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第29話

 「王都って大きいの?」


 「もちろん、大きいさ。この国の首都だからな」


 「どのくらい?」


 「どのくらいって......子供か」


 ゴルサノを発って3日目、アラン達は馬車の中でくつろぎながら談笑していた。道は緩やかだが上り坂。山というほどではないが丘陵を登っているので、バトルバッファローにはなかなか大変だろう。幸い雪は僅かしか降っておらず、積もるほどではなかった。


 幸い王都までの道のりで極端に険しい部分はなかった。国の北部のあたりでは山脈が連なり、行き来をするのにも一苦労だが、中部、南部は広大な平原、もしくは丘陵地帯となっている。この世界の中でそれほど大きくない大陸とはいえ、6割の面積を占める広大な領地のほとんどが平地というのはとてつもなく恵まれている。


 「結構道も整備されているんだね」


 「ああ。街道を整備するためだけに人が雇われている」


 「じゃあ王都への道は専門の人が整備してるってこと?」


 「そういうことだ。もちろん全ての道を同時に整備なんてできるわけないから、順番にだが」


 そこまでして王都への街道を整備するのになんの理由があるのか。アランは聞きたくなったが、今ののんびりとした雰囲気を壊したくなかったので、なんとか我慢した。


 「シノさんは王都へは行ったことあるんですか?」


 「はい。ベルファト家に使える者ですから。ユーラ様が仰るように、王都を見たらアラン様は大層驚かれるとでしょう」


 「一体何に対して驚くんだ......余計気になってきた」


 アランはもやもやする気持ちと同時に期待も高まっていた。2人がそれほど凄いという王都ノルドベルガはどんな街なのだろう。だがまだ到着は先だ。思わずシノに早く行進するようバトルバッファローに急がせることはできないかと進言し、動物を大事にして欲しいと真剣に怒られた。



 


 出発して一週間が経った。景色は相変わらず平原が続いていたが、ここ3日で少し寒くなってきた気がする。行進は極めて順調だった。バトルバッファローも元気で働いてくれ、予定よりも2日程度の距離を稼いでいた。


 「こんな日々がずっと続けばいいのに」


 「おい、どうした?」


 アランのお気楽な発言に、ユーラが真剣な顔つきをして心配してきた。


 「万年戦闘狂のアランがそんなことを言い出すなんて」


 「変なあだ名付けないでよ。それに俺は戦いに飢えてないよ。強くなりたいだけ」


 「同じような気がするが......」


 「アラン様、ユーラ様、トールメリーの群れですよ」


 シノが指した指の方向を見ると、トールメリーという巨大な羊が100頭近くはいた。その光景は圧巻だった。群れが動くたびに少し地面が揺れた気がした。


 「ここら辺は自然が豊かなんだね」


 「長い間戦争も起きていないいないからな。それと関係ないが、シノは子供の頃動物学者になりたかったそうだ」


 それを聞いたアランが興味深い視線をシノに注いだ。シノは穏やかな笑みで返し、そんな時期もありましたと答えた。


 「それいつ頃の話なの?」


 「私が子供の頃です。その頃から動物が好きだったのです」


 「それがどうして今はベルファト家で働いているんだ?」


 「誰もが好きなことを仕事にできる訳ではないのです」


 「深いな。確かにその通りかもしれない」


 アランは腕を組み深く頷いた。その態度にユーラがそんなに長くいきてないだろと痛いところを突くと、アランは腕組みを瞬時にやめた。


 


 出発して半月が経った。少しずつ降る雪が増え始めていた。まだほんの少し積もっているだけだが、それでも行進には影響があり、バトルバッファローも少雪に足を取られそうになり、馬車を引くのに苦労していた。


 街道にも変化があった。いくつもの枝道が合流し、街道が立派な、舗装された道に変わってきた。そして街道をすれ違う人々の数も増えている。馬車に乗って売り物を詰め込んだ商人や、国の兵士部隊であったりと立場はは様々であったが共通するのは、ユーラの馬車にあるベルファト家の紋章を見た途端ほとんどの人間が即座に道を開けたことだった。


 「ベルファト家って特別な家系なの?」


 「全て話せば長くなるが、遠い昔この国の成立時にベルファト家も尽力したらしい。王都の名前はノルドベルガ。私の名前はベルファト。尽力した成果が認められて、王都の名前の一部が私たちの家に刻まれている」


 「そんなに偉い人に対して僕はタメ口で話を」


 続きを話そうとした時、ユーラがキリっとした目つきでアランを睨んだ。


 「最初から何度も言ってるが、気にするな。かしこまられると他人行儀に感じて距離を感じる。それが嫌なのだ。それにアランはもう半分はベルファト家の人間のようなものだ。そうだなシノ」


 「はい、確かにそうですね」


 「それどういう意味かな?」


 アランの問いに2人は答えを返さず、お互いを見て笑いあっているだけだった。


その後もしばらく行進を続けていると、止まっている馬車を見つけた。見たところ国の兵士部隊の馬車だった。そして馬車の横には5人ほどの兵士が待機して、ユーラの馬車を見て敬礼していた。


 挨拶が必要なようだな。そうユーラが呟いて街道の側の邪魔にならない場所に馬車を止め、降りると兵士達に近づいた。


 「貴殿はベルファト家のユーラ様でいらっしゃいますね?」


 ユーラが肯定すると、兵士達はなおさら背筋を正した。


 「お勤めお疲れ様でございます。私たちは王都街道第2警備隊です。旅の途中何か危険なことなどありませんでしたか?」


 兵士がお勤めと言ったのは、国中の地方領主達に召集命令が下ったことを知っているからだろう。ユーラはそう推測した。


 「いいえ、平和そのものでした。皆さんが巡回してくださっているお陰です」


 「お褒めに預かり光栄にございます。ベルファトから出発されたのですか?」


 「いえ、所用でゴルサノからでした」


 「そうでしたか。後10日ほどで王都へ着くはずです。雪の方も王都へ近づくほど雪かきをして整備しておりますので」


 「承知いたしました。それでは私たちはそろそろ参ります。皆さんも何事も起こらずに任務を完遂できますことを祈っております」


 「はっ!ありがとうございます!」


 兵士達は再度敬礼で返した。それを見届けたユーラが自分たちの馬車に戻り、再び出発した。その様子を見たアランが口を開く。


 「何度も言うけど、貴族は大変だね」


 「これが仕事だと思えば楽なものさ。当たり前になればそれほど苦ではないぞ」


 それを聞いていたシノがうんうんと誇らしげに頷いた。





 出発して20日が経過した。以前警備隊と遭遇した後の街道は整備が行き届いており、雪も本格的に降ることもあったが途方もない人海戦術により、街道は通れるよう維持されていた。


 よってバトルバッファローも遅れていた分を取り戻し、後数日で王都に着くというところまで来ていた。


 たくさんの人々が雪かきをしている様子を見てアランが呟いた。


 「これだけの人を働かせたら、さぞ税金かかるだろうね」


 「王都はこの国の、ひいてはこの大陸の交通の要所だ。これくらいはして当然なんだ。後、王都の研究所で今の現状を打開する手段が研究されているらしい」


 「今の現状を打開するって、人力で雪をどかす以外の方法ってこと?」


 「ああ。私もどんな方法かはしらないが、実現すれば画期的なことだ」


 人々が整備した街道を3人は感謝しながら行進していく。


 馬車の窓から見えるのは、一面浅く雪で覆われた平原であったり丘陵であったり、とても幻想的な風景だ。アランはユーラに外の景色を見るよう催促し、それに従い風景を見たユーラが綺麗だなと言いアランに微笑みを返した。




 出発して25日目の夜。アラン達3人は焚き火で暖を取っていた。アランはかなり興奮していた。あそこまでハードルを上げられては期待せずにはいられない。


 「いよいよ明日か。長かったね」


 「そうか?私はのんびり旅が出来て楽しかったから一瞬に感じた」


 「もちろん楽しかったけど、俺はほら、2人に話を聞いてからずっと行きたいって思ってたから待ち遠しかった」


 「はは、悪かった。だがそれももうすぐだ。今日は本当に後少しで王都だから、このまま野宿はせずに行進を続ける。起きたらノルドベルガが見えているはずだ」


 「え?見張りのために起きていなくていいの?」


 「もうこの辺りは王都の衛兵が目を光らせている。悪い事をすればすぐに牢に投げ込まれる。アランはシノに任せて寝ていろ」


 「分かった。それじゃ俺は馬車に戻ってるよ。おやすみ」


 「ああ、おやすみ。楽しみにしておけ」


 期待で眠れないかと思っていたが、馬車の後部座席に横になると眠気はすぐにやってきた。やはり1ヶ月近く旅をしていると疲労が溜まってきているのだろうか。頭の中を駆け巡る思考を眠気が優しく押し流した。





 馬車の穏やかな揺れはゆりかごのように優しくアランを眠りからすくい上げた。体は寝かせたまま瞼を上げると、前に本を読んでいるユーラとバトルバッファローを操るシノの姿が見えた。起きたアランに気づいたユーラが声をかける。


 「おはよう。アラン。外を見てみろ」


 「おはよう。外?」


 「ああ。今馬車を少しだけ止める。外へ出てみろ」


 そう言われアランは馬車のドアを開け地面へゆっくりと降りた。王都はあっちだ。ユーラの言葉に従い視線をその方向に見上げる。そしてアランは心を鷲掴みにされた。


 「何だあれ......」


 見上げた先には何かが建っていた。雲にも届くのではないかと見えてしまうほどに、とてつもなくそれらは高かった。


 「驚いただろ?」


 ユーラがしてやったりという表情でアランに優しく肘打ちをする。


 「驚いたなんてもんじゃない......あれは一体」


 「近づけば少しは何か分かる。一度馬車に戻ってくれ。王都の中に入る」


 ユーラはアランの手を引き馬車に連れ戻す。アランは魂を抜かれた人形のようになっていた。それほどまでに見たあの光景は衝撃的だった。


 馬車に無理やりアランを押し込み馬車は王都ノルドベルガの正門へ向かう。正門には長蛇の列が並んでいた。だがよくみると正門は中央の扉以外に左右2つの大きな扉があり、ほとんどの人々は中央の扉からのみ出入りをしていた。ユーラ達の馬車は中央の扉ではなく右側の扉だった。そちらには誰1人並んでいなかった。


 馬車が門の右側の扉に到達すると、複数の衛兵がゆっくりと近づき、敬礼をした。ユーラ達も馬車を降りる。


 「アラン、お前は私の護衛ということになっているから、顔を見せておきたい。一緒に降りてくれ」


 「あ、ああ......」


 そう言われユーラの後を追いアランも馬車を降りた。シノは先に降りていた。衛兵の責任者らしき者が話し出す。


 「遠いところお疲れ様でございます。ベルファト家のユーラ様御一行でいらっしゃいますね」


 「はい。私がユーラ・ゼイ・ベルファト。右にいるのが付き人のシノ、左にいるのが護衛のアランです」


 「シノ殿に、アラン殿ですね。ようこそ王都ノルドベルガへ」


 そう言い歓迎した責任者の衛兵がアランを見て少し心配そうな顔をした。


 「シノ様、アラン殿は具合が良くないのでしょうか?」


 「いえ、アランは王都へ来るのは初めてなのです。なのでこの光景に言葉も心も失っておりまして」


 「はは、そうでしたか。この景色は我々王都の民にとっては誇りです。ささ、お通りくださいませ」


 こうしてアラン、ユーラ、シノの3人は王都ノルドベルガの門をくぐった。





 


 

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