第15話
昨日ユーラと話せたおかげか、アランはぐっすりと眠ることができた。窓から日の出を見る時に自分自身で精神的な調子が回復しているか心配したが、実際心持ちは昨日から比べてかなり回復した。
ドアから勢いよくノックの音が響いたのはその時だった。
「アーラーン!朝だぞ、起きてるか?」
「う、うん!起きてる!」
アランは慌てて服を着て支度をする。
部屋を出るとユーラはすでに戦闘用の服装に着替えていた。アランの場合は普段の服にベルファとの武器屋で買ったローブを羽織るだけなので、あまり面倒なことはなかった。
「アラン、朝食にしよう。食べないと力が出ないからな」
「そうしたいけど、どこで食べる?宿の食事にする?」
「それでもいいが、昨日の酒場に行こう」
「ええ!?昨日の今日で??」
「こういうのは早いほうが良いんだよ。さあ行こう」
ユーラはアランの手を取って強引に引っ張っていった。
「ガッハッハ、気にすんな。あれはどう見ても向こうが悪い」
酒場の店主は見た目とは真逆に心の広い人物だった。アランが激怒したことももはや忘れているのではと思ってしまうほど豪快に笑った。
「それに、修繕費はもうそこの嬢ちゃんからもらってっから、怒る理由なんてもうないのさ」
寝耳に水だったアランはユーラに目線で尋ねた。
「そんなに大した金額じゃなかったからな。気にするな」
「そういう問題じゃないよ。僕がしたことだから、少しずつ返していくよ」
「気にしなくて良いと言っているのに......でもアランがそう言うなら。ゆっくり返してくれればいいぞ」
面倒な話を片付けた2人は店主の作ってくれた朝食に舌鼓を打ち、英気を養った。やはり気になることは先に片付けるに限るとアランは提案してくれたユーラに感謝した。
朝食を食べた2人はその足でダンジョンへと向かう。
「アラン、今日はどこまで潜るのだ?」
「うーん、そうだね。次のワープポイントは何階にあるの?」
「冒険者から買った情報では、次は10階層にあるらしい」
「そうなんだ。って情報買ったの??お金いくら?」
「これは本当に気にしなくて良い。些細な額だからな」
そう言われても自分のためにユーラ1人が出費するのは、やはり気が引けた。
「......分かった、ありがとう。じゃあ今日は10階層まで目指そう。ユーラもそれで良い?」
「ああ。それでいこう」
2人はあっという間にダンジョンの入口に着いた。山の見える方へいけば自然とダンジョンへと近づくので、迷いようがなかった。
「今日は何か収穫あるといいね」
「そうだな。アランには修繕費を払ってもらわないといけないからな」
「あはは......」
「冗談だ。さあ行こう」
2人はダンジョンのワープポイントを使い、4階層へ転移した。
転移を終えると、早速階段を昇り、5階層目に突入した。
「ワープポイントがあったということは、ここからは敵が強くなるのかな?」
「恐らくそうだろう。気を引き締めていこう」
言っている側からハイゴブリンが6匹、曲がり角の死角から襲いかかってきた。だが慌てず、冷静に対処する。
「4体こっちで受け持つ。2体はお願い」
「分かった」
アランは敵を薙ぎ払うタイプの戦い方だった。大剣のリーチを存分に使い敵を圧倒していく。日頃の訓練の成果か、比較的狭い場所でも大剣の扱いに困ることは少なくなった。器用に手を降り立たみ振り抜いていく。
対してユーラは敵の急所をピンポイントで突いていく戦い方で、自身の体力消耗を最小限に抑えながら的確に1体ずつ相手を葬っていく。
ものの数分で6体いたハイゴブリンは全滅した。
「よし、次行こう」
「アラン、元気だな。突撃しすぎるなよ」
アランが魔力探知を使い迷路を進んでいく。だが5階層から魔物の数が多くなってきた。倒したと思ったらすぐに次の敵が来る。
「1体の強さはそうでもないけど、数が多いね」
「ああ。偶然密集していたのかダンジョンのレベルが上ったからなのか、どっちなんだろうな」
「でもまだ対処できる」
魔物の種類は変わっていなかった。ゴブリン、それに上位種のハイゴブリンアランがまだ名前を知らない大きな蜂型の虫モンスター。数が増えても2人は慌てず的確に仕留めていく。
恐らく30体くらいだろうか。魔物を倒しきった時、2人は少し息が上がっていた。
「ユーラ、次からは魔法を使うよ」
「ああ、是非頼む。何度もこの数で来られたらキリがない」
「あと40歩で二手の道を左に曲がるよ」
アランのアドバイスで階段には確実に近づいている。どうやら先程の大量の魔物は偶然その場に溜まったものらしく、それ以降数十体で襲いかかってくることはなかった。
左に曲がり道を進む。徐々に通路が狭くなってきた。
「ところでアラン、なぜお前はあまり魔法を使わないんだ?」
「うーん、単純に使う機会がなかったというか。もちろん普段から練習はしてるんだけど、先に剣で攻撃する癖があるのかもしれない」
「せっかく使えるのにもったいないぞ。剣技と魔法を応用できれば戦術の幅が広がる。ほら、ちょうどいい練習になる的があるじゃないか。通路も狭くなってきたし」
前方を見ると通常種のオークが2体たむろしていた。アランは体内で魔力を循環させ、炎弾を放った。炎弾は1体に直撃し体を跡形もなく消し炭にした後、もう1体のオークも衝撃波で壁に吹き飛ばされた際にめりこんで首の骨を折っていた。
「威力が強すぎるな」
「うーん、加減を調節するのが難しいんだよ。あと42歩ほど歩いて分岐を右にいくと次の階層に着く」
そこからは魔物と鉢合わせすることなく、6階層への階段を登る。
「突然太陽と大空があるマップに出たね」
「だな。階層によって完全にランダムらしい。この様子からすると砂漠か」
見るだけで蒸発してしまいそうな熱気が漂ってくる。足元から擬似的な地平線まで砂が地面を覆っていた。その様子は幻想的であった。
出現する魔物も砂漠の生態系に適応した物ばかりとなった。人の背丈ほどもあるサソリや、一口で丸呑みにされそうなトカゲなどだ。
「なんですかこれは......」
「これはワームだろうな。これほど大きいものを私は知らないが」
「まだ気づかれていないようだし、このまま避けよう」
気づかれていない、もしくは足が遅い魔物は事前に回避し、体力の消耗を避ける。
「南東の方へ800歩ほどで階段がある。意外と近いね」
「だな。本来なら方向感覚が麻痺してどこへ行けばいいか分からなくなるのだろうな」
2人が階段への最短距離を目指す。すると突然、砂の下から魔物が飛び出してきた。
「うお!?」
「アラン下がれ!」
咄嗟に飛び退いたため一撃は回避できた。
「砂の下に潜っていたから探知にも反応がなかった。砂漠だと、こういうこともある訳だね」
「なにしれっと言っているんだ、今のは危なかったぞ」
アランが大剣で不意打ちを仕掛けてきた馬鹿でかいワームを両断した。
「ユーラ、このワーム、結構大きい魔石出したよ」
「本当だな。それに綺麗だ。どうする?」
「この魔石は取っておくよ」
そこから特に魔物に襲われることもなく、次層への階段にたどり着く。
「どうか次は、冒険しやすい階層でありますように」
アランの願いも虚しく、7層も砂漠の階層だった。
「この様子だとしばらく砂漠が続きそうだな」
「......そうみたいだね。暑いよー」
「そんなローブを羽織っていればそれは暑いだろうな」
「戦闘用の唯一の装備なんだ。これを外したら裸も同然になっちゃう」
それを聞いたユーラがわずかに頬を赤らめた。
「アラン......誤解を招くような発言はやめてくれ......」
7階層ではアランの魔力探知を砂に潜って回避した魔物に時折襲撃されたが、2人は連携して対処した。主に突撃をアランが担い、取りこぼした敵をユーラが叩くという戦法を取った。彼女は非常に誰かの戦闘を補助する才能に長けており、そのおかげでアランは今の所大した怪我もなく戦闘を続けることができていた。
「ユーラは凄いね。僕の抜けてるところを的確に埋めてくれる。そのおかげで自分の戦い方のどこがいけないかも勉強になる」
「ありがとう。王国の任務でも誰かを補佐する任務が多かったのが今になって活きているのだろう」
「魔石も結構集まったね。これ売れるかな?」
「ここはまだ低階層だからな。売れても値段は期待できないだろう」
「そっか、それは残念」
「そうは言いながらも顔はあまり残念そうじゃないな」
「まあね、僕冒険するの好きだから」
雑談をしながらでもアランは索敵を怠らない。戦いを最小限度で収め道を進み、8階層への階段へたどり着いた。
「次のワープポイントまであと2階層だよね?今日はそこまでで終わりにしない?」
「ああ、そうだな。ちゃんと無理はしないという約束を守ってくれてうれしいぞ」
「水筒持ってくればよかった......」
「情報収集に漏れがあったな。次からは気をつけよう」
「これ多分10階層までずっとだよね」
8階層も砂漠だった。だが砂の道に慣れてきたのか、行進するスピードは確実に上がっていた。
「南東へ800歩ほど歩いて、そこから西に300歩ほどいくのが最短ルートだよ」
「分かった、ありがとう。しかし暑いな......」
「こうなったら一気に10階層まで突破するしかなさそうだよ」
「そうだな、それでいこう」
最初は綺麗だと思えた砂漠の幻想的な風景も、もはや2人には見飽きたものとなってしまっていた。だがそのことがきっかけで行進スピードはむしろ上昇した。程よく2人の集中力が上昇し、アランの索敵も精度が上がり魔物との遭遇を極力避ける。それでも出てきた魔物は、アランの大剣であったり、あるいはユーラの細剣による一撃であっという間に葬られた。
「......これであと2階層」
「アラン、あともう少しだ」
9階層は奇跡的と言って良いのか、一度も魔物と遭遇することはなかった。ここへ来てアランの集中力が火事場の馬鹿力のように上昇し、砂の下にいた魔物までも探知できたためのこの結果だった。早速2人は10階層目への階段を昇った。
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