を探るだけで良い。もっともっとパワーアップの可能性を探ってくれ」
アランとユーラを置いてけぼりにして中庭はお祭り騒ぎとなっていた。
「アラン殿、相談があるのですが」
そう言ってくるシンは実に悪い顔をしていた。研究員としての血が覚醒してしまったらしい。
「アラン殿のおかげで魔道車プロジェクトはついに本当の始動を迎えます。しかし今の所魔力の波長が合うのはアラン殿の魔力だけ。そこである程度の目処が立つまで私達に協力していただけませんか?」
研究を手伝うことになれば本来の冒険に支障が出る。どうしようか考えようとした時突然ユーラが口走った。
「構いません。そのために連れてきたようなものですから。存分にアランをお使いください」
「ちょっと!なんでユーラが決めるのさ!」
「それはありがたい!!ご協力我々一同心より感謝致します」
シンには都合よくユーラの返事だけが聞こえたようで、アランの研究所通いが本人の意思を無視して決定された。
「だがアラン、お前個人にとってもメリットはあるぞ」
「そうなの?」
「ああ。冒険者ランクの上昇条件には国に貢献することも含まれている。今回の件を手伝えば間違いなくランク昇格に近づく」
「それは嬉しいけど、やっぱり冒険者は戦ってこそじゃない?」
「戦える能無しはいらないってことさ。役に立って人望がある人間が結局はやはり上に立つ。というかそうあるべきだ。」
そう言ってユーラはこほんと息を吐き、話を一旦切った。
「それに、この魔道車が普及すれば、旅は格段に楽になる。もっと遠いところまで冒険できるようになるかもしれないぞ?」
「......それは良いことだ」
その言葉にアランは敏感に反応した。もはやユーラはアランを操る術をマスターしつつある。
アランがふとしたことが気になって浮かれかえっているシンに尋ねる。
「でも、あんなに高い建物は建てれるのに、自力で動く魔道車は今まで作れなかったなんて不思議です」
「科学はひらめきや偶然によっても左右されます。我が国は数百年前から研究を続け建築技術だけは他国よりも抜きん出ていましたが、それ以外はからっきしダメでした。それがようやく少しづつですが追いつきつつあります」
そう言いシンはアランを優しい目つきで見つめた。
「魔道車に関して言えば、まずはなぜアラン殿と動力装置の相性が良いのかの解明が必要です。それ以外はもはやなんとでもなります。起動することができたのですから」
「ということは、俺は王都にしばらく滞在することになりますよね?」
「大丈夫、元から雪解けの時期までは留まる予定だ。当分ベルファトには帰らないぞ」
「そんなに自分の街を離れて大丈夫なの?デューク様も心配されるんじゃ」
「そのためにアランがいるんだ。しっかり護衛その他諸々頼んだぞ」
「パーティー組んでるし、ユーラはレディーだからそれは当然だ」
ユーラがさりげなくアピールをする。最近は何と無くだが自分の思いが伝わってきた様子が見受けられ、純粋にとても幸せな気持ちになった。
「あの、いちゃついておられるところを申し訳ないのですが」
「いちゃついてなんかないです!!」
見事に2人の声が重なったが、シンはその事についても一言からかってから、本題に入った。
「早速魔道車を動かしてみたいので、アランさんにも同乗願います。まだ貧相な車体で申し訳ないのですが」
「いえいえ、僕も楽しみです」
「私は外から様子を見ておく」
ユーラは歴史的な瞬間をアランの手柄にさせるべく、自分が同乗することは辞退した。
「前と後ろどっちのドアから乗れば良いですか?」
「前の右側からお乗りください。左側は運転席です」
魔道車の足元にあるステップに足をかけ、座席によじ登った。座席から見る景色は馬車と同じくらい高かった。まだ試作品のためか、座る椅子は地面に座っているかのように硬い。これも改良されるのだろうか。そんなことを考えていると左側からシンがドアを開け乗り込む。
運転席には大きい円形のパイプのようなものが取り付けられている。
「これで車輪を操作して曲がることができます。ハンドルと名付けました」
次にシンはハンドルの右下にある長方形のスイッチを押す。するとキーンという甲高い音が聞こえ、車体が揺れ出した。
「凄い!本当に起動した!!」
シンが思わず叫ぶ。だがその後冷静に深呼吸をする。そして足元にある縦に長い長方形のペダル、それも右側のペダルと足で軽く踏んだ。
キーンという電子音がより高く響き、魔道車がゆっくりと動き出した。シンがハンドルを左に、右にテストをするように切る。するときちんと反応し魔道車は左に、右に曲がってくれた。
「シンさん凄いですね、バッファローなしできちんと動いています」
「ええ、素晴らしい!!」
シンは脳の血管が切れそうなくらい興奮していた。研究所の所長がこれで良いのかと呆れではなく純粋にアランは心配したが、この純粋さに他の研究員が付いていくのだろうと考えた。
ペダルを少し深く踏み込む。するとスピードが上がり、バッファローが早足でかけるほどの速さになった。ハンドルは左に切り続け、中庭の中をくるくると魔道車が回る光景が繰り広げられている。
やがて左側のペダルを踏み込むと、今度は金属がこすれるような音がした後少しずつスピードが落ち、やがて停止した。
「アラン殿も操縦してみてください」
シンが運転席から興奮気味に飛び降りた。そして助手席に行きアランが降りやすいよう手を差し出した。手を取ったアランがぎこちなく降り運転席の側へ回り、再びよじ登る。
運転席に座ると急激に緊張してきた。本当に目の前にあるものを触るだけでこの巨体な魔道車を操作できるのだろうか。そんなことを思っているとシンから注意が入る。
「ペダルはゆっくりと踏んでくださいね。一気に踏むとどうなるか分かりませんので」
注意に従い、右足でゆっくりと右のペダルを踏んでいく。キーンという電子音が聞こえ、少し振動した後魔道車が動き出す。
「これ自分で操縦すると想像以上に楽しいですね!!」
「そうでしょ??私もさっき同じことを思いました」
そう言ってシンが子供のような笑顔を見せた。だが表情には若干の疲れが見えた。先ほど興奮しすぎた反動なのかもしれない。
「しかし、僕は大丈夫ですが、ハンドルが重いですね」
「そうなんですよ。何か補助が必要ですね」
「あと、地面からの衝撃がもろに来て車体がガタガタ揺れて怖いです......。ほんと色々言ってしまって申し訳ないです」
「とんでもない。むしろどんどん言ってください。改良していきます。地面からの衝撃には何かクッションのような装置を作らなければ」
シンがいつの間にか手に持っていた紙に魔法を使って文字を書き込んでいく。
「他には何かありませんか?」
「色々ありますが、もし夜に操縦する時明かりとかはどうするんですか?」
「あちゃあ、全く考えてなかった」
「あの、荷物はどこに積み込むんですか?」
「それは後部にある出っ張った部分に収納スペースがあります」
アランは完全に魔道車の試験官と化していた。だが人の役に立てることは嬉しいものだ。そして何より自分が育った国の一大行事に自分が関わっているということが、アランにとてつもない高揚感を与えていた。
アランが操縦しだしてから数分後、ペダルを踏んでもスピードが出なくなって来た。
「あれ、反応が鈍くなって来た」
「充填した魔力が尽きてきたんでしょう。効率は全くダメですね。燃費とでも言いましょうか」
「どうします?また充填します?」
「アラン殿の魔力に余裕があれば、ぜひお願いします。もっとデータを取りたいので」
アランとシンの2人が魔道車に乗り実験している様子をユーラは楽しくはありながらも、それでいて自分もあそこに混じりたいという願望の思いで見ていた。するとシンの助手と思わしき女性の研究員に声を掛けられた。
「アラン殿の元へ行かなくてよろしいのですか?所長に頼めば後部座席に乗れると思いますが」
「レンさん。お気遣いありがとうございます。ですが私たいると彼は私のことに気を遣って実験に集中できなくなってしまいますので」
「アラン殿はユーラ様を大切に思われているのですね」
その言葉にユーラは、少し寂しそうな笑顔で応える。
「どうでしょう。パーティーを組んでいるから仲間として見てくれてはいるでしょう」
「やはりそれ以上の存在になりたいですか?」
それを聞き、ユーラが小さく頷く。
「ええ。ですがこういうことは急いでどうこうできることではないと思うのです。じっくり時間をかけて距離を縮めていければ嬉しいです」
「ねえ、ユーラ」
その時アランから声がかけられた。
「そういえば、シノさんはどこに行ったの?」
「シノは別件で離れている。研究所の中にはいるぞ」
「そっか。近くを見ても見当たらないから心配したんだけど」
「それなら大丈夫だ。アランはそっちに集中してくれ」
「彼は優しいんです。周りの人に、世話になった人への恩義を絶対に忘れない。だからこそ私のことをどう思っているのか、気になります」
「いっそのこと直接聞いてみるのはどうですか?」
それを聞いたユーラは、それができればどれだけ楽か、と心の中で思わず愚痴をこぼした。だがアランがずっとこのままなら、こちらから行くのも考えなければならない。
「気持ちだけならそうしたいですが、まだ我慢できます」
そう言って女性としてのユーラは笑った。




