第26話
アランは眠い目を必死にこじ開けながらユーラに尋ねた。
「尋常でない数って、どのくらい?」
「時間がない、歩きながら話そう」
アランは急いで準備をし、最後に大剣を担いてユーラと共に部屋をでた。階段を降り1階へいくが、食堂はにわかに騒がしかった。その様子を見てユーラが説明を再開する。
「敵の数だが、数えきれない、としか言えない。11から20までの階層に出現している。種類はゴブリン、コボルトにオーク、あそこに生息している魔物がごちゃ混ぜだ。この事態にギルドが緊急事態宣言を出し、Bランク以上の冒険者に召集命令を出した」
Bランク以上の冒険者という言葉を聞いて、アランは腑に落ちない部分をユーラに尋ねた。
「僕まだBランクじゃないんだけど?」
「それは私たちがパーティーで活動しているからだ。純粋な戦闘力ではアランの方が上だ。なので勝手で悪いが、ギルドにアランも参加するよう伝えた。それに後で分かると思うが、私とアランは別行動になるだろう」
「何でまた別行動なんだ?」
「私は治癒魔法の使い手だからな。効率を稼ぐために、殲滅部隊が敵を一掃した後に治療部隊が追って被害者を助けるという方法で行くようだ」
ユーラから作戦の概要を聞きながらも宿を出てからは走りながら移動していた。そしてダンジョン前に到着する。
するとそこには数十人の冒険者が固まって待機している。そしてその中心にも1人の冒険者がいた。
「後はあそこの真ん中にいる奴に聞いてくれ。奴が殲滅部隊の指揮官だ。大丈夫、ほんの少しだが知り合いだ」
そう言うとユーラは自分の持ち場を聞きに行くと言い、アランを激励して去っていった。
アランが殲滅部隊の集まりに近づいて行く。指揮官の冒険者は色々と忙しそうに指示を出していたが、アランの姿に気づくと手招きをした。その顔を見たアランが思わずあっと声をあげた。
「やっと来たか、遅いじゃないか。主力さんよ」
指揮官はシドルだった。彼は前とは違い腰に真紅の色をした2つのダガーを差していた。装備も防御を完全に捨てた軽装だった。
「よし、アラン来い。後はお前だけだ」
アランはシドルに付いていき、ユーラの時と同じように歩きながら説明を受ける。
「俺とお前は基本的にペアで動く。俺たちの担当は特に敵が強い17階層以上だ。何か質問は?」
「僕は何をすればいいんですか?」
「お前まだ寝ぼけてやがるな。簡単だよ。敵を殺しまくれ。徹底的に。お前の得意分野だろ?ただ、他の冒険者を間違ってお陀仏にだけはさせるな」
「わかりました」
「それじゃそろそろ行こうか。敵は待ってくれない」
そう言い終えると2人はダンジョンのワープポイントから持ち場へ転移した。アランはどうしてこのような事態になったのかなど湧き上がる疑問を押し殺し、今は目の前の事態を落ち着かせることに集中する。
「アラン、準備はいいか?」
「はい、いつでもいいですよ」
アランのどこか気の抜けた返答にもシドルは意味深な笑みを返しただけだった。そして2人はワープポイントから17階層へ転移する。
転移した直後、弓矢が雨あられと2人めがけて打ち込まれた。アランが魔法を広範囲に展開し燃やし尽くす。それでも防ぎきれない弓矢はシドルがダガーで切り落とした。彼の動作は一切の無駄がなく、流れるように体を動かし撃ち漏らしを防いだ。
「それじゃあアラン、俺は先に行くぞ。付いて来てくれ」
そう言ってシドルが駆け出した。その途端、アランは彼の姿を見失う。再びシドルを捉えた時に、彼はすでに敵の群れのど真ん中にいた。
尋常ではない速さの動きだった。シドルはまずオークの弓矢部隊に狙いをつけた。自分の倍以上はある身長のオークに飛びかかり、心臓に一撃ダガーを打ち込むと、飛び降り再び走り出す。相手が絶命する瞬間を見届けることすらしない。今度は大地を蹴り一気に跳躍し首を撥ねる、その後も猛烈な勢いで走りながら流れるように魔物を刈り取っていく姿はさながら鬼神のようだった。
アランはシドルのあまりの戦いぶりに我が目を疑った。少しの間観客のように殺戮劇を見ていると、シドルから檄が飛んで来た。
「おいアラン、いつまでぼっとしている。俺の戦い方は効率が悪いからお前が鍵なんだ。早く働け」
その言葉で我に返ったアランがようやく動き出す。大地を駆け数えるのも億劫な数のオークの元へ向かい、薙ぎ払うように一撃目を放った。
アランがたった一撃大剣を振っただけで3体のオークが体を両断され、内臓を撒き散らし、命の炎が消えていく。
アランはギアを上げ、シドル同様オークの弓部隊を狙い血祭りに上げていく。
だがそこでアランは1つの事実に驚愕した。敵を倒す効率ではアランが圧倒的に上回っているにも関わらず、明らかに敵を倒すペースの速さはシドルの方が上だった。最初に出遅れたことを考慮したとしても、シドルの殲滅速度は異常という他なかった。
「ひゅー、やるねえアラン。その調子で頼むよ」
「言われなくてもそうします。敵を倒して欲しかったら話しかけないでください」
「そう怒ることないだろ、会話で戦意を盛り上げようとしてるのさ」
シドルはアランの怒った様子にも全く機嫌を悪くしない。ここにアランのまだ子供ゆえの未熟さとの違いが現れていた。
「あとどのくらいいるんですか?」
「分からん。視界から魔物がいなくいなるまで暴れ続けろ」
「そんな無茶な......」
連携などと言った頭脳プレイとは程遠かった。2人がそれぞれ暴れまわるだけだったが、それぞれの戦闘力が並外れているためにものすごい勢いで魔物が駆逐されていった。
11階層では魔物も数こそいたが弱い魔物が多かったために、もう少しで完全に掃討されるといった様子だった。それをある程度の安全が保障されたと判断され、治療部隊が救出をする。その中にユーラもいた。軽傷の者は外へ出して病院へ直行させたが、それも出来ない程の重症の者はその場で治療をする。
ユーラが倒れている1人の冒険者の元へと向かい、体を順番に診察していく。手をかざし、頭から徐々に下へと下がっていき、足元までスキャンするように異常がないか確かめる。
「胸の骨が4本折れ、内臓に刺さっている。あと頭の中で出血があり、このままだと1分も持たない」
「そんなのどうすればいいんですか......」
「私に任せろ」
ユーラが負傷者の頭に手をかざす。すると手のひらが強く青く光り、その光が負傷者にも注がれた。
「これで頭は大丈夫だ。次は胸だな」
「すごい......」
「あなた、ユーラ様をご存知じゃないの?」
「え?このお方が?でも実際お会いした訳ではないから分からなくて」
「こうして治療されているのが証拠だ」
治療技術に驚いている女性に別の女性がそう言った。この国において彼女は一流の治療者として名前が響き渡っている。
女性達が話している間にも治療は続いていた。
「これで命は助かる。誰か運んでくれ」
後方では命を助けるべく別の戦いが行われていた。
2人の一方的な狩りともいうべき暴れっぷりにより17階層は制圧されていた。再び魔物が増えないように後続の冒険者に引き継いだ後、18階層へと昇る。
「全く、このダンジョンはどうなってるんだ?」
「前にもおかしなことがあったんです」
アランは10階層で起きた事を話した。
「そうか。原因は分からんが何かが起きてるって事だな。だが俺たちにできることはせいぜい起きたことに対して対処するくらいだ。問題そのものは分からないままかもな。それよりも、これからは話してる余裕ないかもしれないぞ」
2人がいる目の前には数えられないほどのスケルトンがたむろしていた。
すでにシドルは動いていた。スケルトンは体内の魔石を破壊すれば倒せるが、それ以外を攻撃してもすぐに再生する。だがその魔石を一撃で確実にシドルは破壊していった。
「こいつらには俺の方が合ってるかもな」
スケルトン以外にもオークの亜種であるジェネラルオークが魔法を放ってくる。
「アランはオークを片づけろ。あっちも数が半端じゃない」
「分かりました」
話をしている間にもシドルがスケルトンの群れを蹂躙していた。アランも負けじとジェネラルオークの群れへ突っ込む。放たれる氷の魔法を大剣で無理やり叩き切り、霧散させる。予想だにしない事態にうろたえるオークは次のまばたきをした時には首を切断された。
「ああもう、キリがないな」
アランが感情を高ぶらせる。だが以前よりも冷静でいて、そのまま集中力を上げることを意識していた彼が、狩りのペースを上げる。すると先ほどから傍若無人に振るっていた大剣が光り出した。
「ほお......」
シドルが興味深い視線を大剣に注ぐ。そして能力が解放された大剣を操るアランのギアが一段上がる。青い残光を残して5体のオークがまとめて手足や胴体を斬り飛ばされた。瞬く間にジェネラルオークの数が減り始めた。
「アラン、その剣の能力は?」
「俺にもまだよく分かっていません。今の所は異常に切れ味が良くなったりします」
それから10分ほどで18階層の魔物は駆逐された。監視用に冒険者を数人待機させ、19階層に昇る。ここでも相変わらず2人による魔物を倒すペースは早かった。19階層はスケルトンが少なかったことも幸いし、アランが暴れまわり、シドルが忍者のように魔物を倒していくことで30分程度でこの階層は制圧された。
「今回も俺の勝ちだな」
「何がです?」
「葬った敵の数さ」
「......あなたは何者なんです?」
「変なこと聞くなよ。俺はただの一冒険者だ」
自分よりも多く、数え切れないくらいの魔物を倒しておいて、普通な訳が無い。恐らくは高ランク冒険者なのだろう。なぜこうも自分の周りには秘密を抱えていたり異常なほど強かったりと、訳ありの人ばかりが集まるのだろう。そんなことを考えながら、報告上では次の20階層で仕事は最後になるはずだ。アランは次の階層を制圧すれば休めるということだけをやる気にして、改めて気を引き締めた。




