第24話
「大剣が光った?」
就寝から目覚めたユーラにアランが先ほどのことを興奮した様子で話している。それを聞いた彼女の反応はにわかに信じられないといったような様子だった。
「何かきっかけのようなものはなかったのか?」
「きっかけ......極限まで疲れていたっていうのはあるけど」
「それだけで条件になるとは考えにくいな。他にはあるか?」
問われたアランは腕を組みじっくりと考える。頭を絞って考えた結果、1つ思いついた。
「あの時は疲れでもう限界だったから、覚悟を決めたっていうのはある。スイッチが切り替わったような感じかな」
今度はユーラが洞窟の天井を見ながら考えた。
「恐らくそのスイッチが切り替わったというのがポイントなのではないか。今までもアランは危機的状況に陥ったことはある。だが今回は極限の疲労という状態での戦闘で意識が極限まで高まったということなのではないか?」
「なるほど。それにしてもあの時は凄かったよ。斬った時に抵抗が全くなかった。それにリーチの上昇も自分の思い通りになっていた。解明して常に使えるようにしたいね」
そんな事をつぶやいていると、ユーラに鋭い視線で睨まれた。
「アラン、お前は一刻も早く休むべきだ。じゃないと今後の行進に差し支えるし、私も心配する」
「ああ、そうだね。思い出したら急に疲れが戻ってきたよ。それじゃおやすみ」
「おやすみ。時間が来たら起こしてやる」
とてつもない寒さにアランは目を開けた。寝ていたはずなのに今はなぜか立っている。見渡す限りの雪原。この状況、前にもあった。アランが思い出した時、声がした。
「少しは自分の身をわきまえるようになったか」
頭の中に声がした。あの時と同じだ。
「自惚れているつもりは前からなかったけど」
「それは承知している。だがお前はつまらぬ事に力を使い、このままいけば危ういところだった」
「あ......あのことは反省しております」
「それはもういい。それよりもお主は欲していることがあるのではないか?」
「欲している?」
「と、いうよりも知りたいことと言った方がいいかな」
「もしかして僕の大剣のことを知ってるの?」
その疑問に対して声の主は大きく馬鹿にするように笑った。
「知っていて話すと思うのか?それではお前が先に進むことはできぬ」
「そりゃそうだけど......ヒントくらいくれてもいいじゃないか」
「ヒント?助言のことか。仕方あるまい」
声の主は露骨に呆れの感情を声に乗せた。
「己に宿る心を覗いてみろ。そうすれば道は開ける」
その助言をきっかけに急激に意識が遠のいていく。
「次会い見える時はもう少しまともになっていることを期待する」
アランは目を開いた。さっきの何者かの助言から現実へ戻って来たために、寝た気がしなかった。だが疲れはほとんど取れていた。起き上がり、テントから顔を出す。するとユーラがこちらを振り向いた。
「アラン、おはよう。疲れは取れたか?」
「おはよう。まあ......大丈夫だよ」
「なんだその歯切れの悪い返事は。眠れなかったのか?」
「いや、そうじゃないんだけど。とにかく大丈夫だ」
そう言って無理やり誤魔化した。2人は早速朝食の準備を始める。野菜のスープという質素なメニューだったが、味は抜群に上手かった。ユーラは冒険者ではなく料理人になってもいいのではという思いがアランによぎった。
「よし、今日中にワープポイントまで行こう」
「そうだな。この階層を入れてあと5階層だ、それほど遠くない」
2人は気合を入れ、本日の行進を開始した。
「幸いというか、今回もフィールドは広くない。まずは南西に500歩」
「分かった。いまだに洞窟なのが少し嫌だが」
魔物はまばらに出現する程度だった。この階層では人型の魔物が主に出てくることが多かった。アランが炎弾と大剣で対処する。あれから大剣の光は元に戻ったままだ。
「ユーラ、体の調子はどう?」
「問題ない。きっちりと回復できた」
「それなら良かった。僕も大丈夫」
遠くからコボルトアーチャーが弓矢を放つ。かなりの数だったが、アランの魔法で撃ち落とされ、自分の位置を露呈させることになった。
全て撃ち落としたかと思った弓矢だったが、1本だけ撃ち漏らしがあったらしく、真っ直ぐ目掛けて迫る。その飛来して来た弓矢をアランが手づかみで受け止め、思い切り投げ返した。その矢はコボルトに突き刺さるどころか貫通した。
その様子を見たユーラは驚愕した。
「アラン!?いつからそんなことが出来るようになった?」
「なんていうか、勘が働いたんだ。そしたらその通りに矢が飛んで来た。だから投げ返した」
「普通に言うなよ......」
「東に200歩で次の階層だよ」
そこから先は何事もなく、2人は32階層へ突入した。
32層からまたフィールドが変わった。見渡す限りの白。雪原だった。幸いにも雪はそれほど積もっていないようで、2人の行進速度はそれほど遅くはならなかった。その雪原には時々大きな木々が生え、まさにここが雪国と言っても過言ではない。
「今度は雪ですか。寒い」
「こんな事もあろうかと」
ユーラは背中に背負っていたリュックから小さな足袋を取り出した。
「これには魔力が込められていて、地面に吸い付く特性がある。これなら歩きやすいだろ?」
「ユーラって預言者なの?本当になんでも準備できてるね」
そう言いながらありがたく足袋を受け取り、装着する。不思議な歩き心地だった。雪を確かに踏んでいるのに、全く滑らない。2人の行進ペースはすぐに元に戻った。
フィールドが変わってから、出現する魔物も変わった。全身白い毛むくじゃらの大猿や、巨大な狼など、雪に由来する魔物が多くなった。そして変わったのは魔物の種類だけではない。随分と手強くなっていた。戦術を絡めて襲ってくる訳ではないが、純粋に1体の戦闘力が上がっていた。
「昨日休んで正解だったな」
「と言うより、そうする他なかったよね」
「あはは......そうだな」
今まで通り回避できる敵は極力避ける。それでも遭遇した魔物とは交戦するのだが、この階層に来てから一対一に持ち込んで戦闘する場面が少し増えて来た。まだ集団を相手にする余力はあるが、魔物の動きが俊敏に、強力になってきているので、2人は安全を取ることにした。
そのことによって戦闘する時間は増えるが、それで命を落とす可能性が増えることと比べれば、どちらを取るからは明白だった。
アランの案内で次の階層への階段を見つけ、2人は33階層へ昇った。
「自分でも意外だったけれど、この階層に来ても通用してるね」
「アランは自分が思っているよりも実力がある。私が保証しよう」
ユーラはそう言って微笑んだ。その言葉だけでアランは戦う元気が湧き上がる。
「真っ直ぐ1000歩行って、左に約400歩で階段だよ」
「分かった」
この階層へ来て新しい魔物が出現した。スケルトンだ。骸骨だけの体はそれだけで不気味で2人の精神力を地味に削り取っていく。しかもスケルトンは魔法を使う。幻覚であったり、普通の攻撃魔法であったり。なのでスケルトンには2人掛かりで対処することにした。そうでもしないと万が一の時が訪れるとも限らない。
階段に到着するまでに遭遇したスケルトンは2体だった。これは少ないと言って良いだろう。それ以外の敵はこの階層においては出てこなかった。
「次で何階層だった?」
「次で34階層だ」
それを聞いたアランは気を引き締めた。ワープポイントに近づくほど気は緩みがちになる。それに魔物も強くなっている。ここまでアランが慎重になるのには、ある思いがあった。
「ユーラ、このダンジョンを攻略したいって言ったら、どうする?」
「そうだな......今ならアランの気持ちも少しは分かる。自分の力を試してみたいと。だが今は目標のワープポイントまでたどり着くことに集中しよう」
「分かった。目の前のことに集中するよ」
35階層もスケルトンが主に出現した。だが数は前よりも少し多い。2人が協力して倒していくが、予想よりも時間がかかった。
「次、700歩で嗅いだんだけど、そこにスケルトンが2体いる」
「まだ魔物がスケルトンだけというのが救いか......」
やがて階段前にたどり着き、スケルトン2体と対峙する。1体は剣を、もう1体は弓を装備していた。遠距離から攻撃されると厄介なので、2人は弓持ちのスケルトンから先に攻撃する。
放たれる矢をユーラが切り落とし、その間にアランが炎弾を放ちスケルトンを燃やす。アンデッドには炎が効果的で、浄化作用もある。もう1体もアランに向かって剣を振り下ろして来たが、アランが難なく回避し、炎弾で浄化させた。
そして2人はいよいよ36階層へ足を踏み入れた。
「ここを抜ければ戻れる。気合入れよう」
「ああ。無事に戻ろう」
だが2人の思惑を知っていたのか、36階層にはスケルトンの他にオークの群れがいた。アランが何とか回避できる道はないかと探ったが、抜道などは存在しなかった。探知した敵の配置ではスケルトンの方から先に遭遇するということが分かり、光明が差した。
気づかれないようにギリギリまでスケルトンに近づき、ユーラが首を跳ねた。そこにすかさずアランが炎弾を打ち込み灰になるまで燃やした。それに気づいたオークの群れが襲いかかってくる。
だが1番の強敵であるスケルトンを倒せた以上、残りのオーク達には油断さえしなければ遅れを取ることはない。
アランが大剣でまとめてオークを3体薙ぎ払う。ユーラは後に続き1体ずつ急所のみを突き効率よく倒して行く。
そしてようやく全ての魔物を倒し終えた。2人は少しの間警戒を怠らずにその場で休憩をとった。そしてふと前を見ると、地上へのワープポイントが見えた。休憩を切り上げゆっくりと向かう。そしてワープポイントの目の前まで来た。
「長かった。でも僕少しだけ強くなれた気がする。気のせいかな?」
「気のせいではないが、過信もしないことだ、さあ、帰ろう」
2人はワープポイントの上に乗り、地上へと転移した。




