それぞれの夜
1、学部とか講義とか
夕方から夜に変わるぐらいの頃。
姉さんは着替えと学園に持っていく物、最低限の生活用品を持って帰ってきた。
「りおクン、ただいま」
「おかえり、姉さん」
「おかえりジェイ」
「義母さんから連絡があったんだけど、私の家具やらの大きな荷物は週末に引っ越し業者
さんにお願いして持ってきてもらうみたいよ」
なるほど。それで最低限の荷物で済ませてきたのか。
「そういえば、気になったことがあるんだけどジェイ」
「ん、なに?」
「理央クンの学部と講義はなにになるジェイ?」
「私と一緒だと思うわ。じゃないと一緒にいられないじゃない」
「理央クンは行きたい学部とか講義はないのかジェイ?」
「うーん、そう言われても学園生として通ったことないから分からないかな」
「なら、私と一緒でいいわね?」
「まあいいんじゃないかな」
正直進路とかはもう少し先の話だと思ってたし、なにより今回は木島から守ってもらうという内容で特別に進級したのだから、好き勝手に学部とか講義とか選ばない方が良いと思う。
「それに、その辺の手続きも義母さんがやっているんじゃないかな」
「なるほどジェイ。確かにその通りだジェイ」
「ところで明子、あなたも泊まってくの?」
「いや、アタシはちょっと友人と会いに行くからそろそろ出るジェイ」
「そう」
「明子さんも、ありがとう」
「友として当然のことをしたまでだジェイ。それじゃ、また明日ジェイ」
明子さんはそう言って帰っていった。
「ところで姉さん」
「ん、なに、りおクン」
「姉さんって、学部はなにを取っているの?」
「教育学部よ。将来は先生になろうと思ってたから」
「へえ、そうなんだ」
姉さんが将来先生になろうと思っていたのは初めて知ったな。
でも、なんで先生になろうと思ったのかな?
「私、りおクンがお仕事行くようになったら、応援してあげたくてね。一人でも暮らせる
ようにするためには得意な体育か現代史の先生になるのが近道かな、と思ったのよ」
姉さんは遠くを見るように少し寂しげに微笑みながら理由を教えてくれた。
姉さんは、いつでも僕のことを一番に考えているんだな。
「ありがとう」
僕は特に意識せずにお礼の言葉を言っていた。
「え? やーね、お礼を言ってほしくて言ったんじゃないわよ。でも、せっかくだから。
どういたしまして」
姉さんがちょっと顔を赤らめて言う。
「さてと、お風呂入らなきゃね。りおクン。覗いちゃダメだぞ」
「覗かないよ!? というかまだお湯も張ってないよ」
こうして激動の一日の夜は更けていった。
EX1、節子の苦悩
「ふう、やっと全部の手続きが終わったわ」
息子、正確には義理の息子の理央。彼を学園生としてあげるに当たって、学部を決め、講義を決め更に出席日数などの補填をしたり、いじめを行った生徒への懲罰をしたり、理央の姉の美香の引っ越し手続き、それといつもの仕事。
これだけの量の仕事を終える頃にはとっくに日は沈み、時刻は夜から深夜へと変わるくらいになっていた。
それにしても、あの二人には困ったものだ。
理央を守るためとは言え、これだけの無茶をさせるなんて。
それに、理央たちは知らない。
両親を失った、本当の事件を。
……。
さてと、物思いに耽っていないで早く帰りましょう。
明日もいつも通りの日常が待っているのだから。
EX2、見通しの甘さ
「なあ木島」
「ん、なんだ?」
「田村の奴、明日本当に百万持ってくるかなあ?」
「あれだけ脅したんだから流石に持ってくるだろ。それに持ってこなけりゃ、殺るだけだ」
俺たちは今日の放課後に田村を呼び出した。
生意気にもあいつは俺の言うことに逆らいやがったからちょっとばかしかわいがってやった。
明日百万が手に入りゃ高等部の間くらいは遊んで暮らせる。
それに足んなくなりゃまた脅せばいいだけの話だ。
「なあ、百万手に入ったらなにする?」
「俺は買いたかった漫画を大量に買うぜ」
「やっぱお前漫画かよ! 俺はちょっとお高いカバンとか買っちゃうわ」
「女子かよ! オレは他の二人と違ってスケールでけえからな」
「なんだよ、もったいぶらずに言えよ」
「オレは原付の免許取るための資金にするわ」
「お前原付とか乗んないっしょ」
「免許あれば身分証明書になるだろ? オレもう十八歳になってっからポルノ映画
見れるんだぜ」
「結局エロじゃねえか。それに身分証明書なら学生証があるだろ」
「ばっか学生証じゃ十八歳でもポルノ映画見れねえだろ。その辺原付の免許証なら楽勝
だろ。いざとなったら彼女乗せてドライブもできんだぜ」
「まあなんにせよ、明日の田村次第だな」
「「だな」」
俺らは百万の使い道に思いをはせながらそれぞれの家路についた。
後日、停学処分を課されるとは夢にも思わずに……。
EX3、氷雨の素性
今日は少し前に知り合った、古瀬明子に会う日だ。
彼女がお勧めと言っていたこおらなる飲み物もたくさん用意してきた。
「あ、待ったかジェイ?」
「いえ、そんなには待っていないですわ」
「それなら良かったジェイ」
彼女は語尾に特徴的な言葉を発する。恐らくはアレが原因だろう。
そんな彼女には秘密がある。それも一つや二つではない。たくさんあるのだ。
初めて会った時にも聞いてみたものの、秘密がある方が女は際立つとか言ってはぐらかされてしまった。
だから今回は機嫌を取るために大量のこおらを用意したのだ。
私が住む場所は待ち合わせ場所から数分のところにある。
途中雑談を交えながら家路につく。
「さあ、上がっていってください」
「それでは、遠慮なくジェイ」
ワンルームの部屋に入ると、すぐに目に飛び込むだろう。
「お、コーラがたくさんあるジェイ! わざわざありがとうジェイ」
「喜んでもらえてなによりですわ」
まずは話を聞くところから始めましょうか。
「それで、理央さんの様子はどうでした?」
二時間くらい話しただろうか?
あれだけ用意したこおらも全てなくなり、重要な情報も入手した。
理央さんが無事なのは僥倖だ。まさか私の力なしで危機を乗り越えるとは。
木島という奴について今度調べておかないとね。彼にはいつか報復をしなければ。
それと、現代史を得意としているだけあって、『悪魔の襲撃』についてかなり詳しく知っていた。それを聞き出せたのは今後役に立つだろう。
「明子、そろそろ帰らなくて大丈夫ですか?」
「ん、ちょっと待つジェイ。まだお腹がたぷんたぷんだジェイ」
「あれだけお飲みになればそうなってしまいますわね。なら、私が送りましょうか?」
笑顔を崩さずに明子に告げる。
「そうしてもらえると助かるジェイ」
「では、少々お待ちくださいね」
さて、送り届けた後はまた情報収集をするとしますかね。