第12話
「ゴルサノダンジョン?」
「そうだ。ベルファトから北東にゴルサノという街がある。ダンジョンができてから街が作られた、いわゆる迷宮都市だ。。比較的最近出現したダンジョンで、街もそれに合わせてある程度発展している」
「最近出現したっていつ頃なの?」
「たしか、約50年くらい前らしい」
「全然最近じゃないじゃん......」
「大自然は規模が違うからな。大規模なダンジョンは数100年、1000年経ってるダンジョンもあるくらいだ」
2人は自分たちが向かうダンジョンのことであれこれと相談していた。アランは人生でまた一度もダンジョンに行ったことがないため、ユーラの説明をわくわくして聞いていた。
「ダンジョンということは、ボスもいるんだよね?」
「あぁ、いる。だがボスを倒してもダンジョンは衰退しない。ダンジョンの核というものがあって、それを破壊しないかぎり何度でもボスは復活する。ただしボスとされる魔物は復活するたびに変わるらしいが。あと大事なのは、勝手にダンジョンの核を破壊するのは禁止されている。ダンジョンが街の収入源となっている場合もあるからだ」
ユーラが教師のような身振り手振りで説明する。
「後は実際に行ってみて勉強するのが一番だろう。よし、明日出発するぞ」
「相変わらず早いね......」
「前にもいっただろ?冒険者はきびきび動けないと駄目だって。それでは私はお父様に話をしてくる。旅に必要なものは私が私が用意するから大丈夫だとは思うが、アランもきちんと準備しておけよ?」
そう言ってユーラはギルドを後にした。アランはここの所ずっとユーラの世話になってばかりだということに気がつく。そこで今日は何かユーラが喜んでくれそうな何かをしようと思い立った。
改めてユーラのことを考えてみると、彼女のことをまだ何も知らないということにアラン自身少し呆れる思いだった。もう半年以上背中を預けあった仲だ。もっと彼女のことを気にかけなければ。そう決めた瞬間、以前ノークに言われた言葉を思い出した。
ベルファトになにかお土産屋のような店はあっただろうか。ギルドと武器屋、露店街、ベルファト城を往復するだけの日々だったアランは、まだまだこの街のことを知らずもったいないことをしていると反省した。
とりあえず商店街へ来てみたが、やはり冒険者の多い街なので、戦闘に関する品物を扱う店が多かった。それらを見ていればいいのだが今回は目的が違う。アランは商店街を端から端まで隅々まで歩いて何か珍しいものはないか探し回った。
翌朝、支度を整え南門へ行くと、予想通りユーラの馬車が停まっていた。自分が先に着いていなければと思って早く行っても常に先を越されるので、最近は半ばアランは諦めていた。
「アラン、おはよう」
「おはよう、ユーラ」
ここ半年でユーラはより大人な雰囲気が出てきた。幾多にも及ぶ戦いで精神的に成長したのが見た目に現れているのか、ただ単に成長して大人びてきているのか、どちらなのかは分からなかった。だがアランは女性はこうも変わるものなのかと驚いていたが、それを顔に出さずに朝の挨拶を交わした。
「今回は少し長旅だぞ。忘れ物はないか?」
「ああ、大丈夫。それよりも食料もそうだし何から何まで負担してもらって、本当に大丈夫なの?」
「気にするな。今までの依頼の報酬で十分に黒字だ。それに私の後ろにはお父様がいらっしゃる」
腰を手に当ててどうだと自慢する。
「それ当事者の娘が言っちゃだめでしょ」
「確かに。それでは行こうか」
「うん、行こう。シノさん、いつもお世話になります」
「とんでもございません。これが私の仕事ですので」
他愛もない話を切り上げて2人は馬車に乗り込んだ。
「ゴルサノまでは大体6日くらいだよね?」
「ああ。だがバトルバッファローの調子が良ければ、少し前に着けるかもしれん」
「あんまり無理させちゃかわいそうだよ」
普段の旅はユーラがアランに話しかけるのが普通だった。だが今回はアランの方が積極的に話しかけていた。その原因をユーラは知らないまま、とても満ち足りた気分になっていた。
「そうだ、ユーラ」
「ん?何だ?」
アランがアイテムボックスの中をごそごそと触り、少しすると何かを取り出した。
「これ、ユーラに」
「え......?」
アランが手に持っているのは、楕円形のワインレッドの宝石がはめ込まれたペンダントだった。
「いつもユーラには助けてもらってるから。だからこれは感謝の気持ち」
「......」
少しの間固まっていたユーラだったが、突如我に帰ると、嬉しさのあまり引ったくるようにペンダントをアランの手から奪い取った。
「あっ、ごめん。でも嬉しくて。ありがとう、アラン!」
「気に入ってもらえたかな......?」
「ああ勿論だ!とても綺麗だし、何よりアランが選んでくれたものだからな、大事にするよ!!」
喜びを爆発させたユーラがあっという間にネックレスを首に付けた。今まで色々な人から色々なもらってきたどんな物よりも心が籠もったこのプレゼントはユーラをいつまでも喜ばせた。
ゴルサノまでの旅は順調に進んだ。道のりは比較的平坦でバトルバッファローへの負担も少なく済んだ。ベルファトとゴルサノは大きな街ゆえ、その間を繋ぐ街道も整備され、所々に兵士の詰め所があり巡回している。よって盗賊に出会うことはなく、魔物すらも数回出たかどうかというくらいのものだった。
こうして出発してから6日の太陽が登り始めた頃、、遠くに街の外壁が見えてきた。
「やっと見えた。あれがゴルサノ?」
「そうだ。小さなゴルサノ山の周りに街が沿うように発展している。ダンジョンはあの山の中にある」
「え??ダンジョンって地下にあるものなんじゃないの?」
「それは思い込みだぞ?地下に発展していくダンジョンもあるが、今から向かうところのように山の中にできるダンジョンもある。ゴルサノダンジョンでは1階層進むごとに上に昇っていくんだ」
「世界は広いなあ」
「まだ2つか3つの街を巡ったくらいで何を言ってるんだか」
そういってユーラがくすくすと笑う。
やがて街門が見えてきた。だがその前には、順番待ちなのか、馬車や人などの行列ができていた。
「すんなり入れるわけじゃないんだね」
「まあな。ここはそれなりに有名なダンジョンだ。冒険者だけじゃなく、商人など色々な人々が街を訪れる。地道に待とう」
順番待ち列の最後尾にアラン達の馬車が着いた。
「......退屈だね」
「アランは待つのは苦手か?」
「うん。常に体を動かしていたい方だから」
「だからって今から外に出て剣を振り回さないでくれよ?」
「そんなことしないよ。一体僕を何だと思って......」
アランが思わず吹き出し、それにつられてユーラも笑った。ユーラと話していると時が過ぎるのが早い。自分の中で彼女に対する意識が少しずつ変わってきたことにアランは気づき始めていた。
やがてアラン達の馬車が街門に到着した。
「身分証の提示を願います」
アランとユーラが冒険者カードを見せる。
「シノは私の家の者です」
ユーラが告げる。それを聞いた衛兵がユーラの冒険者カードを見るやいなや慌てだした。
「これは!?ベルファト家のユーラ様でいらっしゃいますか!申し付けていただければすぐにお通しさせたいただけましたのに」
「私の家はそういうことはしないのです。貴族に対する印象もありますから」
それを聞いた衛兵が納得した表情を浮かべた。
「なるほど、さすがベルファト家のご息女でいらっしゃいますな。ご協力ありがとうございました。おい、早くユーラ様御一行をお通ししろ!」
その様子をどこか他人のことにように見ていたアランが呟く。
「ユーラってやっぱりすごいとこの人なんだね」
「一応領主の娘だからな。ってそんなことはいい。中へ入るぞ」
バトルバッファローが鼻息を吹かして馬車を街の中へと引いていく。
ゴルサノの街はベルファトほど大きくはなかったが、その代わり狭い面積に人が詰め込むように建物が隙間なく建っていた。全体的な多さではベルファトが上だが、局所的な人口密度はゴルサノが上だろう。
街道も人の流れがありその中をゆっくりと馬車が進む。
「今日はどこに泊まる?」
アランの問いかけにシノが応えた。
「実は鳥を飛ばしておいたのでもう宿は取っております。ご安心ください」
「ほんとにベルファト家の人達は物事の段取りが上手だね......」
「もっと褒めてもいいぞ?」
ユーラは当然といった様子で腕を組みうんうんと頷く。
やがて馬車が目的地に着いたらしく、一棟の建物の前で停まった。
アランが馬車から下り建物を見ると、看板に"星の頂き”と書かれていた。
「見るからに高級そうな宿なんだけど......」
「お嬢様がカビの生えたような部屋の宿に止まるわけにはいけませんので」
シノが嫌味でなく淡々と事実を述べる。
「確かに、その通りですが、宿賃はどうするんですか?」
「お二人がダンジョンでお宝や魔石を稼いできていただければ大丈夫でございます。万が一の時はベルファト家の金庫からいくらか持ってきておりますので」
「......頑張って稼ぎます」
宿内に入ると、体の大きい女性がその体らしからぬ上品な動作でさっさっと三人の前へと歩み寄った。
「ようこそ星の頂きへお越しいただきました。お部屋は1部屋がお二人様でもう1部屋がお一人様と伺っておりますがよろしいでしょうか?」
「はい。それで結構でございます。」
「それでは、お荷物をお預かり致します」
奥の方から別の従業員が何人かやってきて、せっせと荷物を受け取り運んでいく。だが女将と思わしき女性がアランの大剣を見て固まった。それに気づいたアランが速やかに声を掛ける。
「これは自分で持っていきますので大丈夫です」
「はい、ありがとうございます。その他の荷物でよろしけば、何なりと申し付けください」
「じゃあアラン、また後でな」
一旦2人と部屋の前で分かれた。中へ入ってみると、さすがは高級宿というべきか、かなり広かった。ベッドは想像以上にふかふかで心地が良かった。これではギルドの部屋に戻った時に苦労するのではないだろうか。そんなことを考えていると、扉がノックされた。
「アラン、私だ。街を見に行こう」
「......早いな」




