第20話
2人は昼食を終え、再び行進を始める。満腹になりエネルギーを得た2人は行進ペースを速める。
「まずは700歩北東に直進しよう」
アランの指示通りにユーラも後に続く。今の所2人は襲いかかってくる魔物を完全に返り討ちにしており、かすり傷ひとつ負っておらず、ユーラの治癒魔法の出番もまだなかった。
「次は北西に障害物を避けながら約900歩」
道案内を続けるアランであったが、ひとつの疑問が頭をよぎる。
「ユーラ、気のせいじゃないと思うんだけど、階層が上がる度に少しずつフィールド全体が広くなっていない?」
「私もそう感じていた。攻略難易度の上昇は魔物の強化だけではないとうことだな」
地中から現れたコボルトリーダーを炎弾で消し炭にし、取り巻きもユーラが一撃で仕留めていく。アランも炎の矢で援護した。
「あと200歩東で次の階段だよ」
アランは訓練の一環で大剣の使用を極力控えているので、通常よりも神経の消耗が激しかった。その様子にユーラが気づく。
「アラン、大丈夫か?訓練のせいで疲れているなら、通常の戦い方に戻しても構わないぞ」
「いや、大丈夫。しんどい時に使えてこその戦術だからね。本当に無理になる前には元に戻すから」
やがて次層への階段が見えた。2人は16層へ入る。
この階層はやたらとリトルドラゴンが多かった。アランが大剣を持ち薙ぎ払っていく。時折ドラゴンが炎を放ってきたが、より練度の高い炎壁を展開し防御した。炎を得意とする魔物に攻撃されるのは面倒と考えたアランはより探知魔法の操作に集中し、先手必勝で全てのドラゴンを撃破していった。
「ドラゴンとかペットに出来れば良いんだけどなあ」
「ペットという可愛いものではないと思うが。仲間にしたいならいずれテイムの魔法を勉強することだな」
「魔物を仲間にするにはテイムの魔法で説得するのが唯一の方法なの?」
「いや、ごく稀だが他にも例外がある。対象とする魔物に自分の強さを認められたり、守護者から授けらたりといったこともある」
「つまり、もっと強くなってテイムの魔法を習得すればいいってことだね」
「それで合っているはずだ。私もまだテイムしたことはないから絶対とは言えないが」
やがてドラゴン密集地帯を抜け、次の階段が視界に入る。2人は油断せずに行進スピードを上げていく。途中にゴブリンとコボルト10匹ほどが立ち塞がったが、アランが改良した広範囲に爆発する炎弾を使い全滅させた。
17階層に突入したところでユーラが話しかける。
「アラン、今日はここで野宿にしないか?もう日も暮れてきたし、大分戦闘して疲れも出てきている」
「......そうだね。本心はもうちょっと行きたいところだけど、ユーラが正しいと思う。ここで休もう」
2人は階段付近に少しだけある丘陵地帯にキャンプを設営した。
「こういう野宿の時の夕食って......」
「今回はクラッシュボアの干し肉だ。簡素だが栄養価が高い。それとさっき小川で汲んでいた水。それだけだ」
「僕のアイテムボックスを使えば料理ごと持っていけたような気もするけど」
「アランのアイテムボックスは上限があるからな。野宿装備に食料まではさすがに入らないさ」
2人は雑談をしながら干し肉と水を用意した。アランがどういう気を回したのか音頭をとる。
「それでは、僕たちの初めての野宿に、乾杯」
「ああ、乾杯」
2人が水の入った陶器のコップを軽くコツンと当てた。
2人はテントの横で小さな焚き火を起こし、体を汚さないために地面に布を敷いて座った。
「意外に美味しいなこれ」
「こういう食事に慣れてもらわないと冒険者として苦労するからな」
「もしくは無制限のアイテムボックスを手に入れるか」
「そんな国宝レベルの品をどうやって手に入れるかが問題だが」
「でもさ、夢を目指すのなら高いほうが良くない?」
「それは分かるだ。その夢に到達するためには地道な一歩が大切だ」
「肝に銘じます......」
アランはすでにジャーキーを食べ終え、ゆっくりと水を飲んでいた。ユーラの方はまだ口をもぐもぐさせている。
「食べ終わったら寝ようか。どっちが先にする?」
「アランは早起きのタイプか?」
「うーん、普段は太陽の光で目覚める感じかな」
「それなら、先に見張りを頼めるか?そうすれば日の出までぐっすり眠れるぞ」
「うん、わかった」
「見張り以外の余計なことはしないように。いいな?」
「何のことを言っているのかさっぱり分かりませんが、分かりました」
アランが物凄い勢いで首を上下に振る。
「それでは、お腹も一杯になって眠気もやってきたことだし、先に眠らせてもらうぞ。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
アランは見張りをしている間、静かに焚き火の炎を見て時間を過ごしていた。なぜかは分からない。だが炎を見ていると落ち着く自分がいた。リラックスしてはいても周囲の警戒は怠らない。しかもアランの場合は探知魔法があるので敵がきてもすぐに気付けるために距離の面でアドバンテージがある。
体感時間にして30分ほどに一度くらいだろうか、敵の反応があった。近づいてこなければ放っておく。下手に攻撃してこちらの位置がばれるのもまずい。一定の距離まで近づいた敵だけを炎の矢を使い静かに倒す。近づいてきた敵といっても、その距離は500歩以上は離れている。それだけ遠距離から攻撃していればこちらの位置がバレる危険性も低いだろう。
そうして静かに時間が過ぎていき、やがてテントからユーラが出てきた。見るからにまぶたが重そうだったので、アランが少し心配した。
「アラン、交代だ」
「えっでもユーラ明らかにまだ眠そうだよ?僕はまだ大丈夫だけど」
「いや、大丈夫だ。寝起きが悪いだけだから」
「そっか。それなら後をお願い。時々魔物の反応があったから気をつけてね」
「分かった、ありがとう。おやすみ」
そういってユーラに手を振りテントの中に入る。ここで問題が発生した。寝袋が1枚しかない。慌ててテントから出てユーラに尋ねる。
「あの、ユーラ?寝袋が1組しかなかったんだけど」
「ん?まだ起きてたのか。寝袋は2人で一緒に使えばいいだろ。ほんの少しでも荷物を軽くするためだ」
そういう問題ではない気がするとは口に出さず、さらに尋ねる。
「いや、だって僕たち男と女だよ?」
「なんだ?私のことを異性として意識してくれているのか?照れるぞ?」
ここで否定しても良いことにはならない。アランは何とかしてごまかすことにした。
「まあ、確かに荷物を軽くするってのには同意する。それに1組だけでも何の不便もないし」
「そうだろ?納得したら早く寝るんだ。今度こそおやすみ」
ユーラに強引にテントの中に押し込まれ、仕方なく寝袋に包まる。まだユーラの体温が残っていて、アランは全く落ち着けなかったが、ここで寝なければ冒険に支障が出るので無理やり目を閉じて朝が来るのを待った。
狙い通り。まさか自分がこんな大胆なことをしてしまうとは。ユーラは恥ずかしさと嬉しさで自分で自分の体を抱いていた。荷物を少しでも軽くするというのは苦しい言い訳だったが、無理やり納得させた。なにより感激したのは、さっきの反応を見るにユーラのことを異性として意識していることが明白なことだった。熱いのは頭なのか、それとも心なのか。ユーラは索敵を疎かにせずにはいたが一定の時間ごとにアランがいるテントを振り返った。それだけでこころが満たされた。
気怠さの中で徐々にまぶたが開いた。目を開けて見える景色が違うことに少しの間混乱するが、ダンジョン内で野宿したのだと思い出すと安堵した。アラン自身は大げさだと思ったが、ダンジョンで就寝しても自分の命がまだあることはかけがえのないことに思えた。
「おはようアラン」
「おはよう。おかげでよく眠れたよ」
「それはなによりだ。完全に目が覚めたら朝食にしないか?」
「そうだね。というか、朝食って何?」
「昨日のジャーキーを入れたスープだ」
「ダンジョン内の食事にしては悪くないんだろうね」
「アランも少しずつ分かってきたな」
昨日の焚き火跡でもう一度薪をくべ火を付ける。その上にいつの間にかユーラが準備したのだろう吊り下げ式の道具に鍋が吊られていた。すでに食材は中に入れられていて、すこし時間がたつとコツコツとスープの音がした。
「同じものを食べてるのに料理する方法が違うとまた味も違うような気がする」
「そうだな。アランがいつか高品質なアイテムボックスを手に入れることを期待しよう」
「それは割と本気で狙ってる」
やがて朝食が食べ終わると、再び行進の準備に入る。ほとんどはユーラが事を進めてしまい、アランは慣れていないこともあってユーラから指示をもらい手伝いをするにとどまった。
準備も終わり行進を始めた時、探知魔法を発動させたアランが渋い顔をした。
「今回は遠いなあ。一直線だけど約2500歩の距離だよ」
「まあ、私達なら普段から鍛えているからこのくらいは大丈夫だろう」
そうだね、と同意をしたアランだったが、今日の行進を始めてから怪訝そうな顔を崩さない。その様子にユーラが気づいた。
「アラン、どうした?」
「僕たちってさ、こうやって和気あいあいとお話しながら片手間みたいに襲ってくる魔物を倒してるよね。これ結構傍から見てると危ない人だよね?」
「それを言ってしまえば、冒険者なんて危ない人の集まりだ」
「それを聞いて一瞬で悩みが解決したよ」
17階層は巨大な蛇のような形をしたワームと呼ばれる魔物がたくさん生息していた。もっともまだ戦闘力は低く、遭遇してしまっても逃げ切れるか急所を一撃で仕留めることが出来たので見た目ほどの驚異はなかった。そして何事もなく
18階層への階段へとたどり着く。
「大丈夫だとは思うが、ほんの少しだけ休憩しよう」
「そうだね。20階層まであと少しだけど、油断して死んでしまったら意味ないからね」
そう言い2人は装備と荷物を地面に下ろした。
「今日中に20階層までは行けそうだね。」
「ああ。それは大丈夫だろう。かなりのスピードで行進できている」
「このまま20階層まで順調に行ければ良いね」
次のワープポイントまであと3階層となった。




