第28話
「それはそうと、お二人にはもう1つお伝えせねばいけないことがあります」
ハゼがそう言うと、なぜか温和な笑みを浮かべた。
「今回の一件でお二人は大いに活躍してくださいました。アラン君は魔物を数百体も討伐し、ユーラ様は多数の負傷者を救ってくださいました。それを考慮いたしまして、ギルドではお二人とも冒険者ランクが1つ上がります。ユーラ様はAランクに、アラン君はCランクに昇格です。おめでとうございます」
いきなりそのような事を言われても2人は実感が持てなかった。だがアランは心の中でランクが上昇したことはすごく喜んでいた。一方のユーラは怪訝な表情を見せた。
「私は負傷者を治療しただけです。それだけのことでAランクに上昇というのは他の冒険者の判定の際にも影響が出るのでは?」
「ユーラ様には事情をお話しいたしましょう。ユーラ様が救助された冒険者の中には高位ランクの冒険者も多数含まれておりました。それともう1つ。負傷者の中にもユーラ様のように貴族であると同時に冒険者の兼業をしている方もいらっしゃいました。それで負傷者のご両親から考慮して欲しいとのお願いがあったのです」
「......なるほど。普通ならAランクになるのは滅多なことではなれないという事を聞いていましたが、そういう事ですか。複雑な思いですが、断るわけにもいかないでしょう」
「ご配慮感謝いたします」
その後はとりとめもない話を少しした後、ハゼとアラン達の話し合いは終わった。2人は1階の酒場コーナーで空いている席に腰を下ろした。
「アラン、ランクが上がって良かったな」
「ありがとう。ユーラも素直に喜んだ方がいいよ。不正をした訳じゃないんだし」
「確かにそうだな。ありがたく受け取ることにするよ」
ユーラがそう言って優しく微笑んだ。それにつられてアランも笑みを返す。
「それで、これからどうしようか?」
「その事だが、実はアランにお願いがあるんだ。王都まで一緒に来て欲しい」
「王都?」
「そう。王都ノルドベルガ。アランはまだ行ったことはないのか?」
「ないよ。歩きで行けるわけもないしね」
「確かに。話を戻すと、昨日伝書鳩が私のところに来た。王都で各都市の情勢を報告する会議が開かれることになった。父はベルファトの運営で動けないから、私が代理で行くことになった。ベルファトを長く留守にしている私が代理というのも不安だがな」
「なるほど。ユーラが行くならもちろん俺も行くよ。でももうすぐ雪の季節じゃなかったかな。大丈夫なの?」
「信じられないかもしれないが、王都への道は定期的に雪かきをして馬車が通れるようにしてある。それでも雪で道が通れなくなったらアランの魔法で溶かしてもらうさ」
2人は笑い合う。アランが承諾したことで王都ノルドベルガへ行くことが決まった。
「どういうことだ!!」
「どうもこうもない。試しただけだ」
「試すだと、今度は何人死んだと思っている!それに、ゴリアテまで召喚させるとは!」
「それも必要だったから使ったまでのことだ。それに成果はあった」
「もう見過ごすことはできない!」
「見過ごす?それをしようとしているのはお前の方なのではないか?均等を保つのが我々の役割。私はそのための準備をしているだけのこと」
「もうサイは投げられた。私もお前も行く末を見守る義務がある」
「......」
ギルドから宿へ戻って来た2人は早速旅の準備に入った。とはいっても、いつものようにほとんどシノとユーラが支度をしてくれる。アランがすることといえばユーラが買って来た食料などをアイテムボックスに入れたりすることくらいだ。
ユーラが旅の準備をしている間、アランは何もしないというわけにもいかず、いつもの鍛錬を行うことにした。ごルサノの門をくぐり人がいないところまで移動する。
今回は魔法の鍛錬をすることにした。いつものように意識を集中させ、手のひらの上に炎を出現させる。だが普段しているその動作を行った結果にアランはひどく驚いた。炎の色が青かったのだ。もしかしたら偶然かもしれない。アランはもう一度炎を出現させた。しかしまたしても炎の色は青色だった。それに変わったのは色だけではない。熱量が赤い炎の時と比べて比べ物にならないくらい多かった。
アランはなぜ青い炎が出せるようになったのか、原因を考えた。そういえば大剣が光を放つ回数も増えている気がする。その時は全部意識を極限まで集中させていた。もしかするとそれが普段の集中力の向上に繋がり、魔法の威力も上昇したのではないか。
ただ炎が青くなり威力が上昇したとしても、今それをここで撃って試すわけにはいかない。ならば地味だが同じ鍛錬を繰り返し行い、いつでも青い炎を出せるようにしておこう。アランは文字通り時間を忘れて集中した。
気がつけば日が暮れそうになっていた。アランは鍛錬を止めると慌てて街へと走り、宿へと戻った。すると宿の前には大量の食料などの荷物がどっさりとおかれ、その横でユーラとシノが数が合っているか確認をしていた。足音に気づきユーラが背を向けアランに気づくと、少し慌てて問いただ出した。
「アランどこに行ってたんだ、昼食も食べずに。心配していたんだぞ」
「ほんとごめん。鍛錬に集中していたら、いつの間にかこんな時間になっちゃって」
「アランは本当に鍛錬バカだな。でもそれのおかげでそこまでの実力を身につけた訳だから素晴らしいことではあるが。そんなことよりこの荷物を入れれるだけアイテムボックスに入れてくれ。残りは馬車に積み込む」
「分かった。ちなみにノルドベルガまではどれくらいかかるの?」
「ゴルサノからだと約1ヶ月だ」
「遠いなあ......」
アランが遠い目をしながら、荷物を次々とアイテムボックスに入れて行く。その様子を見たユーラが微笑んだ。
「そう気を落とすな。王都はアランにとってきっと楽しいぞ?」
「どんなところが?」
「それは行くまで内緒だ」
「急に王都のことが気になってきたよ。いつ発つの?」
「ん?明日にはもう出るぞ。雪が降る前にできるだけ進んでおきたいからな」
「はや!!本当にユーラとシノさんには感謝しております」
「分かればよろしい」
その後数十分で荷物の積み込みは終わった。3人は夕食を食べに宿に入る。食堂に入るとかなり混んでいた。幸い1つだけテーブル席が空いていたので、3人で座る。
「そういえば、こうして3人でご飯食べるの久しぶりじゃない?」
「そのような気がしますね。覚えておりません」
「シノさん、素っ気ないですね......」
「申し訳ありません。少々疲れておりまして。お許しください」
「いえいえ、お気になさらず」
「それより、ここでの食事も一旦これで最後だ。今のうちにに堪能しておけよ」
アランは珍しく魚のパスタを食べていた。ユーラはグラタンを、シノはピラフを。それにいつもと違いゆっくりと食べていた。和やかな雰囲気が場を包む。
「ねえねえ、王都ってどんな街なの?」
「秘密だって言ってるだろ。しょうがない。1つだけ教えてやろう。国の中で一番大きい街だ」
「そりゃそうでしょ......」
「行ってからのお楽しみだ」
やがて食事も終わり、3人は自分たちの部屋へ戻る。
「アラン、明日からまた旅だ。ゆっくり休んでおけ」
「うん、ユーラも。おやすみ」
言葉を交わして、部屋の中に入る。今回ごルサノでのダンジョン探索の日々はとても有意義なものだった。だが大きな事件の真相を見届けないまま後にすることについては少々心残りがあった。だがここで自分が何かできるというわけでもない。今ある道を前に進むしかない。アランは気持ちを切り替え、明日からの王都への旅に意識を向け、就寝した。
翌朝アランはいつものように日の出と共に目覚めた。早速隣の部屋へ行きノックをするが反応がない。もしかしたらと思い1階の食堂に行くとやはりユーラとシノ、そしてシドルがいた。彼がアランに気づき軽い調子で手を挙げた。
「よお、アラン」
「シドルさん、早いですね」
「お前とユーラ様が王都へ行くと聞いたんでな。今でないと会えないだろうと思って急いだのさ」
「それはありがたいお話ですが、俺たちのストーカーですか?」
アランが半笑いで冗談を言う。それを分かっていてシドルもアランの肩をポンポンと叩いた。
「そんなわけあるか。目立つんだよ、お前さん達は。それにしても今回は世話になったな」
「世話になったのはこっちですよ。あの時は助けてもらって」
「気にするな。それにお前は大成しそうだ。あんなところで死ぬべきじゃない」
「ありがたいお言葉をありがとうございます」
「また一緒に仕事をすることもあるだろう。その時まで死ぬなよ?」
「はい。俺たちの冒険はまだ始まったばかりですから」
「そうだな。ユーラ様も今日ばかりはお許しください。どうかご健勝でいらしてください。いつか共に戦える時が来る事を願っております」
「私もです、シドル殿。貴方様の出会いは良いものになりました。ご武運を祈っております」
そうやって挨拶を交わし、シドルと別れた。宿の前にシノが止めた馬車に乗り込む。シノが2人を載せたことを確認すると、バトルバッファローに繋がれた手綱を操作し、馬車が動き出した。
ゴルサノでの日々を思い返して、アランが呟いた。
「短いようで長かったなあ」
「だな。濃厚な時間の中を過ごしたせいだろう。この街にはまた来てみたいものだ」
「決めた。ダンジョンが正常に戻ったら、今度こそ最上階まで制覇する」
「その時が来るのはいつになることやら」
「アラン様、ユーラ様、門を出ます。冒険者カードを衛兵にお見せください」
馬車から一度降り、衛兵と決まった形式上のやりとりをする。ユーラのギルドカードを見た衛兵が少し驚いていた。ユーラがゴルサノの街に来ていたことを知っている者がほとんどだが、顔を知られているわけではないので自分の顔と名前が一致すると大抵の人は驚いた。
無事手続きも終え、再び馬車が動き出した。いよいよ王都へ向けた旅が始まる。




