絶望と希望
1、無理難題
数日後。
ここ数日は女子たちに避けられる程度で木島が絡んでくることはなかった。
だから僕は油断していた。
その日の放課後、木島はなぜか他の生徒に掃除を頼み、僕を呼んだ。
「ついてこい」
「……分かった」
何事か分からなかったが、木島の目の色が妙に怖かったので言うことを聞くことにした。
そして、僕は屋上へと連れて行かれる。
そこには木島の友人が数人いた。
「さて、と。呼んだのは簡単な理由だ」
「……なに?」
僕は怪訝そうに聞く。
「いやなに、ちょっとお金を貸して欲しいだけよ。タムラクンってば、理事長の息子だけ
あって大層お金持ちだそうだねえ」
「……」
ついにこの日が来たか。
いつか訪れる気はしていたが、思ったよりも早かった。
「そんで、ちょっと百万ばかし貸して欲しいのよ」
「なっ!?」
あまりの額に僕は言葉を失う。
「おーいいねえ。そんだけありゃ今年は遊び通せんじゃねえのか?」
「タムラクンよー、なにも盗ろうってわけじゃないんだからそう強張んなよ?」
周囲が木島に同調している。
いくら何でも百万円は多すぎる。
「無理だよ」
「じゃ、そこから飛び降りろ」
「……は?」
言っている意味が分からない。
「払えねえなら屋上から飛び降りろ、つってんだよ」
「いや、なにを言っているの――」
「だーかーらー、金払えねえなら生きてる価値がないてめえは死ね、つってんだよ。
いい加減理解しろやコラ!」
言っている意味が分からない。
生きている価値がないから死ね、だと。
今までの絡みが可愛く見えるような、とてつもない横暴に僕は混乱する。
なんだよ、屋上から飛び降りろ、て。
なんだよ、百万貸せ、て。
意味が分からない。
意味が分からない!
「そんなのどっちもできるわけない――」
僕が話している最中に、顔に衝撃が走った。
木島に殴られたのだ。
「っるせえんだよ! さっさと金よこせやゴラァ!」
それにつられて木島の連れ共が、倒れてる僕に蹴りを入れる。
「……がっ、ぐっ、げほっ」
「おらあ、さっさと出しちまえよ」
「木島さんの言うこと聞かねえからこうなるんだよ!」
「たった百万出すだけなんだからよ、素直にだしちまいな」
連れ共が好き勝手言っている。
僕はただひたすらに耐えた。
どちらも承諾できる内容ではない。
なら、気が済むまで殴られ、蹴られ続けて耐えるしかない。
僕の中では永遠に感じるほどの時間が経った頃、
「ちっ、しょうがねえな。明日、百万準備してこい」
木島がついに折れる。
が、こう付け加えた。
「もし準備できなかった時は、ここから突き落とす。なに、先生には、助けようと思った
けど間に合わなかった、て言うからよ」
「俺たち、証人になるよ」
「そうそう」
「お、助かるねえ。やっぱ持つべきものは友、だな。はっはっはっ」
笑いながら、木島と連れ共は立ち去っていった。
僕は、あまりの出来事に、涙を流すしかなかった……。
2、ぬくもり
しばらくして、僕は寮へと向かった。
僕の部屋の前にはすでに姉さんと明子さんがいた。
姉さんは僕の姿を見るなり、恐怖に引きつった表情になる。
「りおクン!? どうしたの、その傷!?」
「ホントだ、理央クン、なにかあったかジェイ?」
明子さんも心配そうに僕を覗き込む。
「……中に入ったら、説明するよ……」
「分かったわ。りおクン、傷、痛む?」
姉さんが心配そうに僕を見る。
「……」
僕は黙って、部屋の鍵を開けて中に入る。
それに続いて姉さんと明子さんも中に入る。
「……で、なにがあったの?」
姉さんはすごく真剣な顔で僕に尋ねる。
僕は、今日起きた出来事、今までのいじめのことを話した。
木島のこと。
昼飯を奢らされていること。
女子に遠ざけられるようになったこと、またその出来事。
そして、さっき起きた出来事……。
洗いざらい全て吐き出した。
明子さんも今日はふざけないで真剣に聞いてくれた。
僕が悔し涙を流していると、姉さんは僕を抱きしめた。
「ごめんね。今まで気づいてあげられなくてごめんね。りおクンが一人で苦しんで
いたのに、なにもしてあげられなくてごめんね」
「姉さん……」
「アタシも、力になれなくてごめんジェイ……」
「明子さん……」
姉さんも明子さんも、僕のために涙を流してくれた。
すごく。
すごく嬉しかった。