第27話
20層に到着した。だが早速異変が起きていた。大量にいると報告されていた魔物が1体も見当たらない。それどころか少しでも間引きをしようと冒険者が戦っていたはずだが、その姿も見当たらない。
「これは、どういうことだ?」
その時突然アランが叫んだ。
「シドルさん、危ない!」
アランが叫んだ瞬間には脊髄反射したかのように2人はその場から飛びのいた。その後爆音が聞こえる。着地した2人が元いた場所を振り返ると、巨大なクレーターができていた。
「こいつが元凶か」
煙が徐々に薄くなっていく中、姿を表したのは巨大なゴーレムだった。長身のシドルの3倍以上はある大きさだった。人型の形をしていたが、特徴的だったのは軟体動物のような関節を持たない長い腕だった。
「他の冒険者が倒されたのはともかく、死体がどこにもないのはどうして」
「分からんことはわからん。今はこいつを倒すことだけを考えろ」
話し終えるとシドルはゴーレムに向かって駆け出した。ゴーレムの足にある関節を狙い、動きを止めるつもりなのだろう。足元まで一気に近づきダガーを一閃させた。だが、確実に関節を断ち切ったはずなのに、何か違和感がある。
「シドルさん、後ろ!」
シドルが咄嗟に横へ飛ぶと、さっきまでいた場所にゴーレムが腕を鞭のようにしならせ地面へ叩きつけた。轟音と土煙が上がる。
ゴーレムから距離を取り、2人が合流する。
「アラン、今何があった?」
「それがおかしいんです。シドルさんが攻撃するところまでは確実に見えていたんですが、そこから先の記憶が飛んでいて、気がついたらゴーレムがシドルさんの後ろにいました」
ゴーレムから目を離さないまま、アランが話した現象について考える。
「......推測だが、こいつは対象者の記憶を改ざんしたり幻覚を見せたりできるのかもしれない。そうでなければ説明がつかん」
それを聞いたアランは冷や汗をかきながらゴーレムを凝視した。
「それなら近付かなければなんとかなるんじゃないですか?シドルさん魔法は?」
「今までお前の100倍は冒険してきたんだ。魔法は使える。それじゃ早速試すか。行くぞ」
点に見えるくらいの位置まで離れても、ゴーレムは一切動かない。まずはアランが炎弾、もといファイアーボールを高速で打ち出す。シドルも氷の矢を100本以上作りゴーレムへ放った。
徐々にゴーレムへと放った魔法が迫っていき、着弾するかと思われたその時、異変は起きた。
アランが1回瞬きをした時には先ほどまで点にしか見えない位置にいたはずのゴーレムがなぜか目の前にいた。そして鞭の腕を振り下ろす。アランは反応できなかったが、シドルがアランを抱えて飛び退いたため直撃は避けられた。
「なんだ!?」
「もしかしたら、ワープもできるのかもな。どれだけ芸達者なんだ」
攻撃を回避した直後アランを離したシドルが攻撃を仕掛ける。今度はダガーによる関節の攻撃は当たった。だがキンッという音と共に跳ね返される。
次にアランが大剣を胴体目掛けて振り上げるが、両腕で胴体をかばうようにガードされ難なく防がれた。と同時にゴーレムの頭部にある2つの目が青く光りだした。
「アラン離れろ、分からんがあれはまずい!」
2人がゴーレムの視線から逃れるように後退した直後、ゴーレムの目らしき部分から光線が放たれた。
その直後、大地が揺れ、一瞬で土煙が立ち込める。やがて煙が収まってくると、地面に大穴が開けられていた。
「こいつはまずいな......」
思わずシドルが呟く。だがそれを聞いたのか今度はシドルへ光線が放たれた。再び大地が根こそぎ破壊される。触れれば一瞬で蒸発させられるだろう。
「お前ばかり一方的に、卑怯だ」
アランの意識のトリガーが外れ、大剣が光を放つ。ゴーレムの意識がアランに移った。
「うおおおお!」
怪力を使いゴーレム向かって突撃したアランが渾身の一撃で大剣を振った。すると攻撃をガードした左腕が途中から吹き飛んだ。その事態にゴーレムが初めて30歩ほど後退した。
「よし!これでうま......」
アランが手応えを感じた時。ゴーレムの左腕の切断面が光だし、徐々に腕が修復されていった。2人は思わず呆気に取られる。30秒も経たずに左腕は完全に再生された。
それを見て愕然とするアランに対して、シドルは冷静に現状を分析していた。
「これは覚悟を決めないといけないかもしれないな」
「覚悟ですか?」
「冒険者の覚悟っていったら、分かるだろ?」
その言葉にアランは思わず唾を飲んだ。刺し違えてでも倒さなければ、今後甚大な被害が出る。アランが冒険者になって初めて命を差し出す覚悟を決めた時、異変は起きた。いや、異変が起きないことが異変だった。
ゴーレムが腕を再生してから、一向に動く気配を見せない。2人は動きがあった瞬間飛び出せるよう意識を高めている。
だがゴーレムは構えていた腕を下ろした。すると全身が赤い光に包まれ、徐々に姿が透明化していった。そしてゴーレムは甚大な被害をもたらした挙句姿を消した。
気配が完全になくなったことを確認した途端アランは片膝をついた。恐怖が体、心を支配していた。今まではなんとか苦戦しても勝てた相手ばかりだったが、ここまで歯が立たない相手は初めてだった
「アラン、他の階層を確認しに行くぞ。問題がなければ今回のことをギルドに報告しに行く」
「はい......」
2人ともゴーレムによる直接の負傷こそなかったが、回避した際にできた擦り傷や打撲などが至る所にできていた。
危機が去るとともに急に痛みが戻ってきて、アランは顔をしかめた。
シドルが各冒険者達と話をし、魔物が掃討されたことを確認した。急いでアランを連れ20階層のワープポイントからダンジョン入り口へ戻り、走ってギルドへ向かう。
中へ入ると受付の女性が2人の顔を覚えていてくれたので、すぐにギルド長のハゼに取り次いでくれた。待ち時間なくギルド長の部屋へ通される。
ハゼへの事情の説明はシドルが行った。アランはまだショックから立ち直れずにいた。それをハゼも薄々感づいており、今回現れた敵がいかに強大かを感じさせた。
「今回現れたゴーレムが鍵なのは言うまでもありません。魔物の大量発生とも関係しているでしょう。ただ、アラン君はともかく、シドルさんでも手に負えないほどの相手ですか。これは困りました」
「いや、痛手を負わせたのはアランです。腕を斬り飛ばさなければ戦闘は続いていたでしょう。俺の推測ですが、あのゴーレムはこっちの実力を測っていたように思えます」
ハゼが元々細い眉間に手を当てた。
「もしその推測が当たっているなら、後ろ盾がいるということになります。組織なり、もしくは国か」
「ハゼさん。王都に応援を頼みませんか?この自体はゴルサノでは手に負えないかもしれません」
「......そうですね。王都に伺いを立てましょう」
こうして王都への救援要請が出されることが決まった。
3人での会議が終わり、1階の食堂へ降りると、そこにはユーラがいた。彼女はアランの様子を見て驚いた。
「アラン、どうしたんだ、傷だらけじゃないか!」
「ちょっと死にかけてね。このくらいの傷で済んだのが奇跡なくらいだよ」
「死にかけたって......」
唖然としながらもアランに治癒魔法をかける。すると体のいたるところに付いていた傷がみるみると塞がっていく。
「ありがとう。しかし治癒魔法っていうのはすごいね」
「これでも出来ないことはたくさんある。ギルド長と話して来たんだろ?どうだった?」
「俺とユーラにまだ用があるからまた明日来てくれってさ」
「用?一体何なんだろうな。今日はもう休もう。まだ朝だけど、こんな状態で戦えないだろ。そもそもダンジョンも訳が分からないことになってるからな」
「うん。そういえばユーラの方はどうだった?」
「こっちは戦闘がないだけ天国のようなものだ。目の前の惨状は地獄だったが。今回は私以上の治癒魔法の使い手がいなかったが、みんな私の指示に従ってくれたからかなりの人を助けることができた。さあ、もう休もう。このままだと私たちが倒れてしまうぞ」
アランは同意し、2人で宿に戻った。滅多なことでは動揺しないシノが慌てて心配して来たので、今回のことがいかに異常事態だったのかを認識させた。
結局この日は2人とも自分の部屋に戻るやいなやベッドに直行した。そして夕方まで泥のように眠った。夕食を食べるために合流しても、まだ疲れが残っていたため交わす言葉は少なめだった。
怪我人を治療していたユーラもそうだが、アランの方が疲労の度合いはより深刻だった。1人で数えきれない数の魔物を倒し、超越した力を持つゴーレムと戦闘したと聞いたときは治療を放り出して様子を見に行きたいと思ったほどだ。だがこうして五体満足で再開できたことに心底安心した。旅の仲間として。それ以上の存在として。
翌朝いつものように2人は起床し一緒に朝食を食べた後、早速ギルドに向かうことにした。向かう途中で様々な人に声を掛けられた。アランの活躍を称賛する人、ユーラの治療に感謝する人、声のほとんどは2人にとって良い印象を持たれていると感じさせるものだった。
ギルドに入ると受付の女性が手配をしてくれていて、待つことなくギルド長の元まで案内された。女性が手際ノックをし手際よく2人を案内すると去っていった。
ギルド長のハゼは2人の姿を見て心から安心していた。
「お二人ともご無事で何よりでした。ご活躍は私も聞いております。ギルドを代表して深く感謝申し上げます。そして今日お越しいただいた訳ですが、色々とご報告したいことがありまして」
ハゼが前の時と同じように応接用のチェアへ案内した。
「今回の一件を受けて我がギルドならびにゴルサノ領主様の決定により、王都へ応援要請を出すことが決定しました」
「王都へ、ですか?」
アランが驚いた様子で聞き返した。一方のユーラはこれほどの事態になれば王都へ要請を出すのも致し方無いことだと分析していた。
「はい。王都から生物学者と兵士部隊を派遣してもらいます。しばらくダンジョンは閉鎖し、何らかの発見があるかもしくは元の状態に戻ったと判断できるまで駐留します。ダンジョンの攻略を目指していたお二人には申し訳ないことになってしまいました」
「いえ、それはお気になさらず」
言葉を返したユーラも横にいるアランも、少なくない犠牲を出している異常事態の中でダンジョンを攻略しようとは思わなかった。




