9:ミルウーダ! それはいけない!
家に入ると母上が床の掃き掃除をしていた。
我が家にはお手伝いさんとかメイドとかいうものはいない。
金がないのもあるが基本的に我が母上が掃除、洗濯、そして料理といったものが好きなのだ。
以前、俺を身ごもっていた時は臨時にいたらしいが、その人もやめてしまったため、家事はすべて母上がしている。
「母上、実は折り入ってご相談があるのですが……」
俺は、掃除の邪魔にならないところから声をかけた。
「あら、おかえりなさ――!!!」
母上が俺越しにミーアを見た瞬間に固まった。
そして、声を上げずに顔だけで叫んだ。
「どうしました? 母上?」
「その子…… エルフ……?」
しまった。母上もまたエルフ嫌いだったか。
母上は、目を丸くして歯を食いしばった。
そして天を仰いだ後で、ギリギリ笑みだとわかる表情を浮かべる。
「初めまして。私はジャッッックの母のウルフィルダです」
「わわわ私は、今日ジャックさんと同じ学校に通ってます。
ケレンルミアです。初めまして」
そういいミーアは深々とお辞儀をした。
「くっ」
母上はなぜか悔しそうにした。
「ジャック、とりあえず応接間で待ってなさい。お父様を連れてくるわ」
なぜだ…… 確かに父上にも話を通すつもりだったが、なぜそうだとわかったんだ?
「えっと、やっぱり帰った方がいいよね……」
何とも気まずい。
母上があのような態度をとるとは思ってもみなかった。
というか、あの温厚な母上がエルフ嫌いというのは少しショックだ。
と、クツクツと笑い声が聞こえた。
そこには、ミルウーダが立っていた。
「何見てやがる。バ家庭教師」
「な、ひどいですよ、坊ちゃん。ところで、そのカワイ子ちゃんはどこで見つけたんですか? このこのぉ、隅に置けないなぁ」
「うるせぇ、てめぇがもう少しきちんと俺に歴史を教えてりゃ面倒なことにならずに済んだんだよ」
が、しかしバ家庭教師はどこ吹く風である。
「大丈夫ですよ、坊ちゃんも、そこの娘さんも。
ウルフィルダさんがあんなんなったのは、エルフ嫌いが原因ですけど他の人とは別枠ですから」
「別枠?」
「そうですよ。とりあえず、応接間に行きましょ」
応接間に着くと俺は、一応客なのでミーアをまずは座らせる。
そして、俺は壁を背に立ったミルウーダを見た。
「おい、母上のエルフ嫌いの原因ってなんだよ」
「それは……」
と、勢いよくドアが開け放たれる。
「ミルウーダ! 言っちゃだめ!!」
「ミルウーダ! それはいけない!!」
開くと同時に、今度は父上と母上が同時に口を開いた。
ぽかんとしたミルウーダであったが、すぐさまいつものへらへらとした表情に戻る。
「あなたのお父さんをエルフの娘と取り合ったんですよ」
ふむ。
「つまり、エルフを見るとその時のことを思い出すから嫌なのか」
「正確には、その時やった甘酸っぱいやり取りを思い出すからでしょうね」
「母上から父上にアプローチをかけたわけだな」
なるほど、と手を打った。父上が照れたように頭の後ろをかいている。
その足元で母上が悶絶していた。
「あの、えっと、ジャック。お母さんのそういう話してて気まずくないですか?
なぜか私いたたまれないのですが」
個人的に母上も父上も尊敬している。
が、やはりどうしても両親としてのそれとは少し違う気がする。
だからこそ、両親の恋愛事情などで俺の精神が動揺することはない。
というか、よくよく考えると、今その話は全くの無関係である。
「母上が、エルフ嫌いなのかと思って少し焦りましたが、違うのならよかった。
俺は一度言葉を切る。
「実は俺から二人に頼みがあるのですが……」
俺は改まって二人には座ってもらう。
両親ともに顔が険しい。
口を開こうとしたとき、先に父上がしゃべりだした。
「あぁ、わかってる。
さっきママから聞いたときは俺も口から心臓が飛び出すかと思った。
が、しかしお前の意見はできるだけ尊重したい。
好きにするといいさ」
「えぇ、私も悩んだけど、ジャックの気持ちはわかってるつもりよ」
母上もそれに続いた。
なんだ? なぜこの二人は示し合わせたように話を続ける?
何をわかっているつもりになってるのだ!?
「さ、結婚式、どこでしましょうか」
「そうだなぁ、まだ若い二人だから神父様に祝詞を上げてもらうだけでいいんじゃないか?」
「いやよ! あなたと結婚して疎遠になっちゃったけど、孫の結婚となればきっと、私の実家のお屋敷を使うことをお父様も許してくれるわ」
「いや~ それにしてもジャック様とエルフかぁ~ 血ですかねぇ」
ミルウーダの言葉に母上がギリリと奥歯をかみしめる。
そして、俺も三人の勘違いに頭を抱える。
「ちょっと待ってください。俺が結婚? 何の話で!?」
「え? あなたと…… ケレンルミア……ちゃんだっけ?
あなた達の結婚の話よ?」
ケレンルミア…… 誰だ? と隣でミーアが顔を真っ赤にして下を向いている。
つか、ケレンルミアって覚えにくいんだよ!
「ミーアと俺の!?」
「あら、私もミーアちゃんって呼ぼうかしら」
「はっはっは、俺は娘が増えてうれしいよ」
俺はテーブルを思いっきり叩いた。
隣でミーアがびくりとする。
「落ち着いてください、父上、母上。
ミーアを連れてきたことに結婚は無関係です!」
え? と両親の動きが止まった。
後ろからミルウーダのクスクスという笑い声が聞こえる辺り、こいつはわかってやがったな。
「雇っていただきたいんです。このミーアを。
給料はここにいる間の衣食住。金は俺が何とか作りますから。
この前手に入れた魔石を……
うん? お二人ともどうしました?」
両親が目を丸くしている。
そして、母上は背もたれに身体を思いっきり預けると、はぁぁぁっと長い溜息をついた。
父上もまた、頭の後ろをボリボリとかき、立ち上がった。
「仕事に戻るわ、俺」
「父上、ミーアの件は?」
扉をくぐろうとしていた父上は、足を止めた。
そして振り返ることもなく答えた。
「いいよ、好きにして」
母上は、身体を起き上がらせることなく口を開く。
「私達、ジャックが結婚すると思って気合入りすぎてたわ。
ミーアちゃんもごめんなさいね。
慌てさせちゃって。
ジャック、部屋はあなたの部屋の隣に書斎あったでしょ。
そこ使っていいわよ」
「いや、仕事内容とかは聞かないのですか?」
母上はパタパタと手を振って見せる。
「どうせ、魔法かなんかの先生でしょ。
エルフはそういうの上手だし。
あなたの考えそうなことナンバーワンね」
なぜそこまでわかっていて勘違いしたのだ。
「そうだ、ミーアちゃん。ご飯は食べていく?」
「え? そんな、急に申し訳ないですよ」
「そうだな。母君は大丈夫なのか?」
ミーアの母君はめんどくさいというので、家に待機してもらっている。
「うん。母様は水あげとけばいいし、そろそろ寝てると思うのでそのへんは大丈夫ですけど……」
ミーアにつられて外を見ると、もう日が傾きはじめていた。
というか、水やりとか日光で活動してるとか、まんま植物だな。
「なら決まりですね~ 坊ちゃんとの馴れ初めなんか聞かないと」
ぐふふと笑い俺たちと一緒に部屋を出ていこうとしたミルウーダの手を母上ががっしりと握った。
「ミルウーダ、急なお客様がきて今から食事出すのよ」
「うん? ウルフィルダさん? なぜ急にそげなことを?」
母上の声がいつもよりも低い。
「食事がね、四人分しかないのよ」
「あ~ ウルフィルダさんとラズバンドくんと、ジャック様と……ミーアちゃんと……あれ? 私の分」
母上の目が光った、ように俺には見えた。
「今日あなたご飯抜きね」
ミルウーダは頭を抱えて悶絶した。