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第25話

 地上に戻って来たときには、太陽が沈もうかという時間帯だった。2人は戻って来た喜びの前に、生きて帰れたという実感を噛み締めていた。


 「太陽が眩しいな......」


 「おい、アラン大丈夫か!?」


 ユーラが半ば心配そうに尋ねた。ユーラも相当くたびれていたが、アランは人間1人ほどの重さがある大剣を加護があるとはいえずっと振り回し続けて来た。 よって体の至る所が筋肉痛になっていた。


 「とりあえず宿へ帰ろう。シノが待ってる」


 ユーラが浅めにアランに肩を貸す。さながら戦場から帰って来た負傷兵のようだ。周りの冒険者達も何事かと驚き、視線が2人に集中した。





宿に帰ってくると、食堂の座席に滑り込んだ。アランが机に突っ伏す。ユーラも座ってから放心状態だった。宿のおばさんに2人が水を頼む。少しして水を持ってくると、砂漠で干からびた人のようにガブガブと飲み干した。


「あいよ、水だよ。シノさーん、帰って来たよ」


 おばさんが階段へ向かって声を張り上げる。すると5秒も経たずにシノが小気味良い音を立てて降りて来た。


 「ユーラ様、アラン様、お帰りなさいませ。そのご様子だとご苦労なさったようで」


 「ああ、厳しい戦いだった」


 「当然だけど、明日は休みにしよう」


 「そうだな。女将さん、夕食を頼む。胃に優しいものを」


 女将ことおばさんは少し気だるそうに返事をして奥へ去っていった。


 



 バターをパンにたっぷりと付け、かじりつく。赤い野菜のスープをがぶ飲みし、おかわりを頼む。戦闘で消耗した体力を食事によってたっぷりと補給していた。


 「生きてるっていいな......」


 「ああ、そうだな......」


 2人はどこか達観した様子だった。それを見たシノは2人を本気で心配した。医者に見せるべきかもしれないと思ってしまうほど、抜け殻と化していた。


 


 食事を食べ終わって、ようやく2人はまともに物事を考えられるまで回復してきた。その時、食堂にいる他の人から色々と声を掛けられた。


 「でこぼこコンビ、今日も無事に帰ってきたんだな」


 「今日は何階層までいったんだ?突撃野郎」


 それらの声を適当にあしらって、改めてアランはユーラ達と向き合う。


 「休むのは良いが、何する?」


 「もしかしたら何もできないかもしれない。1日中寝てるかも」


 「それもありえるな......」


 結局明日のことは明日決めようということになった。1日、もしくは2日ほど休めばまたダンジョンに潜る気力も戻るだろう。アランはまだまだ偉大な冒険者達の足元にも立っていないのだと実感した。



 「ごめん、ユーラ、僕もう限界。もう寝るよ」


 「アラン、私もだ。今もフラフラだ」


 「それじゃ、おやすみ、また明日」


 「おやすみ、明日のことはまた明日考えよう」


 2人は重い足取りで2階へ向かい、それぞれの部屋の前で手を振って別れた。


 アランは部屋の中に入ると、固まったマネキンのようにベッドにダイブした。睡魔が風のようにやってきて、アランを夢の中へと運んでいった。






 立っていられないほどの吹雪。白以外の色は一切見えない。いや、2人の人間のような存在だけは例外だった。 

 「お主が選んだ少年、それなりに見込みがあるようだな」


 「苦労してやっと見つけ出したんだ。そうでなくでは困る」


 「だがその為に関係のない者が犠牲になったことについてはどう弁明する?」


 「元々危険を覚悟で冒険者をしている者が、あの程度のことで力尽きる方に問題がある」


 彼、もしくは彼女はそれを聞き眉を潜める。


 「結果色々なことが判明したではないか。それで良いのではないか?」


 「......今後もこのようなことが続くならば、報告する」


 「好きにするが良い」

 

 地上でないどこかの場所での説得は実らなかった。





 天井が見える。洞窟ではない。そこまで考えが巡って、戻ってきたのだなと改めて認識した。だがそれでもしばらくベッドから動けなかった。筋肉痛どころではない。体が鉛のようになっていた。だが1日立って充実感も湧いてきた。あの修羅場を乗り切った。そのことがアランに少し自信を与えた。


 余韻を噛み締めた後起き上がった。まず何をしようか。思い立った彼はいつも通り大剣を磨くことにした。激闘を共に戦い抜いてくれた、この摩訶不思議な力を持つ大剣に感謝した。


 20分ほどした頃、部屋のドアがノックされた。開いてるよと言うと、ユーラがゆっくりと中を覗きながら入ってきた。


 「アラン、おはよう。早速だが、今日はどうする?」


 「おはよう。そうだなあ.......」


 アランは大いに迷った。観光はこの前に行ったばかりだ。だがその前に疲れがまだ抜け切っていない。


 「今日は宿でゆっくり休もうと思うんだけど、良い?」


 「ああ。それで構わない。隣に座って良いか?」


 「あっ、どうぞ」


 アランが体を右側へずらす。そして元いた場所にユーラが腰掛けた。


 沈黙の時間が続く。アランはユーラを気にしているが、振り向く勇気がない。何かを話さなければと思うのだが、何も言葉が出てこない。一方のユーラはそれを特に気にしてはいなかった。


 しばらく時間が経ったころ、急にユーラが話しかけた。


 「そうだ。アランに見せたいものがある。ちょっと待っててくれ」


 そう言うとユーラは立ち上がり隣の部屋へと向かった。そしてすぐに戻ってきた腕には分厚い本が抱えられていた。


 「アランに役に立つと思ってな」


 アランが両手で分厚い辞書のような本を受け取る。題名には「大自然魔法大全」と書かれている。


 「魔法?」


 「そう。アランは魔法を我流で使っているだろう?それも良いが、本来魔法は系統付けられた学問だ。まあ端的に言えば、それを読めば魔法への理解が深まる」


「なるほど」


 明らかに4000ページ以上はあるアランは本のページをめくる。するとうんざりするほどたくさんの目次が書かれている。最初から順番に読む気にはとてもなれない。アランは目次から炎の魔法のページを探した。


 「ファイアーボール。炎属性の魔法において最も初歩の魔法。基本形は手のひらの上に握りこぶし大くらいの炎の球を発言させ打ち出す......」


 アランが黙々と本を読んでいる間にユーラはもう一度自分の部屋へ行き裁縫道具を取って戻ってきた。彼は本を読むことに集中していてそのことに気づかない。その横でユーラが何かを縫い始めた。


 こうして時間はゆったりと過ぎてゆく。アランはページを捲る手を止めない。その様子をユーラが時々チラチラと盗み見る。彼女にとってアランが本を読む光景は想像できないものだった。


 「アランて、本読むの好きなのか?」


 「全然ダメ。でもこれは内容が面白いから」


 「それは良かった。何か参考になるところはあったか?」


 「うーん、とにかく面白い」


 「さすが脳筋だな......」


 それがきっかけかは分からないが、今度はアランがユーラの方を見た。


 「何作ってるの?」


 「なんだと思う?」


 「分からない」


 「ちょっとは考えてくれ......財布だ」


 「財布ってユーラに必要なの?だって買い物でも後でベルファト家にって言えばいらないでしょ?」


 それを聞いて、ユーラは盛大にため息をついた。アランが何か悪いことを言ってしまったのかと心配する。


 「これは私のではない。アランのものだ」


 「え?俺の?」


 「そうだ。いつもお札をポケットに突っ込んでいるだけだろ?これではスってくれと言っているようなものだ」


 自分のために財布を縫ってくれているという事実にアランは、急にユーラに対して異性としての意識を思い出させた。ありがとうとお礼を言ってわざと本を読むことに意識を無理やり戻した。





 この日は静かに過ぎていった。ユーラはひたすら財布を縫うことに集中していた。アランも本を読むことに必死になっているうちに、自然と内容を追い、理解することに意識を移すことができた。そうしているうちに時刻は夕方になった。それに気づいたユーラが声を掛ける。


 「アラン、明日はどうする?」


 「もう1日休もうと思ってたんだけど、今日で結構体力も気力も回復できたからなあ。ユーラはどう?」


 「私も十分疲れは取れた。アランがよければダンジョンに行っても構わないぞ」


 「それじゃ、決まりだね」


 その言葉を合図に2人はベッドから立ち上がり、1階の食堂へ向かう。夕食は明日からまたダンジョンに潜るということもあって、肉料理を頼んだ。それを2人はガツガツと平らげる。普段は小鳥のような食欲のユーラもこの日はテーブル上にあるものは全て食べ尽くす勢いだった。




 夕食を食べ終え、2人が満足感に浸っていると、密かに同席していたシノが声をかけた。


 「アラン様、ユーラ様、本日はもう就寝されてはいかがでしょう?明日からまたダンジョンに潜られますので」


 「そうだね、しかも絶好のタイミングで眠気が」


 「今日はゆっくりできたな。たまにはこんな日があっても良いものだ」


 2人は食堂を後にし、2階にある自分たちの部屋へ向かう。


 「じゃあユーラ、シノさん、また明日」


 「おやすみ、アラン。準備の方は任せておけ」


 2人と別れたアランは、部屋のベッドに寝転がる。眠気が睡眠を誘うまでの間にアランはふと振り返る。冒険者になって経験を積んできた。まだ下っ端も良いところだが、それなりに危ないこともあり、最初の頃から比べれば少しは成長できている気がしていた。


 だが分からないこともある。自分に宿っている怪力の力。何か途方も無い存在から与えられた守護の力。この力がなければ冒険者として活動していくことなどありえないことだった。


 そしてその守護の力を用いて操るこの大剣。ノークさんが冒険者祝いでプレゼントしてくれたこの剣も謎めいた存在だ。純粋な剣としてだけでも強力な武器である上に、つい最近発現した謎の力。今思い出しても鳥肌が立つほどだ。おそらく切れ味の極端な上昇、リーチの上昇以外にも力があるのだろう。何としても持っている力の全てを引き出して見せる。アランは決意を新たにした。




 


 少しの間眠っていたのだろうか。意識が飛んでいた。明日からまた戦いの日々が始まる。再びまぶたを閉じようとした時、部屋のドアが勢いよくノックされた。


 「アラン!起きてくれ!アラン!!」


 破壊されるのではと思ってしまうほどの力強いノックにアランが飛び起きた。


 のっそりと起き上がり、部屋の鍵を開ける。


 「ユーラ、どうしたの?」


 「緊急事態だ。ダンジョン内に尋常でない数の魔物が出現している」








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