73:迷惑者
「狂犬め。もういい。大切な用事を片付けるとするよ」
グインヘルを名乗る男はトントンと眉の上を指で数度叩いて長舌蜥蜴に目をやった。
長舌蜥蜴の身体がビクンと跳ね、身体を起こす。
角がいつの間にか生えて、それをマイとオトに向けている。
「死んだ振りか」
ジャックは、興味無さそうに呟く。
「選べ。馴染みの女の子か? それとも、知り合ったばかりの女の子か?」
「片一方の命を捨ててしてもう一方を助けろってことか」
「分かりやすいだろ?」
「そうだな。なら、賭けようか」
「ジャック! オト様をつれて逃げるの!!」
マイが叫んだ。
自分の命を賭けろと懇願。
しかし、ジャックはニィッと口を歪ませる。
「こんな面白そうなもんから、逃げる? それはどんな冗談だ?
お前、まだなんか隠してんだろ? 意地悪しないで見せてくれよ」
ジャックは挑発するように首をコキコキと鳴らして、言葉をつぐ。
「掛け金はお前の命だ。掛け金は俺たちの命だ。
内容はお前が死ぬか、俺たちが死ぬのか、勝者全取り。
男なら賭けるときはでかく賭けるもんだぜ」
グインヘルは、そうきたか、と呟き舌打つ。
「お前に合わせてたら手に入るもんも入らなくなる。
お前は鼻摘だよ。邪魔者。厄介者。迷惑者」
「先手を譲って欲しいなら、もっと上手く誉めろ」
「誉めてねぇし、先手何かいらねえよ。後手に回る気もねぇけどな」
グインヘルは構えを解く。
「おいおい、どうしたよ?」
「ハッタリ、イカサマ、暴力、ブラフ、チート、欺瞞、エトセトラエトセトラ。
テーブルひっくり返し、相手を脅し、カードを隠し、仲間すら騙す。
チップを増やすためならなんだってやるやつは腐るほどいる。
でもお前は、チップの増減になんの興味を示さない。
興味があるのは勝負だけだ。
例えチップを全部スラレたって勝負さえできればいいんだろ? お前は。
末恐ろしいガキだ。忌み子め」
ジャックは、さも困ったと眉をあげた。
「失礼なやつだ。お前はどうなんだよ」
「俺はそうじゃない。お前と違ってまともな人間だ」
「ガキを浚うのにそんな武器振り回すやつがまともなわけあるかよ。
どんだけここで、血ぃ流した?」
「利があったからな。数滴の血くらい問題ない」
グインヘルが蹴られた側頭部を撫でる。
数滴などではない。
撫でた手にべったりと血が付く。
「お前のじゃねえよ。後ろに列作ってるぜ?
お前に殺された奴等がたくさん、たくさん、たぁくさん」
グインヘルが鼻で笑う。
「今日はここまでだ。
隠してるものを見せてやってもいいんだが、そうするとお前と一緒に
オトを消しちまうかもしれんくてね」
グインヘルが長舌蜥蜴に合図を送ると、長舌蜥蜴は角をジャックに向けて射出。
ジャックは前進。
三本を切り払い長舌蜥蜴の眼前に到達。
長舌蜥蜴が後ろに跳躍。
と、その輪郭がぼやける。
そのまま背景に溶け込んだ。
何かを狙っている。
しかし、ジャックはわからないものに頓着しない。
脊髄が即座に標的を切り替え反転。
「なっ」
いるはずのグインヘルがいない。
「ぁんの野郎! どこ行った!! おい、二人とも!
見てなかったのか!!」
「ジャックの趣味には付き合ってられないの」
マイはにべもなく断じた。
その背後のオトがやっとのように声を出す。
「……大丈夫……なのですか?」
「姫様、どうぞご安心くださいですの。
私めはハンブルグ家はレイモンドの侍従。
このままハンブルグ家までお送りいたしますの。
間もなくレイモンドも――」
「――い、いえ。私のことではなくそのケガ……」
マイは自分の身体を軽く見る。
感覚だけでも、打撲3、骨折1、擦り傷切り傷は数えきれず。
クソッタレ、と呪詛を垂らしながらグルグル回っているジャックを見て、
やっとこさ痛みが脳を叩いた。
こんな化物に安心を覚えたのか――と、マイは苦笑する。
「やはりどこか痛いのですか?」
上手く笑えていなかったのか、と自分の頬を触りべったりと粘度の高い液体が顔を濡らしていることに気がついた。
そして、ハンカチを取り出したオトを制し、手を振り赤を飛ばす。
「私めにはもったいねぇ、ですの」
「もったい……ねぇ?」
「マイは生まれがちょぉっと特殊なのですよ。オト様」
ライムは犬のように暴れるジャックの横を通り現れた。
ミーアは暴れるジャックを落ち着かせようとアワアワしている。
「どうしたのよ、あのバカ犬」
「ふん! 知らないの」
マイは生まれを揶揄され不満そうに小鼻を膨らませる。
しかし、ライムはそれには頓着せず、オトに声をかけた。
「オト様、この度は――」
「――私はハンブルグ家の催しに参加中に奇妙な事件がありました。
ハンブルグ家の御当主様の御判断により、ライム、いえレイモンド様に匿われておりました。
私の所在は安全確保まで、秘匿されておりました。
……これで……大丈夫でしょうか?」
ハンブルグ家を守るための作り話。
飼われている自覚はある。
それでも、政争に負けないために、いや、自分を守るために。
「申し訳ございません」
ライムは頭を下げる。
ライムの考えていたものと大体一緒だ。
どうせ、分かるヤツにはバレる。
ならば、この程度で十分だ。
と、ジャックを落ち着けるのを諦めたミーアが顔を出した。
「マイ! 大丈夫……に見えない!」
「大丈夫なの。ミーアの考えてるよりは」
「大丈夫じゃないじゃないですか! 私、治癒魔法は得意じゃないから、痛みの緩和くらいしかできませんが」
そういいマイの体のあちこちをさすり始めた。
攻撃魔法を得意とする魔術師が回復系統の魔法の一端でも扱えることはかなり稀なのだが、その点に突っ込む人間は、もういない。
「どんだけ、重症だと思ってるんですの? それよりライムちゃん。オト様を」
「えぇ、分かってるわ。オト様、行きましょう」
「あの、で、結局、この人は誰なんです?」
ミーアは治癒を進めつつ首を傾げる。
「知らない方が身のため――」
ライムの言葉をオトが遮る。
「あなたと同じ学園の方ですよね? 信用ならない方なのですか?」
「え、えぇ。まぁ、同じ学園で……信用もできないことはありませんが」
ちなみに、できないこともないのは、ひょこひょことオトのコトを気にしている娘の方だ。
現状は、できない方はぐるぐると別件に興味を示している。
「ならば、私のことを知っていただくことは益になるかもしれません」
そういい身を叩いて整える。
「私、名がオト・アド・アルミ・アブレイブ・アーロト。
現国王の第4王女です」
「王女様!? あ、この前王家の人の前に出るときの礼式習ったんです。
えっと、右手を鼻の下に置いて左足を」
「落ち着きなさい。全然違うわ」
「ええ、それに今私はここにおりませんから、結構ですよ。
それより、あなたのお名前を教えてくださいますか?」
「ケレンルミアです。ヴェッティン家にお仕えしています。
えっと、エルフで道を歩いてたらジャック様に拾われました。
あ、ジャック様はあれです」
「えぇ、知ってます。助けていただきました。たぶん」
「あれは、救助じゃなくて巻込み事故というやつですの」
「自己紹介は済みましたか? なら、こんなところとっとと逃げましょ」




