第14話
「おい、お前」
明らかにアラン目掛けて放たれた罵声だった。だがアランは食事を続ける。
「おい、聞こえてんのか。お前だよ、そこのクソガキ」
アランは最初から聞こえていたがあえて無視していた。
「おいクソ坊主、てめえに言ってんだよ!」
アランが食べていたステーキが丸太のような腕で払いのけられ、床にぶち撒けられた。そこまでされて初めてアランが反応した。
「僕になにか用ですか?」
アランが見上げた先には、目や鼻がどこにあるか分からないくらい顔中がヒゲで覆われたドワーフみたいな見た目をした男だった。身長がバカみたいに高いので、ドワーフみたいな見た目でも、ドワーフそのものではないのだろう。
「てめえいいご身分だな。女二人もはべらかしやがって。お前は冒険者か?」
喧嘩を売っている男は酔っているのか顔がかなり赤かった。
「はい、僕は冒険者ですが、何か?」
「ランクはいくつだ?」
「Dです」
それを聞いた男の顔がひどく歪んた笑みを浮かべる。
「けっ!!なんでてめえみたいなヒョロヒョロのガキにべっぴんな女が二人もついてるんだ?おいそこの姉ちゃんとお嬢ちゃん、こんなやろうとつるんでないで俺たちのところに来ないか?」
「彼女達は同じ冒険者で、僕とパーティーを組んでいるのでそれは無理です」
シノのことは説明しても面倒になるだけなのであえて言わなかった。
「お前みたいなうじ虫以下の弱っちい野郎よりも俺達のところへ行こうぜ?こんなのと組んでても場がしけるだけだって」
「おい」
「あん?」
髭ずらの男がもう一度アランに向きなおろうとした時、男の体が九の字に曲がり、酒場の壁をぶち抜いて通りまで吹き飛んだ。
その場にいた全ての人が自体を把握するまでに相応の時間を要した。そんな中アランだけが吹き飛んだ男の元へ向かう。男の腹に蹴りを入れ、外まで吹き飛ばしたのだ。
アランが出来上がったばかりの穴を通り男のもとに向かう。男は普段の生活をしていた市民達の目の前に壮絶な登場の仕方をしたので、すでに野次馬ができていた。
「なかなか頑丈だな、デブ野郎」
アランが男に声を掛ける。男は全身血まみれだったが、奇跡的と言って良いのかそれでもなんとかよろよろと立ち上がった。亀が歩くよりもゆっくりと。
「て、てめえ何、者だ......?」
「冒険者なりたてのクソガキだ。お前がそう言ったんだが?」
アランが所々ちぎれた服の胸ぐらを掴む。
「動くな!!」
パンチを男に浴びせようとした時、後ろから声がした。だがアランはそのまま拳を下ろそうとする。
「アラン、待つんだ!」
その時ユーラとシノがありったけの声で叫んだ。アランの手が止まり、その間に2人が彼のもとにたどり着いた。
「これ以上は駄目だ!周りを見てみろ」
「......」
ユーラはアランを何とか説得しようとした。それは純粋に彼のことが心配だったからだが、それ以上に得体の知れない恐怖が心の中を渦巻いていた。
声が届いたのだろう、アランが男から手を話し、握った拳を下ろした。それをみたほんの少し安心したユーラが駆けつけた兵士に事情を説明する。
「私はベルファト領主デュークの娘ユーラ。騒がせてしまってすまない。この倒れてる男は酒場で飲んでいた私達に突然突っかかってきたのだ。それをアランが撃退したのだが、少々やりすぎてしまった。申し訳ない」
それを聞いた兵士は武器を下ろした。立場のあるユーラが説明したことなら信用に足ると判断したのかもしれない。とその時、聞き覚えのある声が耳に届いた。
「誰の仕業かと思えば、アラン君、君だったのか」
そこにいたのは、以前賊を捉え引き渡した時に担当してくれた兵士だった。
「えっと、この前会ったことは覚えているんですが......」
「テイロンだ。大体の事情は分かったが、それで良しとはいかない。ついてきてくれ」
「アラン君、いくら相手に過失があったとしてもね、限度ってものがあるよ」
「はい......すみませんでした」
前にも来た詰め所で、アランがテイロンにこってりと絞られていた。側には心配そうに見守るユーラと静かに目を閉じて説教が終わるのを待っているシノがいた。
「それでね、酒場の主人も酔った客が君たちにちょっかいかけた所を見てたんだ。だから今回のことは問題にするつもりはないってことだ。ただ、空いた壁の修繕費だけは出して欲しいってことなんだが」
アランが口を開こうとした時、ユーラが割って入った。
「それは大丈夫だ。私が出そう」
「え?ユーラ、僕がしでかしたことだから」
「とにかく今はいい」
それを見ていたテイロンが話を戻す。
「修繕費を出してくれるなら、もう何も言うことはないそうだよ。あと、気にせずぜひこれからも来てくれって言ってよ」
「ありがとうございます。今後は十分に気をつけますので」
アランと付き添いの2人はこうして詰め所を後にした。だがユーラの表情は冴えない。
「アラン、宿で少し話せるか?」
「......うん」
「分かった。アランの部屋に行くよ。シノ、少しの間2人きりにしてほしい」
「かしこまりました」
アランの背中はユーラが今までに見たことないくらい小さくなっていた。彼女は怒りよりも、ただただアランを心配していた。やがて宿へたどり着くと、シノとは一旦分かれ2人はアランの部屋へ集まった。
「アラン、大丈夫か?」
「ああ。少し落ち着いた」
「それなら良かった。でも一体どうしたんだ??」
「ごめん。昔からなんだ。我慢の限界を超えると、周りが見えなくなる」
「そうなのか。でもほんとに驚いたぞ。アランがあんなに怒るなんて」
「今日のは本当にやりすぎた。これからは何とか抑えないと」
「そうだな。今日のことに関して言えば、私達は気にしないぞ。私達だけがアランのことを知っていれば十分だからな」
「......ありがとう」
大分落ち着いたアランを見てようやくユーラも安心できた。
「アラン、これからはどうする?」
「そうだね。悪いんだけど、今日だけは1人にしてもらえないかな」
「......そうか、分かった。アラン、今日のことは気にするな。もう終わったことだ」
「うん、ありがとう」
ユーラは部屋を出ていく時、扉の前で一度アランの方を振り返った。彼はどこか思いつめた様子だったが、そっとしておいて欲しいと言われてしまえば今はその通りにするしかない。
アランはユーラが出ていくと、溜まっていた疲れが一気に押し寄せ、まだ夕方前にも関わらずベッドに倒れ込んだ。
見渡す限りの白だった。頭上からは吹雪が顔に乱暴に降りかかり、痛覚を刺激する。視線を上に向けると、どこまでも上に続く頂きが見えた。ここは山なのか。疑問を確かめようと、周りを見る。すると遥か下まで雪原が連なっていた。
アランの意識ははっきりしている。先程まで宿で眠っていたのではないか。それがなぜこんな所に。その疑問に答える声があった。
「確かにお前は眠っている」
声は頭の中に直接響いてきた。
「しばらく放っておいてもいいかと思っていたら、何かとやらかしてくれたようだな」
言われていることの意味が分からない。
「何のこと?」
「何のことだと?お前が私の力を悪用していることだ」
「力?」
「ああ。巨石をも投げ飛ばす怪力。お前も分かっているだろう。あれは本来人間のなせる技ではない。だがなぜお前はそれができるのか?私が守護を与えているからだ。お前が力を欲した。故に私が手を貸している」
アランは話を聞きながら、自分が夢の中で何か大いなる存在と対面しているということをようやく認識してきた。
「今お前が得ている守護の力、失うも鍛えるもお前次第。このままではお前はただの他の愚民と同じになろう。だが、心を改め、正しく力を使うならば我以外の者もお前に興味を示すかもしれん」
「あの、あなたは一体誰なんですか?」
「それは自ずと分かることだろう。お前が正しい道を歩み続ければ、いずれな」
急激に目の前が白くなってきた。吹雪が強くなってきたのだろう。それと同時に意識が現実へと戻り始める。その時、またしても言葉を聞いた。
「今度見舞うときまで、お前の成長を期待している。くれぐれも正しい道を進め」
ゆったりとした光に連れられて徐々に目が覚めてきた。天井から吊るされたランプの明かりがやさしくアランを現実へと引き戻した。
先程の夢という名のもうひとつの世界で、何か大きな存在から警告を受けた。そのことが目覚めても気がかりで、心がざわついた。誰かと話したい。ふと思った。だが窓から外を見ても完全に暗闇だけだった。
隣の部屋にはユーラがいる。だがこの時間に行っても明らかに迷惑になる。そんなことを思い、少しの時間が経った頃、ドアがノックされた。
「アラン、起きてるか?」
待ち望んでいた相手があちらから来てくれた。
「うん、起きてる。入って」
音を立てないように静かにドアを開け、ユーラが部屋へ入り、ベッドに座っているアランの横へ腰掛けた。
「気分はどうだ?」
「大分楽になった。ごめん、迷惑かけてしまって」
「迷惑だなんて思ってない。仲間だからな。シノも同じだ」
そう言って彼女は安心させるように笑う。
「でもアランも怒ったりするんだな。なんていうか、少し安心した」
「え?」
「いつも優しくて、相手のことを考えてる印象が強いから、ああいう姿を見たのは、言い方が良いのか分からないが新鮮だった」
「あはは......今後は気をつけます」
「そう気にするな。私はアランと旅をしていてとても楽しいし、充実している。君と出会えてよかった」
「ユーラ??」
アランはユーラの様子が何かいつもと違うように感じて声を掛けた。
「それで、明日はどうする?ダンジョンに潜るか?私は大丈夫だが」
「そうだね......。どうしよう。今は体を動かしていたいかな。余計なことを考えてしまいそうだから」
「そうか、なら決まりだな。ダンジョンへ行こう。それでは私は部屋に戻るよ」
「うん。ユーラ、ありがとう」
「気にするな。おやすみ」
部屋を後にしたユーラに向かってアランは言いたいことを言えなかった。もう少し側にいて欲しいと。




