第13話
2人が宿を出てまず最初に向かったのは冒険者ギルドだった。ダンジョンに入る場合は何かあったときのために事前にギルドで申請しておく必要がある。
中へ入ると、無数の視線が2人に注がれる。だがベルファトとは違い、あまり歓迎されているような雰囲気ではなかった。
中の作りはベルファトと同じだった。2人は早速受付カウンターへ向かう。
「すみません、ダンジョンに潜りたいので申請にきました」
受付に座っている女性は耳が普通の人よりも尖っていた。恐らくはエルフだろう。
「はい、冒険者カードを見せてください。2人はパーティーですか?」
「はい、太陽と月です」
女性は紙に色々と書き込んでいる。
「はい、受け付けました。ダンジョンは何があるか分かりません。お気をつけください」
「さてと、これからどうしようか」
今後のことを何も考えていなかったアランがユーラへ助けを求める。
「それでは少しだけダンジョンに潜ってみるか?」
「お?いいの?」
「入りたくて堪らないって顔してるからな。それに今の私達の服装を見ろ。完全に戦闘用の格好じゃないか。少しだけだぞ」
2人はダンジョンの入り口へ向かう。
ダンジョンの入口付近には、パーティーに入れてもらおうと売り込んでいるしている冒険者がたくさんいた。必死に自分の長所をアピールしている。
入り口は思っていた以上に広かった。屋敷の門のような入り口に入っていこうとすると、後ろから声が掛かった。
「おい、お前らみたいなガギじゃすぐにくたばるだけだ。止めとけ止めとけ」
アランの心の導火線が着火されようとするその前にユーラが反論した。
「大丈夫だ。死ぬときは迷惑のかからないように勝手に死ぬから。私達のことは放っておいてくれ」
中へ入ると、そこは洞窟のような作りになっていた。だが通路は広く、大人が3人は通れるほどだった。
「あっ、忘れてたけど、帰るときは普通に歩いて来た道を戻るのかな?」
「いや、ダンジョンには一定階層ごとに第1階層に戻れるワープエリアがある」
「なるほど。それなら安心して」
「ア・ラ・ン??」
「ごめんなさい、無理はしないです......」
出てくる敵は普段と変わらないゴブリンや虫型のモンスターばかりだった。アランが息をするようにそれらの魔物を蹴散らしていく。
「こっちが次の階層みたいだよ」
それを聞いたユーラが怪訝そうな表情を浮かべる。
「魔力探知で上の階層から来る空気の流れを調べたんだよ」
「何とも便利な技だな」
5分ほど歩くと上階への階段が現れた。
「本当にこのダンジョンは上に登るんだね......」
「だからそう言っただろ。もうこの階層に用はない。次にいくぞ」
2階層も構造は同じだった。今度はユーラも体慣らしのために魔物を倒し始める。数だけは多かったので、2人で分担して倒していった。
「何か良いお宝出るといいんだけどね」
「まだ2階層目だぞ?こんな所でそんな良いもの出ないさ」
「......そういえば、このダンジョン全部で何階層あるんだろう。調べるの忘れてた」
「アランはほんと抜けてるな」
ユーラは全く怒りもせずに言う。まだ彼女は気づいていない。アランが今まで失敗をしても、それを全く責めることなく許している自分自身に。
「ゴルサノダンジョンは今の所64階層まであるらしい」
「じゃあ今日は1つ目のワープポイントで戻ろう」
「うむ。ちゃんと言い付けを守っているようで姉さんは安心したぞ」
「誰が姉さんだよ誰が」
おおよそダンジョンに潜っているとはいえない穏やかな雰囲気を出しながら探索しているのは、間違いなくこの2人だけだった。
次の階層への階段を見つけ、3階層へと進む。
「全然敵の歯ごたえがないんだけど」
「あったら困る。今日は下見に来ただけだからな」
アランが使える魔力探知の範囲は半径1000歩以上にまで広がっていた。そのおかげで行き止まりやトラップなどを難なく回避し、最短で次の階層への階段へと進んでいく。
「お?こいつはちょっと強いんじゃないか?」
「コボルトの亜種だからな。多少は強いと思うぞ」
「そっか。それなら油断せず」
アランが一瞬の内に魔力を溜め炎弾を打つ。するとコボルトに着弾するやいやなすさまじい光が発生し、ダンジョンが地震でも起きたかのように激しく揺れた。煙が薄くなり、辺りが見えるようになってもコボルトはどこにも見当たらなかった。
「お前は加減を知らないのか......やり過ぎだ」
「あはは......気をつけます」
4階層に着いた。見える景色も変わらず、アランは探索に飽きていた。
「......うん、帰ろう」
「あんなにダンジョンに行きたがっていたのに、どうした?」
「どうせ今日は下見でしょ?面白いものは今日は見れそうにないから、さくっと帰って別の暇つぶしを考えよう」
「無茶されるよりは良い。ワープポイントは大体階段の横にある」
「よし行こう、すぐ行こう」
言うやいなやアランは小走りになってワープポイントを目指した。そして10分ほどしてポイントを見つけた時、そこに6人程の人間がいた。
「おい、お前ら、ワープポイントを使いたいのか?」
無精髭を生やして腹を膨らました中年の親父が問いかける。
「はい、今日はもう戻ります」
そう言うやいなや隣にいた痩せこけた骸骨のような男が口を開く。
「いや実はな、このポイント最近まで故障してたんだよ。何とか俺たちが直したんだけどよ、色々と大変だったんだよ」
「はあ......」
「という訳で、通行料払ってもらえるか?入り口にあるいて戻るよりは余程マシだろ?」
アランとユーラはお互いを見た。小声で話をする。
「ユーラ、どういうこと?」
「典型的な初心者狩りだな」
「物騒なこと言うけど、あいつら殺しちゃってもいいの?」
「できれば捕獲してギルドに突き出すのが最善だが、殺しても特に何か言われることはない」
太った男が我慢できなくなり怒鳴りだす。
「おいどっちなんだ?通るなら50000ベルとっとと払え」
「そんな金額払えるわけないでしょ」
「じゃあここで野たれ死ぬだけのことだ」
「言いたい放題言いますね。じゃあ僕からも。通してくれたらギルドに突き出すだけで許してあげますよ?」
「あ?何をふざけたこと言ってる?もういい、こいつら殺っちまえ」
男達が武器を構える。それを見てやれやれといった様子でアランも大剣を構える。
「どりゃあ!!」
斧を持った太った男が大ぶりな動作で振りかぶってくる。だがその攻撃が届く前にアランが大剣を男ごと巻き添えにして地面に叩きつけた。地面が大きく揺れた。突然のことに他の男達が一転して距離を取る。
大剣の打撃に巻き込まれた男は虫を潰されたように形容しがたい亡骸になっていた。
「なっ!?」
「動揺などするな、スキ以前の問題だ」
横から声がするとユーラがフェンシングのような突きで綺麗に首を跳ねる。
「どうする?まだ続ける?」
「待ってくれ!投降する!!」
残りの男達は顔面蒼白といった様子で、中には何かを漏らしている者もいた。
アランが以前アイテムボックス収納していたロープをユーラへ投げ渡し、手際よく男たちを縛っていった。
アラン達が賊を引き連れダンジョンから出てくると、警備していた衛兵が飛んできた。
「この者はワープポイントで金品を不当に徴収していました。全員の確保は難しく2人は殺害してしまいました」
ユーラが事情を説明する。
「そうでしたか。ご協力感謝申し上げます。事情をお聞きしたいので詰め所までお越しいただけますか?」
「はい、分かりました」
賊は乱暴に兵士達によって連れて行かれた。
「そうでしたか。不幸中の幸いと言いましょうか、遭遇したのがユーラ様とアラン君で良かったですね。本当の冒険初心者であれば何をされていたか分かりませんから」
詰め所を出た時はちょうど昼頃だった。シノと合流したアラン達は昼食を取るべく屋台や店を見て周っていた。
「アランは何か食べたいものはあるか?」
「肉」
「......男の子だからってのは分かるが、アランは肉ばかり食べ過ぎだ」
「バランスの良い食事は体の健康を促します。食事も冒険者にとっては立派な仕事ですよ?」
そうシノから言われれと全くその通りなので唸るしかない。
「ん?アラン、シノ。良い匂いしないか?」
「確かに、でもどこから」
3人がくるくると周りを見回すと、近くにあった木造の建物からその匂いは届いていた。近づいてみるとどうやら酒場のようだった。
「ゴルサノまで来て結局酒場......」
「でも出てくる物は違うかもしれないだろ?ここにしないか?」
「ユーラが良いならそれでいいよ」
中へ入ると、すでに大勢の客が昼間から酒を飲み賑わっていた。3人は一つだけ空いていた円形のテーブル席へと腰を下ろす。
店主が3人の前にどかどかと歩み寄り、注文を聞く。
「ビッグラビットのステーキとサラダをひとつ」
「私は野菜のシチューを頼む」
「わたくしも同じものを」
注文を聞いた店主は無表情のまま体を揺らして戻っていった。
ユーラが背筋を正したまま2人に話しを振る。
「ダンジョンに潜った初日から災難だったな」
「そうだね。反対に言えばあれくらいしか印象に残ったことなかったような」
「お二人が相応の実力を備えておられたからこそです。本来なら身ぐるみを剥がされてもおかしくはありませんでした。ユーラ様、次はわたくしもご一緒させていただけませんか?」
「大丈夫だ。アランにも無理はしないと約束させているし、私もそれなりの事は乗り越えてきた」
シノはある意味当然であろうが、ユーラのことになると途端に過保護な親のように心配した。
やがて食事が運ばれてると、アランは真っ先にステーキにがっついた。それを困った様子で苦笑いしながら2人も食事を進める。
「ここのもまあまあ美味しいね」
「アラン、思ったことをそのまま口に出すんじゃない。でも確かにベルファとの食事の方が」
「ユーラ様」
「おほん、どちらの料理も美味しいな」
3人が食事に集中していると、そこにひどく不愉快な声が響いた。
「おい、お前」




