第8話 陸浮の祭り(後編)
クェイを食べきってから、また歩き出した。
「ねぇ、ティルアさん──」
「あの、カズト君──」
まったく、同じタイミングで話始めた。なんだか気恥ずかしくて顔が少しだけ赤くなるのが分かった。
「ティルアさんから、どうぞ」
「あのね。服を見たいの……こっちの服も興味あるから。別に、このパーカーが嫌になった訳じゃないよ……落ち着くし」
手を僕の前に伸ばしてわちゃわちゃしながらそう言った。ティルアが最後に小さく呟いた言葉は聞き取れなかった。
「分かったよ。じゃぁ、行こうよ。服を見にさ」
「うん、ところで、カズト君が言いたかったのって?」
「もう良いや。それよりも、早くしないとなくなっちゃうかも知れないよ? 今日はさ、色々安いから」
本当は、洋服とかってどうするの? 買いたいなら買うけど、と言いたかったのだが。先に言われてしまった。
洋服とかって、かなり値が張るのになぁと思いつつも服飾店に向かって歩いていく。
向かったのは、女性向けの服飾店である。やっぱり、男性向けには連れていけないし。
「いらっしゃいませぇ。ありゃ、珍しいねぇ。ソーがここに来るなんて。今日は何も壊れちゃいないよ?」
女店主が話しかけてきた。この店も、照明等を直したことのある店である。
「いや、今日は買い物にきたんだよ」
「え、女装趣味にでも目覚めたのかい? 止めといた方がいいよ? ソーには似合わ……意外と似合うかも」
店主が笑いながら手招き始めた。嫌な予感しかしない。なので、早めに誤解を解いておこう。
「違う、違う。こっちのティルアさんの服を見繕って欲しいの」
「あら、彼女?」
また間違われた。今度は少しだけなれたのか真っ赤になるスピードが遅かった。
「まだ、違います。カズト君にはお世話になってますけど!」
ティルアがそんなことを言い出した。なんか違う意味でとられそうな気がしなくもない。
「ふふ、じゃぁ。店の中を好きに見て回ってねぇ。気に入ったのがあったら言ってね。私はそこの試着室にソーと居るから~」
え、なんで? そう思って逃げ出そうと思ったが瞬時に捕まった。捕まってしまった。向こうの動きの方が速かったのだ。
「はぁい」
そんな声が聞こえたが、誰も僕を助けてくれなかった。
「前から狙ってたのよねぇ」
やばい、不穏な言葉が聞こえた。しかもなぜか試着室に入れられている。
しかも試着室に入れられたのはゴリゴリの女物の服だった。フワフワしたスカートやら、ハイソックスやら、とにかくたくさんの。
「来てごらんなさい。可愛いわよ? きっと」
やっぱりか、そんな気がしてたけど。でも、絶対に嫌だ。なんだか、負けた気がしてしまうから。
「嫌ですよっ! 着ませんからね!」
「あら、ダメなの? 初めて修理に来たときに思いっきり爆発させて十七着の売り物をダメにしたソーレイド君?」
ふぐぅ。思い出したくないことを……それは、初めて依頼があった時の事だった。緊張に緊張して、まさかの大失態をおかしたのだ。
「しかも、そのまま爆発に驚きすぎて気絶したソーレイド君は、命の恩人のお願いが聞けないの~?」
どれだけあの人は、僕に女装をさせたいんだ! でも、あの時は弁償も失敗も無かったことにしてくれたしなぁ。
「それとも、彼女に伝えた方がいい? 今までの失態を? 無理を言っているのは分かってるから、今回のお買い物割引してあげるわよ?」
「あぁ、もうっ! 着れば良いですよね? 着ればっ! 割引ちゃんとしてくださいよっ!」
「ならそう言うことにしとくわぁ~」
ニヤニヤと笑いながら店主はティルアの所へと行った。着替えようと思って試着室にもう一度入ったのだが先程まで着ていた服が消えていた。
「ちょっとっ! 服を返して!」
そんな叫びは虚空へと消えて反応はなく、僕の服はティルアと一緒に戻ってきた店主の手の中にあった。ばっちり、ティルアにも女装した僕の姿を見られた。
酷い目にあった……
「可愛かったよ? カズト君」
クスリと思い出したように笑いながらそうティルアが笑った。慰められている感じがあって、なんだかなぁ、という感じである。
もちろん、洋服代はかなり安い金額で買えた。店主からものすごい写真を録られた。なんか負けた気がする。
「どうする? その荷物、一回家に持ち帰ってからにする?」
「そうね、家に一度荷物を置いて置こうかな?」
「それなら、戻ろうか」
二人は元来た道へと戻っていく。賑やかな雰囲気の露店が立ち並ぶ通りをひたすらに真っ直ぐ進んで荷物を置いてまた出てきたのだった。
「ふぅ、着いた。どうする? また外に出る?」
「ん~、もういいかな? 疲れちゃった」
そう言うと、ティルアは椅子に座った。僕も向かいにある椅子に腰を掛ける。ずっと聞きたかったことを聞こうと思って。
「言いたくなかったらいいんだけどね、ティルアさんはどうして、落ちてきたの?」
「あぁ、その事ね。いいよ、教えてあげる。それはね──」
ティルアの話が始まった。僕はそれを静かに時折、相づちを入れながら聞くことに。