第22話
翌朝、日の出前からアランは目を覚ましていた。最近のところ体の調子が良い。ダンジョンの探索が上手くいっているからだろうか。ダンジョンに限らず、色々な場所を巡り、戦うことができる今の現状はアランの機嫌を良くしていた。
ユーラが起きるのはもう少し後だろう。そう思い1階の食堂に移動すると、シノがいた。ノートに何か書き込んでいるようだった。
「シノさん、おはようございます」
「アラン様、おはようございます。お早いですね」
「今日はたまたま早く起きたんです。シノさんは何を?」
「ユーラ様から聞いたダンジョンでの旅を記録にまとめているのです。デューク様は今回の旅でユーラ様がどのような活躍をされているのか興味津々です。私たちがベルファトに帰ったら真っ先に目を皿のようにしてこのノートを読みふけるでしょう」
「容易に想像ができますね......」
デュークのユーラに対する溺愛ぶりは周囲の者なら知らぬ者はいないほどだった。そんな大事な娘をなぜ自分に預けてくれたのか、それが余計不思議にアランは感じていた。
それほど時間が経たずにユーラも食堂に降りて来た。彼女はすでに戦闘ようの装備に着替えていた。そこのところは先輩冒険者としてさすがだと感じた。
「おはよう、アラン。早速だが今日のダンジョンのことについての相談をしよう」
そう言いアランの向かい側で、シノの隣に座った。
「ワープポイントだが、少々厄介なことになっている。まず24階層にある。だがここまではすぐにたどり着けるだろう。だが次が問題だ。次のポイントは36階層とかなり離れている。どうやらこの36階層までたどり着けるかどうかで熟練の冒険者かどうか地元の人々は判断しているらしい」
「ユーラ、そろそろ付き合いも長くなって来たから僕の考えてることは分かってもらえるかなって思ってるんだけど」
ユーラが顔全体を引きつらせながら言葉を発した。
「お前が次に言うであろう事もわかる。面倒だからしっかり準備して36階層まで一気に突破してしまおう。違うか?」
「御名答」
それを聞いてユーラはガクンと頭を下げた。
「やはり相談というよりは確認になってしまったな。そう言うだろうと思って食材など大量に準備しておいた。アランのアイテムボックスにはどれくらい入る?」
「持てるものはなるべく自分で持てるようにするから、食材関連は全部入ると思うよ」
「よし。それなら36階層まで目指そう。つい最近まで私が止める側だったのにな。アランにそそのかされたかな?」
「大丈夫だよ。きちんと準備して行くんだから。それに冒険者だから、必要な覚悟くらいはとっくにできてる」
そう言ってアランは席を立ち、ユーラもそれに続く。
「それではアラン、私は部屋で準備してくるから、アイテムボックスを貸してくれ。先に行っててくれて構わない。ダンジョンの入り口で合流しよう」
「分かった。それではシノさん。行って来ます」
「今回は特にお気をつけて。行ってらっしゃいませ」
アランがダンジョンの入り口に到着すると、見知った顔を見つけた。
「お?昨日ぶりだな」
シドルだった。彼は軽装の装備で二刀流のダガーを腰に差していた。
「どうも」
「今日は何階層まで行くんだ?」
「36階層までです」
それを聞いたシドルが大きく頷いた。
「やはり24階層をすっ飛ばして36階層まで狙うか。俺の読み通りだ」
「あの?どうして僕達が20階層まで潜ったことを知ってるんですか?」
「アランお前たち、結構有名だぞ?ハイペースでダンジョン攻略してるんだから、目撃情報とかで噂が流れてくるんだよ」
「私の相棒に何か用か?」
振り向くとユーラがこちらへ近づいて来た。
「いや、偶然出会っただけだ。それじゃあ俺は先に行く。ペースを上げすぎて潰れるなよ?」
そう言ってシドルはダンジョンの入り口を先にくぐった。
「彼のことは気にせず私たちは私たちのするべきことをするだけだ」
「うん、そうだね」
2人は気持ちを切り替え、ダンジョン内へと入っていった。
20階層のワープポイントへと転移した2人は、すぐそばにある階段を登って21階層に登った。
「おお、これは......」
「綺麗......」
フィールドは鍾乳洞のような洞窟になっていた。鍾乳洞とはいっても天井は高く、大人4人分くらいの高さはあった。そして天井から伸びるつららには天然の魔石が様々な色の光を発し、虹色の美しい光景を作り出していた。
「だがこんな所にもきちんと魔物はいるわけだね」
「魔物はダンジョンの肝みたいなものだからな」
アランが自分の背丈ほどもある大きさの犬型の魔物を、大剣の一撃で葬る。ここからの階層は動物型の魔物が多いのかもしれない。
「下手に魔法は使いないな。こいつの出番だね」
「横でそれを振り回される私の身も少し考えてくれてもいいのではないか」
ユーラが冗談を言い、戦闘の緊張を適度に和らげる。新しいタイプのフィールドという事もあり、今までよりも遅めの行進を心がける。地面は岩の凹凸があり不安定で、このフィールドではユーラの方が活躍できるのではとアランは思った。
幸いにしてフィールドはそれほど広くなく、程なく2人は次の階層へと進んだ。
22階層では出現する魔物にトカゲのような魔物など種類が増えていた。それでも2人の前ではそれほど脅威ではなく、ユーラの急所を突いた一撃で次々と葬られていく。このフィールドになってからはユーラが先頭を歩き、アランが戦闘の補助と道案内をするという方針が自然と出来上がっていた。
「光源が天井の光だけだから、見えにくいね」
「アランの探知魔法が頼りだな」
「任せてください姫様。日頃の訓練で精度は上がっております」
「その呼び方は嫌だと知っているだろう」
まるでピクニックに来たかのようなやりとりをしながら2人は先を進み、次の階層への階段を見つけた。
23階層に入ってから、アランがふとした疑問を口にした。
「あのさ。僕達ってこうやって笑いながら話をして、その片手間のように敵を切り刻んだり燃やしたりしてるわけで。結構サイコだよね?」
「前にも聞いたような気がするが......まああまり気にする事はないのではないか。私たちにとってはこれが日常なのだから、慣れもするだろう」
「そうだといいんだけど」
「今もこうやって話をしながら敵を葬ってるだろ?油断さえしなければ良いのだ」
「確かに。話は変わるけれど、21階層になってからフィールドの広さが狭くなった。平均して700から800歩くらい。その代わり敵が少し強くなってるよね」
「そうだな。魔物も毒を持っていたり、個の力も強いものが増えているな」
「そういう曲者には魔法に限る」
そう言いアランは炎弾を打つ。制御に磨きが掛かっており、今は音速に近い速度で打つことができるようになっていた。これを回避できる魔物はそうそういなかった。
「この階層は後どのくらいだ?」
「うーん、大体600歩くらい」
「やっぱり狭いな」
「その分敵も密集しているかもしれないから、注意しないと」
21階層からはユーラの方が多めに魔物を倒しているというのに、息ひとつ上がっていない。基礎体力の差はまだ随分と開いている。まだまだ鍛え方が足りない。アランは改めて自分に厳しい訓練を課すことを決めた。
「早々と24階層に到着した訳だが。このまま進んでいいんだな?」
ユーラがアランに念押しする。
「うん。ここを踏ん張れないようなら、冒険者として先はないと思うから」
「......そうか、よし、行こう」
徐々に敵の動きに鋭さが増していく。だがユーラが全く問題なくその動きについていく。伊達に王国の任務に駆り出されるだけのことはあるとアランは感心した。冒険者ランクも飾りではない。自分とユーラにはそのくらいの差がある。それを装備の差で補っているだけだ。常に彼女の繰り出す攻撃の一つひとつを見て動きを勉強していった。
フィールドが狭い事もあって程なく25階層への階段へとたどり着く。
「早い事行こう。決意が鈍る」
「ああ、行こう」
2人は階段を昇り、25階層へと足を踏み入れた。
「てっきりワープポイントが基点でフィールドの構造が変わるのかと思ったけど、ここも一緒だね」
「まだダンジョンのことで分かっていることは多くない。各国が研究に邁進している。それに期待だな。もしくは自分達で研究するか」
「ダンジョンマスターになるのも悪くないかもね」
フィールドの構造そのものは同じだったが、地面の起伏が少なくなっていき、アランにとって徐々に戦いやすい状況になって来た。
「ユーラ、交代しよう」
「ああ、頼む。剣と魔法を使うバランスに気をつけろ」
アランが先頭に立つ。以前の彼であれば大剣に頼り大雑把な戦い方になりがちであったが、今はそれが随分と改善されていた。魔物も強くなってはいたが、それ以上に2人も成長しているので、今の所は致命的な危ない場面にまで至ることはまだなかった。
大型のトカゲを炎弾で灰にする。ここでふとアランが呟いた。
「さっきのトカゲ、ペットでにできれば良かったのに......」
「あはは......土地だけでも今から用意しておこうか?」
「気持ちは嬉しいけど、飼う能力がないのに土地だけあってもね」
「家畜くらいならすぐに用意できるが、それではダメなのか?」
「ダメ!僕は魔物を飼い慣らしたいの!」
「全く......困った奴だな」
半ば呆れながらもユーラはアランの願いをどうにか叶えてやれないだろうかと思考を巡らせる。
「確か、私の知り合いにテイムの魔法を知っている者がいたような気が」
「本当に!?紹介して!!!!」
「どんだけ食いつくんだよ!!」
無駄話をしているうちに階段を見つけ26階層へと突入した。敵の種類、強さ、動きはそれほど変わらず、2人の魔物退治ももはやルーチンワークとなっていた。
「これってどこの階層からか急に敵が強くなるパターンじゃないの?」
「十分にありえるな。大丈夫だ。アランが窮地に陥る前に私が助ける」
「その気持ちはありがたいけど、できれば男の僕が言いたい台詞なんだよね」
相変わらず無駄話をしながら、ダンジョン行進は続く。
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