前兆
1、じわりと広がる悪意
木島と会って一ヶ月ほど経った頃だろうか。
僕の部屋に遊びに来ていた絵里さんが、
「ねえ、りおくんと美香って悪魔の子って噂が高等部で流れてるらしいんだけど」
「はっ?」
「えっ?」
そんなことを言ったので思わず声が出てしまった。
「なんでそんな噂が?」
「私の弟が言ってたんだけどね。なんでも知り合い筋から聞いた話なんだとさ。まあ弟も
所詮は噂だがな、て笑ってたけどね」
絵里さんは肩をすくめながらそう言う。
ただ、僕と姉さんはこの噂を流して得をしそうな奴に心当たりがある。
「木島ね?」
「だろうね。でも、こんな根も葉もない噂を広めてなんになるんだろう?」
「大方それが本当だったときに処刑されるのを望んでいる、とかじゃないかしら」
確かに、僕らが住む夢ヶ丘市は『悪魔の襲撃』があった関係で、悪魔の子なんてものが本当に見つかれば間違いなく躍起になって探し出し処刑するだろう。
ただ、僕はなにか嫌な予感がした。
この悪意ある噂。果たして、噂程度で済むのだろうか?
噂の真実を抜きにして悪魔の子の可能性がある、という理由だけで将来不利になる可能性があるのではないだろうか、と。
僕の考えすぎであれば良いのだが……。
2、氷雨が理央を訪ねた理由
それから更に数ヶ月後のある日。
今日は僕の部屋に明子さんと絵里さんもいた。
講義の愚痴や学園生での楽しさなど他愛のない話をしていると、
ピンポーン――
チャイムが鳴る。
僕はドアを開けると、
「こんにちは。お久しぶりですね、理央さん」
「あなたは、確か……」
目の前には巫女服を着た怪しい女性、氷雨さんが立っていた。
氷雨さんは挨拶をした時は笑顔だったが、すぐに真剣な顔になる。
「理央さん。今日は上がってお話をしたいんですけど、よろしいですか?」
「えっ?」
どういうことだろう。
ふと氷雨さんの表情を見ると、なにやら思い詰めたような、非常に切ない顔をしていた。
ただ事じゃないと思ったのと、平穏な日々が続いていたせいか警戒心が薄れていた僕は、
「ちょっと待ってください」
そう言って姉さんたちに相談しに行っていた。
「どうしたの、りおクン?」
「あ、いや、その……」
話して良いか悩む。
しかし待ってもらっている以上話さないといけない。
「なーに、歯切れが悪いわよ。あ、もしかして、彼女でも来たの?」
「ずっと姉さんと一緒だったよね!? そんな人いないの知ってるよね!?」
「じゃあ誰ジェイ? もったいぶらずにさっさと言えジェイ」
明子さんがブーブー言っている。
「……なんて説明すれば良いのかな。巫女服を着た怪しい人なんだけど――」
「ん、氷雨のことかジェイ?」
「知り合いなんですか?」
僕は予想外の返答にびっくりする。
「この前会った時に意気投合したジェイ。良い人ジェイよ」
「そ、そうなんだ」
「待たせるのも悪いから中に入ってもらったらどう?」
「あ、うん」
絵里さんが気を遣って提案し、僕は素直に頷いて玄関へと向かう。
「お待たせしました。どうぞ」
「ありがとうございます」
氷雨さんは丁寧に会釈すると、僕の後ろについて部屋へと入る。
「あら、この人がりおクンの彼女?」
「違うよ!?」
「氷雨、ヤッホージェイ」
明子さんがぶんぶんと手を振る。
「あら、明子も一緒にいたのですね。なら、ちょうど良いですわ」
「へえ、この人が明子さんと意気投合した人か~。やっぱ変わり者は変わり者を呼ぶとか」
「失礼なこと言うなジェイ。私は良くても氷雨に悪いジェイ」
「あ、すみません。そういうつもりで言ったんじゃないです」
「別に構いませんよ」
氷雨さんはいつもの笑顔で対処している。
「りおくん、思ったより良い人っぽいよ」
絵里さんが耳打ちしてくる。
ん?
今、氷雨さんがこっちの方を睨んでいたような?
「ねーりおクン。この人は一体誰なのよー?」
「それは私が答えるジェイ。雨宮氷雨。『虐げられし者を救う会』の会長さんだジェイ」
「え? てことは、りおクンがいじめられてるのを……」
「はい、ご存知です。ですが理央さんは、自力で乗り越えようとしていたので、私からは
接触しないようにしていました。事実、明子やお姉さんのおかげで彼は苦難を
乗り越えたようですから」
「あれ、明子さん。僕のこと、氷雨さんに話したんですか?」
「うーん、覚えてないジェイ。話したような話してないようなジェイ」
明子さんがうんうんと唸る。
「氷雨さんが知ってるんだから話したんじゃないの?」
「そうかもしれないジェイ」
明子さんがそう答えている時、氷雨さんはまた険しい顔をしている。
なんだろう、一体。
「……皆さんに話しておきたいことがあります。少しばかり長いお話になると思います
ので、どこか座れる場所があれば良いのですが……」
「なら、椅子をもう一個用意します」
「ありがとうございます」
僕は自分の部屋へと向かい、勉強机とセットになっている椅子を持ってきて、居間の机の横に置く。
「どうぞ」
「では、失礼します」
そう言って、氷雨さんは僕が用意した椅子に腰掛けた。
僕たちも自分のいた椅子に座る。
そして、氷雨さんは今後の僕たちの運命を変える話を始めるのだった。