8:デクのジャックは俺のことだ
丘の上にあるのは一軒の家であった。廃屋と言ってもいい。
屋根は何とか雨の直撃を避けられる程度であり、壁もまた突風が吹けばそれを弱める程度のものである。
雨風を何とかしのげる、そんな家であった。
「ふむ、すばらしい……」
俺は思わず感想が口に出ていた。
ミーアは、少し不満げにこちらを見ている。
「バカにしてますよね」
「なぜだ。俺はこういう家が好きだ。
ただ難を言えば、少し頑丈すぎだ。
これではごみかす……とか、勇者どもが入ってくるぞ」
「ゴミカスが入ってくるのはいやですけど…… 勇者様が入ってくるのはうれしいかな」
そういい、ギギィ引きずるような音を立てながら扉を開ける。
中は外見と違いきちんと整理されていた。
テーブルや椅子などはきちんと掃除が行き届いている。
「おい、ミーア。貧乏なのか?」
「うん、貧乏ですよ。でも貧乏人の前でそういうのはどうかと思います」
「なぜそこまでして、学校へ来た。いじめられるし、金もかかる」
ミーアが適当に荷物を下ろす。そして、振り返るとにこりと笑った。
「私もよくわからないんですけどね。母様が必ず学校に行けって。二人で必死に入学金溜めたんです。そのお金でおいしいもの食べればいいのに」
その顔は、困ったようだがそれでもとても楽しそうだった。
なんとなくその顔を見続けるのが気恥ずかしかった俺は、ふとテーブルの上に目をやった。
そのテーブルの上に、紫色のチューリップのような花の鉢植えが乗っている。
「おい、花などなぜ飾る。というか、これテーブルとか棚とか全部引き倒していいか? もっと荒れ感を出そう!」
「やですよ! 荒れ感って何ですか? というか何でそんなワクワクしてるんですか!?」
いかん、前世の我が家に似ていたせいか少しばかり精神面が全盛期に戻ってしまったらしい。
「さて、で、肉をどこに置けばよい」
「テーブルにお願いします。あとやりますので。ちょっと座っててください」
俺は、椅子に腰かける。そして、きょろきょろと辺りを見渡す。
肉はまだ、皮や杉が残っているので、下処理をしてやろうと思ったのだ。
と、そこでふと気になった。
「おい、お前の母親はどこだ? 仕事か?」
ミーアは少し意味ありげな視線で俺を見た後で、テーブルに乗った花を指さした。
俺は、その意味するところを少しだけ悩み理解した。
俺は立ち上がると、その花に一礼する。
そして、ミーアに向かっても頭を下げた。
「知らなかったとはいえ、悪かった。あと、先ほどは乱暴な真似をしようとしてすまんかったな」
俺は頭を下げたまま非礼を詫びる。
「あら、ミーアちゃん。おかえり。この人誰?」
俺は、反射的にそちらをみた。が、そこは先ほど頭を下げた花の方である。
誰もいない。
「おい、ミーア! 誰かいるのか!」
腰の剣に手を伸ばしたが、ミーアがそれを声で遮った。
「待ってです、ジャック! それ母様ですから!」
お母さん? あれか、ミーアの母親は心霊族かなんかか?
「あなたジャック君というのね? あの領主のデクと同じ名前なんてついてないわね。おほほほほ」
俺は目を疑った。目の前のチューリップが動き出したのだ。
「私は、ミーアの母のアイナノアよ。よろしくね」
そういうと、目の前のチューリップは葉を手のように、花の部分を頭のようにしてお辞儀をした。
「おい! ミーア! どうなってやがる!! 花がしゃべったぞ!」
「あらうるさい子ね。ミーアちゃん。お友達はあれだけ選びなさいって――」
「母様もうやめてぇぇぇ! 母様に、悪気ないんです! 許してください、ジャック!!」
確かになかなかに世知辛いことを言っているが、俺の脳内はそれどころではない。
しかし、ミーアは慌てて説明を始めた。
「ジャックは、エルフのことよく知らないんですよね。エルフはある年齢をこえると死んで植物になるんです」
「なに!?」
どんな生物だ? 魔物より化け物じみてるじゃないか。
「そ、そうか。取り乱して悪かった」
俺は一呼吸置くと、花、もといミーアの母とかいう花に向き直った。
「俺の名前はジャックだ。先ほど言っていたデクのジャックは俺のことだ」
「あら、本人だったのね。ごめんなさいねぇ。おほほほほ」
そういうと、葉を花の方に寄せた。
うむ、花の感情を読み取ったことはない。何を考えているのかさっぱりだ。
が、謝罪しているという雰囲気は一切見られない。
俺が、花の表情筋についてアカデミックに考察していると、ミーアは場を持たそうとしたのか手を打った。
「あ、そうだ。ジャック、寒いですよね? 暖炉の前にどうぞ。今お茶入れますから!」
そういいながら、人差し指を立てる。
するとぽうっと、指のあたりが輝く。そしてその指をふぅっと暖炉に向けた。
ぼわっという音の後で薪がぱちぱちと音を立て始めた。
「ミーア! 今お前何した?」
俺は思わず叫んだ。ミーアがびくりと身体を震わせて止まった。
俺は椅子から立ち上がると、ミーアの肩を激しく揺さぶる。
「お前の今の奴なんだ?」
「なななな何ってててて、ままま魔法ですよぉぉ。ま魔法ううう」
「ママ砲?」
ミーアの肩をゆするのを再度強くしたが、ミーアの顔が奇妙な色になってきたのでやめた。
ゲホゲホとせき込むミーアを見て、ミーアの母はケラケラと笑っている。
やっといてなんだが、母として間違っている。
俺が背中をさすってやると落ち着いてきたらしい。
もう大丈夫、と伝えてきたので俺は背中をさするのをやめた。
「魔法ですよ、魔法。私簡単なのなら使えるんです」
バカな、人間の二桁に満たない年齢の者が無詠唱だと?
我が家の母も簡単な治癒魔術なら使えたが、結構長い詠唱を使っていた。
前世の俺でさえ、短縮詠唱、そして無詠唱ができるようになったのは十数年の鍛錬の結果だ。
まさか、この女……
「ミーア、お前、三十歳超えてる?」
「超えてないですよ、ひどいです。いきなり」
ふむ。しかし、これは掘り出し物かもしれん。こいつに魔法を教えてもらおう。
「おい、ミーア。仕事を一つ頼まれてくれ? 代わりに二人の衣食住を提供する。いや、母君に必要なのかはわからんが」
仕事? と首をかしげるミーアに俺は最大級の笑顔で答えた。
「そうだ。断れば、デクって言った罪で増税だからな」