第19話
翌朝、いつものように日の出とともに起床したアランは、朝食を誘いに隣のユーラとシノがいる部屋へと向かい、扉をノックした。だがいつまで経っても返事がないので、仕方なく1階へと移動し、1人で食事をとった。
丁度食事を食べ終えた頃、宿の入口からユーラとシノが入ってきた。ユーラは背中に掛けた大型のリュックサックに荷物をパンパンに積み込んでいた。
「ユーラ、おはよう。あの、その荷物は?」
「アランおはよう。この中には野宿用の装備が入っている。いくつかアランのアイテムボックスに入れてくれないか?」
「うん、ここだと邪魔になるから端の方でやろう」
ユーラがリュックサックから次々と荷物を取り出し、アランのアイテムボックスに詰めていく。その様子は息の合った夫婦のようにも見える。やがてボックスの限界まで荷物を入れると、リュックの重さは随分と軽くなった。
「ユーラ、この荷物は何?」
「さっきも言ったが、野宿用の装備だ。10階層を1日で突破できないかもしれないだろ?というかまず無理だ。それだったら野宿できる体制を整えてじっくり攻略したほうが安全だ」
「......ごめん、完全に考えてなかった」
「ああ、分かってた」
アランがやってしまったという様子で頭を掻いた。
「え?ということは、ユーラと同じ場所で一緒に寝るってこと?」
それを聞いたユーラがからかうような笑みを浮かべた。
「何だ?アランは私と一緒に寝るのが不満なのか?」
「いや、そういう事じゃなくて!」
「残念だったな。2人一緒に寝てしまうと見張りがいなくなるから、最低でもどちらかが起きていないと。アラン残念だったな」
ユーラのからかいにシノも乗っかった。
「アラン様、もしユーラ様に何か手を出されたら、お覚悟のほどを」
「シノさん!?そんなことしませんよ!」
「まあこうやって戯れてるのもいいが、そろそろ出発しよう」
話を前に進めたユーラにアランがここぞとばかりに同意した。
「そうそう、早く行こう!」
「くれぐれもお気をつけて。いってらっしゃいませ」
「確かに、熱帯雨林だね。水には不足しないけど、こんどはジメジメしてる......」
「文句を言うな。冒険とはもともとそういうものだ」
「ユーラは逞しいね」
2人は10階層のワープポイントから階段を昇り、11階層へ一歩を踏み出した。視界はあまり良くない。熱帯性の木々が辺り一面を覆うように生えており、2人はその中を縫うようにして進んでいく。
「これは面倒くさいな」
思わずユーラがぼやく。その悩みを何とか解消しようとアランが提案する。
「僕が剣で切り倒していこうか?」
「なんとも無茶な......でも、一度やってみてくれ」
アランが大剣を構え、振り抜く。すると剣筋上にある木々が見事に幹をズラシ倒れていく。その後も大剣を振り続け進路を確保していく。その様子を見てユーラが苦い笑顔を浮かべた。
「非常に助かるんだが、これではアランの体力消耗が激しいな。それに環境破壊になってしまう」
「一応魔力探知を使って最小限度の範囲内のやつだけを切り倒してるけど。体力もそれほど減ってないよ」
「......それならいいんだが、無理はしないでくれ」
この方法のもう1つのメリットは、常に大剣を振り回しているおかげで進路上に魔物がいた場合、まとめて始末することができるという点だった。だがアランはひとつ疑問に感じていたことをユーラに尋ねる。
「ふと思ったけど、敵弱くない?」
「今の所出てきてるのは私達くらいの大きさの猿や定番のゴブリン、コボルト、その上位種だけだ。なによりアランが片っ端から進路上を切り刻んでいるから出てきた拍子にすぐやられてしまっているのだろう。あとは、この前の強力な魔物を倒したことで感覚が麻痺しているのかもしれない」
「確かにそうかもしれない。というかあと140歩でもう次への階段だよ」
こうして難なく11階層を突破した。
「今度はそれほどジャングルではないが、敵の数が多いな」
「まあ、やることはほとんど変わらないけどね」
喋りながらも大剣を振り回し、魔物を切り倒していいく。
「ほとんどアランが仕留めているではないか。私の出番がない」
「ユーラは強敵が出てきた時の切り札なんだから、これでいいのさ」
「そ、そうなのか?」
アランの言葉にユーラがにやにやと表情を崩す。
「そうそう。頼りにしてるよ」
11階層になっても2人はまだまだ苦戦せず敵を圧倒していた。アランの魔力探知で敵の位置が事前に分かる上に、負けじと魔物を倒し始めたことで、行進のペースはさらに上がっていた。
12層へ上がったところで、少し変化があった。魔物の動きが変化していた。1体でいることは少なく、複数でいることがほとんどで、しかも組織的な動きでアラン達に攻撃を仕掛けてくる。
「少しずつ強くなってきてるね」
「ああ。だが油断しなければ大丈夫だ。油断しなければ」
「どうして2回同じこと言ったの?」
「アランの場合それが一番心配だからだ」
ふと思い出したかのようにユーラが声を掛ける。
「そうだアラン。今のうちに魔法の実践的な訓練でもしたらどうだ?このままだと大剣が使えない状況に陥った時に困ることになるかもしれないぞ」
「確かに、そうだね」
「それでは、今から大剣を使うのは禁止。魔法だけで突破していくんだ」
「......良い訓練になりそうだ」
アランの魔法の技量はちぐはぐなものだった。威力、命中精度は群を抜いて優れているのにも関わらず、威力の調節がまるで出来ていなかった。よって、敵を葬ることはできても幾度となく大地が揺れ、小さなクレーターが地面にできていた。
そんな状況を見ていたユーラが呆れながら声をかける。
「ファイアーボール一発でどうしてそんな威力を出せるのだ?......」
「これでも抑えようとしている方なんですけど」
「アランは魔力の貯蔵量が尋常ではないのだろうな。だが、この調子ではいつか魔力切れを起こすぞ」
「でも、少しずつ加減は出来てきてる。ほんの少しずつだけど」
もうひとつ。魔法を使った立ち回りがまだ上手くなかった。間合いの感覚がいまいち掴めず、接近されることもたびたびあった。その度にユーラが助けに入り、援護した。
「魔法剣士っていうのは器用なことしてたんだなってしみじみ思うよ」
「弱いやつだと器用貧乏になるからな。アランには是非とも高いレベルで万能な魔法剣士を目指してもらいたい」
「なんで言い方が教官風なのさ」
笑いながらアランが問うと、ユーラもつられて笑った。
13階層に突入した。出てくる魔物はほとんどが先程から一緒だったが、アランの背丈ほどの大きさがあるトカゲも出現するようになっていた。
「こいつ、名前は何て言うのかな?」
「確か、リトルドラゴンだったはずだ」
「この大きさでリトルなの?」
「ドラゴン族で一番小さいからリトルって名付けられたのだろうな」
「......さすが万物の霊長ってことか」
ドラゴン相手には炎の魔法は基本的に相性が悪いので、大剣で対処した。それ以外の敵には主に炎弾を用いて殲滅していった。次層への階段を目指している途中で小川を発見したので小休憩となった。
アランが小川の水をすくってじゃぶじゃぶと顔を洗った。
「この水随分と綺麗だね」
「だな。飲んでみたが美味しいぞ」
「本当ならここで昼ごはんにしたいけど」
「それにはまだ早いな。よし、行こう」
再び2人は行進を始め、15分ほどで次層への階段を見つけた。
14層に入ったが、特に敵の強さが変わったような様子はなかった。厳密には強くなっているのかもしれないが、2人が戦闘慣れしていることもあって、まだまだ実力面では余裕だった。
アランは魔法の使い方の訓練に力を入れていた。炎を弾にして飛ばすだけでなく、分厚い鎧をまとったオークには弓矢の形にして発射をしてみたりと、試行錯誤をしていた。
ふとアランが気になっていたことをユーラに尋ねる。
「思ったんだけどさ、ダンジョン内のフィールドでの日の出、日の入りってどうなってるの?」
「基本的には外の世界と連動しているらしい。ということは今はまだ昼前ということになる」
「かなり順調に進んでるね」
「そうだな。今の所戦闘というよりは程よい運動のようになってしまっているが」
勿論敵がいないというわけではない。探知魔法を使って最短距離以外の場所にいる敵は回避し、進路上にいる敵もほとんどは2人が先に気づくので先制ができるので一方的に攻撃ができ、危ない場面は今の所なかった。
「10階層の巨大な魔物の苦労は一体何だったのか」
「私達がダンジョンに慣れてきているのもあるかもしれないぞ」
「確かに、余裕とは言わないけど順調に進めてるね。50歩先にコボルトの上位種7匹くらいいる」
話をしながらでも手は止めない。進路上に出てくる敵をアランの魔法とユーラの剣術で次々と圧倒していく。
「僕ら以外の冒険者はどうやって階段の位置とか見つけてるのかな」
「一般的には商人からダンジョンの地図を買うのが早いだろう。だが嘘が書いてあることもあるし、ダンジョンも構造が変化することもあるから、確実ではない。だからアランの探知魔法は反則といっていいくらい効率的だ」
そんなことを言っている間に次層への階段が見つかり、2人は15層に入った。この階層もジャングルが殆どを占めていたが、一部開けた平原があったので、そこで昼休憩を取ることになった。
アランがアイテムボックスから昼食の入ったバケットを取り出す。中には色々な具材を挟んだサンドイッチが入っていた。
「どれも美味しそう」
「そうか?私が作ったのだ」
「ユーラが?ユーラって料理もできるの?」
「ああ。冒険者志望だったから、料理もできないとな」
「耳が痛いな......」
「アランも料理を覚えたければ協力するぞ?」
「そうだね。ダンジョンの件が片付いたらお世話になるかも」
アランはサンドイッチを掴み、豪快にかぶりつく。
「これは美味しい!!」
「アランって本当に時々子供っぽく見えるな」
ユーラがまるで母親のような目線でアランを見つめる。
「美味しいものに美味しいって言ってなにが悪い!」
「急にどうした」
アランの突然の宣言にユーラが声を出して笑った。こうして昼食の時間は有意義に過ぎていった。




