第11話 店主
「止めろと言われて、止めるやつがいるかばぁ──ぐほふぁっ!」
鈍い肉を打つ音が二度した。それと同時に僕を押さえていた足が無くなり立ち上がれるようになった。
「ソーレイドの旦那に嬢ちゃん。遅れてすまねぇ。道に迷っちまってな」
そこには、先程からティルアを探すのを手伝ってくれていた店主の姿があった。店主は羽織っていた上着をティルアに投げ掛ける。
「嬢ちゃん、夜は一人で出歩いちゃ、ダメなんだぜ? ソーレイドの旦那がいなきゃ、嬢ちゃんはどうなっていたか」
「なんだてめぇ、いきなり現れやがって! こっちはこれから、オタノシミなんだよっ!」
殴られたナイフ持ちの男が立ち上がりこっちを見る。だが店主は一瞥しただけだった。
「ソーレイドの旦那。今からちゃんと嬢ちゃんを守るんだぞ? これで最後だからな」
「分かってる」
ナイフ持ちの男が店主に向かって走っていく。月明かりにきらめくナイフは吸い込まれるように店主の腹に突き刺さる、事はなかった。
手首を瞬時に捻られ、ナイフが地面に落ちる。すぐさま、拾えないように蹴り飛ばされた。あり得ない距離を飛んで行き、回収不可能になった。
ゴギリッと固いものが折れる音がして、その激痛に耐えきれず男は気絶した。右手は見てられ無いほどに変色してしまっている。
「どちらから掛かってくる? 一斉にでもいいぞ?」
「この野郎っ!───がはっ!」
「死ねぇっ!────ぐほっ!」
右手は胸を、左手は腹を捉えていた。両腕できれいに殴り付けたのだ。片手の時の威力はそのままに。胃の内容物が出てきている。
「このまま大人しくここに顔を出さないなら、見逃すぞ? それとも、捕まるか? 暦五回分ぐらいは拘束されると思うぞ?」
大人しく逃げて行くことだろう、ギリギリ意識を保っている二人にそう言うと、僕たちのところに戻ってきた。
「二人ともっ! そこに正座だっ」
「はい……」
「え、あ、はい」
何とも言えぬ怒気に有無を言わさずその場に正座する二人。ティルアに至っては恐怖で震えている。
「何があったか、俺は知らねぇがな。喧嘩したなら、両成敗だっ! 旦那も旦那で、どうして、嬢ちゃんを直ぐに追いかけなかったっ! そもそも嬢ちゃんには教えていたのか? 嬢ちゃんはここら辺の人間じゃ、ないだろうがっ!」
ゴンと頭に拳が落ちてきた。一瞬、目の前が真っ暗になった気がするが、ものすごーく手加減してあったのか死にはしなかった。
「痛い……ズキズキする……」
「当たり前だっ。次からはどんな状況でも一人で夜出歩かないことだっ。分かったな! なら帰って寝ろっ」
「はぃいっ!」
「はい……」
こんなにも優しい店主だったのか。他人のために怒ってくれる程に。だが、とりあえずどっと疲れたので帰ってから風呂に入って寝よう。
「帰ろうか、ティルアさん」
「う。うん。そうだね、カズト君」
二人でとぼとぼと夜の大通りを歩いていった。後日聞いたのだがこの時、店主も後ろからこっそりつけてきていたみたいだ。また襲われないように。