それぞれの思惑
1、悪夢は続く
翌日。
「おはよう、りおクン」
「……ん」
目を覚ますと、姉さんが僕を起こしに来ていた。
「早くしないと、学園に遅れちゃうぞ」
時計を見ると、なるほど、確かにこのままのんびりしていると遅刻してしまいそうだ。
「分かった、すぐ支度するよ」
「うん。朝食作ってあるから、一緒に食べよ」
「分かった」
僕たちは朝ご飯を食べ、一緒に学園へと向かう。
……。
姉さん、元気に振る舞っているけれど、やっぱりまだ気にしているのかな?
いつもより緊張した面持ちだ。
教室に入ると、妙な違和感を覚えた。
なぜ、みんな僕たちの方を睨んでいるんだろう。
いや、入ってきた僕たちを見ただけかもしれない。
「あ、すみません。ここ、座ってもいいですか?」
姉さんが近くに居た男子学生に声をかける。
すると、
「ひっ! ち、近づくな!」
そう言って遠くの席へ移動してしまった。
やっぱりおかしい。
僕が言われるならともかく、姉さんがあんなことを言われるなんて。
難しい顔で思案していると、僕たちの近くにいた人たちが一斉に距離を取り出した。
そんな中、一人だけ近づいてくる人影があった。
明子さんだ。
「おはようジェイ」
「おはよう、明子」
姉さんは戸惑いをあまり表に出さずに挨拶した。
「明子さん、これは一体……」
「厄介なことになったジェイ。絵里が噂は本当だった、美香と理央クンが悪魔の子だと
言いふらしているジェイ。だから妙に避けられてるジェイ。高等部ではデモみたいな
ことになってるジェイ」
「そんな!? 絵里が、そんなこと――」
「事実ジェイ」
姉さんが擁護しようとするのを即座に打ち砕く明子さん。
と、先生が教室に入ってきた。
「おい、田村美香と田村理央はいるか!?」
え?
まさか……。
「はい、ここにいます」
「今までよくも騙していたな! お前ら悪魔の子なんだってな!」
「……え?」
「悪魔の子を許すな! 悪魔の子は死すべし!」
先生は完全に僕たちが悪魔の子だと信じ切っている!?
「悪魔を許すな!」
「悪魔なんて死んでしまえ!」
「さっさと死にやがれこの悪魔め!」
先生の勢いに乗って生徒たちも口々に僕たちを罵る。
「そんな! 待ってください! 話を聞いて――」
「諦めるジェイ。これ以上刺激すると、二人とも殺されかねないジェイ」
「そんな……なんで……」
姉さんが、すごく辛そうに、嗚咽をこらえるかのようにそう呟く。
……先生も生徒も、罵るだけで捕まえようとはしてこない。
やはり悪魔は怖い、といったところか?
それなら……。
「姉さん。とりあえず、外に出よう」
僕はこの教室から脱出することを提案する。
「……分かったわ」
姉さんが同意する。
「……てるジェイ」
「明子さん、なにか言いました?」
「いや、なんでもないジェイ。それよりも、早く行くジェイ」
「分かりました」
こんな時、姉さんよりも僕の方が場慣れしている分、対応が早かった。
僕は姉さんの手を握り、一緒に校舎の外へと出て行った。
EX1、噂が真実と知った-木島編-
理事長から電話があり、明日から復学して良いと言われたのは昨日のことだ。
どうやら俺らが考えたでっち上げだと思っていた噂が真実だったらしい。
それが理事長の耳にも入って、態度を百八十度変えてきた。
風向きは追い風だと確信した俺は、朝の教室で十文字から聞いた噂が真実だったという話を高等部全体に伝えていった。
「おい、田村とその姉、本当に悪魔だったらしいぜ」
ダチにも手伝ってもらって噂を徹底的に広めていった。
田村!
お前らを地獄へと突き落とす時が来たぞ!
EX2、噂が真実と知った-節子編-
「あら、十文字さん。どうしたの、こんな時間に?」
てっきり理央たちと一緒にいると思っていたので少々驚いている。
「理事長! 噂は本当だったんです!」
「噂? なんのことかしら?」
「美香と理央が悪魔の子だと言う噂です!」
その発言を聞いて驚いた。
同時に私はある場面を思い出していた。
美香と理央が生まれたことを祝した小さな宴が千歳家で行われた夜。
子どもたちは隣の部屋で寝ている。
私たちが祝い合っていたと言うのに、太一さんが急に血相を変えて電話をし出した。
電話先は、悪魔退治専門ダイヤル。
きっと悪魔が近くにいるのを見たのだろう。
太一さんは電話をかけ終えると急いで子どもたちが寝ている隣の部屋へと向かった。
妻の花子と一緒に。
私は万が一に備えて部屋に待機してくれと言われた。
隣の部屋には、子どもたちに近づく悪魔らしき姿が見えた。
太一さんは命の危険を顧みず悪魔にしがみついて、殺された。
妻も子どもを守るように立ち塞がり、殺された。
だが、悪魔は子どもを襲う気配がない。
その直後、通報で駆けつけた悪魔退治専門の自衛隊の人たちが家になだれ込んできた。
悪魔は子どもに危害を加えることなく去って行った。
この時から私はずっとある疑念を抱き続けた。
子どもたち、美香と理央は。
太一さんと花子の子ではなく。
花子が強姦された悪魔との子ではないか、と。
「理事長! 理事長! どうしたんですか!?」
その声に我に返る。
「ああ、すみません。ちょっと昔を思い出していました。十文字さん。噂が本当だったと
確信した理由について、詳しく教えてください」
「はい。今日、『虐げられし者を救う会』の会長を名乗る人が――」
「なるほど。ありがとう、教えてくれて」
「いえ、とんでもないです。明日、しっかり対策をとってくれると聞いて安心しました」
「学園の、いえ、市の一大事ですもの」
「ですね。私はこのことをもっと多くの人に伝えていきます」
「分かりました。気をつけてくださいね」
そう私は言い、十文字さんと別れる。
これはほぼ黒と見て間違いなさそうね。
その雨宮とか言う奴が言った情報。
私が過去に自衛隊の人に証言した内容と一致している。
どこで調べ上げたか分からないが、奴の推測は私の推測と一致する。
美香。理央。いえ、悪魔の子二人。
この子たちを捕まえることができれば、私は英雄になれるわ。
学園の発展に大いに役立つわ。
「うふふふふ。覚悟しなさい、悪魔の子どもめ」