悪魔の襲撃
1、悪魔の襲撃
「さてと、話を進める前に改めて自己紹介をします。私は雨宮氷雨と申します。
『虐げられし者を救う会』の会長、ということになっています」
「初めまして、りおクンの姉の、田村美香です」
僕の隣にいる姉さんが素早く自己紹介をする。
「初めまして。このたびは理央さんを救っていただきありがとうございます。理央さんと
明子は知っているとして、そちらの方は?」
「あ、十文字絵里って言います」
氷雨さんから遠い、僕から斜めのところにいる絵里さんが自己紹介する。
「私と美香の友人だジェイ」
僕の正面にいる明子さんがそう付け加える。
「……そう。なら問題ないわね」
氷雨さんは少し思案顔になり、その後一度呼吸を整えてから話し始めた。
「まずは理央さん、美香さんにお詫びしなければなりません」
「「お詫び?」」
「理央さんがいじめられているのを知り、しばらくの間、理央さん、美香さんの素行や
素性について調べていました。その際に明子と出会いました。明子は経緯を説明すると
私のことを応援してくださりました。あなた方に内緒で素性を調べたことをお詫び
します」
氷雨さんは深々と頭を下げる。
「いえ、お詫びなんて。それより、私たちのこと、なにか分かったんですか?」
姉さんが氷雨さんに尋ねる。
「はい、いえ、あくまで推測でしかないですが。理央さん、美香さん。あなた方、
もしくはあなたのご家族は、悪魔に襲われたことはありませんか?」
どきり、とした。
氷雨さんは、もしかして、僕たちの本当の両親のことを知っているのか?
「はい。義母さんから聞いた話ですが、私たちは『悪魔の襲撃』と呼ばれる災厄の時に
両親を失い、義母さんが引き取った、と」
「でも、この辺りじゃよくある話よね。なんでそれが重要なんですか?」
絵里さんが疑問をぶつける。
すると、氷雨さんは険しい顔をして、
「理央さん。あなたは、いつもいじめられていたのですよね?」
そう切り出した。
「え、はい。あ、いえ、姉さんと学び舎が違う時だけです。一緒の時は姉さんがいつも
守ってくれていたので」
「なにか、いじめられるようなことをした覚えは?」
「……覚えていません。強いて言うなら初等部の時に木島に逆らったことぐらいですが、
それ以前からいじめはありました」
「……」
氷雨さんは険しい顔のまま、一呼吸おいて、
「『悪魔の襲撃』というのは、実は二回起きています」
そう告げた。
なんだって?
『悪魔の襲撃』が二回ってどういうことだ?
悪魔が忌み嫌われ、市全体がまるで復讐鬼になっているかのような状態に陥れた、あの『悪魔の襲撃』が二回。
一回は確かに起こったことだ。
僕たちの両親のほかにも、多くの人たちが犠牲になった、忌まわしき事件。
じゃあ、もう一回は?
その答えは、氷雨さんが持っていた。
「皆さんが知っているのは一つだと思います。ですが、もう一つの襲撃は目撃者の少なさ
から無かったことにされた事件です。一回目の『悪魔の襲撃』時、実は理央さんの
ご両親は健在でした。ですが、二回目の『悪魔の襲撃』で命を落とされてます」
「なんで、二回目の『悪魔の襲撃』は無かったことになったんですか? それと
りおくんのいじめとなんの関係が?」
絵里さんが疑問に思ったことを聞く。
「二回目の『悪魔の襲撃』がなぜ無かったことにされたか。それは、一回目の時に
理央さんの母親、千歳花子が悪魔に強姦されています。また、二回目の目撃者の証言で
悪魔は理央さんの両親を真っ先に殺した、とあります。この事実を隠したかったのでは、
と私は思います」
僕は、嫌な予感しかしなかった。
まさか、僕は……。
いや、僕と姉さんは……。
「その二つのことから私が推測したのが、理央さん、美香さんは花子と悪魔との子どもで
それを知った悪魔があなたたち二人を保護しようとしたのでは、と。そして、生まれ
持った異質のものがあるが故に、理央さんは不当ないじめを受けていた。美香さんは、
その性格と体力の良さでいじめをはね除けていた。そう考えれば自然だとは
思いませんか?」
「でも、なぜ悪魔はわざわざ僕たちを保護しようと――」
「なによそれ……。じゃあ、この二人は、悪魔の血を引いてるってこと?」
僕の質問は絵里さんに遮られた。
そして絵里さんの問いに氷雨さんが答える。
「……その可能性は否定できないわ」
「!!」
途端、絵里さんが立ち上がって玄関へと走っていく。
「待って! 絵里、どこ行くの!?」
「近づくな化け物!!」
「っ!」
絵里さんはそう言ってそのまま走り去ってしまった。
茫然と立ち尽くす、姉さんを置いて……。
「氷雨、すまないジェイ。絵里がまさかこんなことするとは――」
「いいえ、あなたの友人と思って、一緒に話した私に落ち度があるわ。最初から彼女は
除外して話すべきだったわね」
その言葉に姉さんが反応する。
「ちょっと待ってよ! それじゃあ、まるで絵里が悪者みたいじゃない!」
「悪者よ。事実、あなたを化け物と呼んでいるわ」
「っ!」
氷雨さんが冷たく言い放つ。
「あの、氷雨さん。もしかして、睨んでいたのは……」
「あら、理央さんは気づいていらしたのですか! ……彼女からは、なにか嫌な予感が
していました。ですから、私は彼女が居づらいように仕向けたのですが……。
ごめんなさい。もしかしたら、厄介なことになってしまうかもしれません」
「過ぎたことはしょうがないジェイ。私は絵里に話するじぇい」
「ありがとう、明子。……ひとまず、解散しましょう」
「氷雨さん……」
「……ごめんなさい。でも、なんとしてもあなたたちは守ってみせるわ」
そう言うと、氷雨さんと明子さんは出ていった。
「ね、りおクン。嘘だよね。きっと、なにかの間違いよね? 私たちが悪魔の子なんて。
ね、りおクン。きっと悪い夢を見てるのよね?」
「姉さん……」
「ね、りおクン。すぐに寝ましょ。明日起きたら、きっと元通りだから」
そう話す姉さんは、眼に力がない。
まるでうわごとのようにそう繰り返す。
僕はただ、うん、と頷くことしかできなかった。