第1話 大地の子
僕は上を見るのが好きだ。
ゆったりと流れる雲を見るのも、夜空の瞬く星を見るのが好きだ。
でも多くの人はこの考えをおかしい、と言う。罪人の住む空を見上げてどこが綺麗なのか、と。
そんな、変わった子扱いされても。僕は絶対に空を見上げるのを止めないだろう。そんな気がしているんだ。
※※※
地暦 248年 水の都 エルヴァの大通りにて
「世界は、罪人とそうでない者とで分かれた。我々、罪人ではない者はこの母なる大地に留まることに。そして──」
売れない吟遊詩人が、道の通りで話していた。その話を留まって聴く者はいない。
話している内容も、聞き飽きるほどポプュラーな内容であるし、それに話し方が下手なのだ。聞いていても感情が揺さぶられない。
「罪人は、天空へと飛ばされた。だが、卑しくも罪人は天空に地面を作り出しそこで生活を始めた。だか──」
どうして、僕が面白くもない話をどうして聞いていた理由は、買い物帰りの気まぐれである。
だが、足早に帰ることにしよう。
綺麗な夕焼けが見える。もうそろそろ夜になる。今日は雲が空にかからず、綺麗な星が見えそうだ。久しぶりに望遠鏡で眺めてみようか。
そんなことを考えながら帰っていた。
少し離れた場所にある、小さな一軒家。これが僕の家だ。ぎいっ、と軋む音と小さな鈴の音を立て扉が開いた。
「ただいま」
小さく呟いて扉を閉める。返答は返ってこない。当たり前である。だって、僕以外には誰もいないのだから。
母の顔は覚えていない。僕が産まれて、しばらくしたら亡くなったそうだ。そして、探索家だった父さんをも数年前に居なくなった。
生きているのかも知れないし、死んでいるのかも知れない。でも、確かめる術はもうない。どこにいるのかすら分からない。
だが、父さんが残した莫大な財産のお陰でなんとか生活できているので感謝はしている。
ソファーに横になって、窓から空を見上げる。誰もが口を揃えて、空を見るのはタブーだと言う。わざわざ罪人の住む場所を見なくてもいいだろう、と。
「そう言えば明日は、陸浮の日か……」
スイッチを入れたラジオから流れたニュースを聞きながら呟いた。
陸浮の日。それは、巨大な浮いている岩によって空が見えなくなる日のこと。この日には盛大な祭りが開かれるのだ。夜店やら、舞台やらでどんちゃん騒ぎをする日である。
そんなことを考えながら、ぼぅとしていたら日が暮れて星が見え始めた。今日は満月である。
月明かりで、あまり多くの星は見えないが少しだけ明るい夜空は不思議な気持ちにさせてくれる。
「そうだ。望遠鏡、用意しないと」
思い出したかのように立ち上がって二階に上がっていった。一番奥の部屋には、色々なガラクタが置いてある。そこにはうっすらと埃を被った大きな望遠鏡が置いてあった。
それ以外にも、たくさん置いてある。よく分からない鉱石や、使い方の分からない機械に古い地図やコンパス。旧式のラジオ等々。全てが父さんの残した物達である。
それを埃が服に付くのも厭わずに、屋上に運び出した。そして、軽く埃を払った後に微調整をしていく。
「陸浮の岩でも覗いてみようかな? あんまり見たことないし」
好奇心で、岩にピントを合わせてみた。するとレンズ越しに見えたのは、岩の上から人形の何かが落ちてくる様子であった。
人形なのだろうか? いや、それにしてはおかしい。だって、あの岩の上には何もないはずなのだから。
「なんだあれ? 人か?」
呟いてみると、それが一番しっくりくるように感じる。この望遠鏡では、あまり詳しくは見えなかった。
だが、人形でなかったなら後味が悪い。明日のラジオで死体発見! 等とニュースとなっていたら後悔する気がする。だから、走って落ちるであろう場所に行ってみることにした。
月明かりが辺りを照らす夜に、町中を全力で走って郊外へと向かっていく。