悪意ある寄せ書き
理央くんのいじめは学校内だけではないのです。その後は理央くんの私生活が垣間見ることができます。
1、掃除当番?
五、六時間目の授業が終わり、ホームルームを終えて放課後になると僕はすぐに寮に帰っている。
中傷する他人がいるところから少しでも早く立ち去りたいからだ。
掃除当番の時は少し憂鬱になる。
大抵の場合、他のクラスメイトは僕に掃除を押しつけて先に部活とかに行ってしまう。
さらに厄介なのが、先生がこの状況を見てなにも言わないどころか掃除を早く終わらせろだの汚いところが多いだの注文をつけてくる。
正直、僕の中で先生は味方ではない。
一度、他の生徒が先にどこかへ行ってしまうことを言ったことがある。
その時に返ってきた言葉が、
「お前がちゃんと言わないからだ」
ただそれだけだった。
無論、先生に伝えていた頃は一緒に掃除をするはずの子に僕は、
「掃除、ちゃんとして」
と言っていた。
返事はいつも同じ言葉が返ってくる。
「田村のくせになに言ってるの」
十数回このセリフを吐かれてからは、僕はなにも言わなくなった。
それをいいことに、クラスメイトは僕に掃除当番を押しつけようとする。
だから少しでも早く逃げたいのだ。
僕はクラスメイトが呼ぶのも聞かずに早々に教室を出た。
当番じゃない時の僕の態度は端から見ればかなりひどい態度かもしれない。
だが、反応すれば最後一人で説教つきの掃除当番をやらされると分かっていて、誰が彼らの呼ぶ声に反応するだろうか。
もっとも、こういう態度をとるから余計にクラスメイトから疎外されるんだけどね……。
2、悪意ある寄せ書き
学園寮は学園の敷地の外にある六階建てのやや小さめのマンションだ。
元は普通のマンションだったのを学園が買い取って改装して寮として使っているらしい。
僕の部屋は二階の、階段を上がってすぐのあたりにある。
「……またか」
僕の部屋のドアには一枚の紙が貼ってあった。
部屋の前に来て内容を確認する。
――臭い、汚い、近寄るな。えらぶってんじゃねえ。何様のつもりなんだろうね――
そこにはありとあらゆる罵詈雑言が書かれていた。
この悪意ある寄せ書きは一度だけじゃない。
一週間に一回ぐらいの頻度で僕の部屋のドアに貼り付けられている。
僕は紙を剥がし鍵を開けて自分の部屋に入る。
「……ふぅ」
何回目のため息だろう。
毎日ため息ばかり吐いているから分からない。
僕の部屋にはゲームもなければテレビ、パソコンもない。
ニュースは毎朝届く新聞で事足りるし、遊ぶ気力がないから娯楽もいらない。
それに毎日予習と復習をしていたら、後は夕ご飯を作って食べるのとお風呂に入るくらいしかやることがなくなる。
ちなみにご飯はいつも近くのスーパーマーケットで材料を買ってきて自炊している。
だからといって料理が上手かというとそうでもなく、レパートリーは肉野菜炒めとか炒飯とか焼きそばといった簡単なものしか作れない。
今日は昨日大量に作っておいた肉野菜炒めがあるから外に出なくて済む。
スーパーマーケットに行った時、クラスメイトと会うと気まずい。
なにせ掃除当番の代わりを探す声を無視してやってきているからだ。
行く時はなるべくクラスメイトが部活動をしている時間を狙う。
この時間ならせいぜいクラスメイトの親御さんあたりしかいない。
ひそひそなにか言われている時があるのは気になるが、そんなことまで気にしていたら身が持たない。
さて、今日の復習からやるとしますか。
僕は悪意ある寄せ書きをくしゃくしゃに丸めてゴミ箱へ捨てると、机に向かって勉強を始めた。
3、理央の放課後
「ふぅ……」
二時間ほどかけて今日の復習を終わらした。
この後は夕ご飯とお風呂を済ませるとしよう。
僕は肉野菜炒めを電子レンジに入れて温め、お風呂にお湯を張る準備をする。
炊飯器のご飯は毎朝炊いていてこの時間まで保温している。
姉には冷凍した方が電気代が安くなると言われているが、こっちの方が楽なのでいつもこうしている。
ご飯をよそい、肉野菜炒めが温まったのを確認したら席について食べる。
手早く食べ終え、お風呂のお湯の量を確認する。
うん、ちょうど良い量だ。
これも姉に食べた直後にお風呂に入らない方が良いと言われているが、やはりこれも楽なのでこの手順でお風呂に入ることにしている。
お風呂から上がったら冷蔵庫に入っている麦茶を一杯飲む。
これも姉からお風呂上がりは水分をとるようにと言われている。これは他と違ってちゃんと従うようにしている。
少し涼んだところで僕は予習を始めた。
実を言うと、中等部に入ってからずっとこのような生活をしているのもあって、高等部三年で習う範囲のほとんどを予習済みだったりする。
予習に毎日数時間費やしているのもあるだろう。
僕はゲームなどをしない代わりに勉強がかなり好きだった。
今まで知らなかったことを知ることの快感がこの上なく好きなようだ。
予習が一段落ついたところで僕は寝る準備にかかる。
この時間がいつも憂鬱だ。
また明日、木島たちの言うことを聞かなきゃいけないんだろうな、と思うとこのまま家に引きこもっていたい気持ちに駆られる。
それでもせめて大人になるまでは我慢しよう。
いつか報われると信じて。
僕はそう言い聞かせて眠りについた。