71:ガキの躾
睨み合う男とジャック。
「やるってのは、俺とか? 面白い冗談だな」
「だろう? ガキんちょの冗談だ。付き合えよ」
ジャックは、大袈裟にハハハと払う。
そして、一切の違和感なく、いきなり右手で握っていた金属棒を切り上げた。
首を狙った一撃はモーニングスターに阻まれる。
しかし、即座に左手で握った木剣を心臓に突き込んだ。
それを男は、身体を捻って回避。
その勢いのまま裏拳の要領でモーニングスターを振るうが、ジャックは後ろに跳んで避ける。
男は追撃しない。
胡乱気にジャックを眺め、右指先で眉の上を叩く。
「剣スキル……しかし、両手? なんだそれ?」
「お子様の洒落っ気だ。楽しめ」
「ガキの躾は大人の嗜みだったな」
男は呪を紡ぐ。
現れる毛玉、もとい、巨体な三本の角を持った牛。
「召喚獣?」
「よく知ってるなあ、そうだ、召喚獣だ! そして、これで三対一だ!
武器を二本持ったとしても足りないなぁ」
次いで現れたのは、巨体な牙を生やしたカエル。
「んー?」
ジャックは頭を捻る。
「いや、これはただの合成獣だろ。見栄を張るなよ」
異世界から喚びだされた生物を召喚獣というのに対し、錬金術と魔術を併用して作られる生物擬きのことを合成獣と呼ぶ。
この二つは全く違う。
召喚獣は、異世界の生物はこの世界の道理に従わず、物理法則からも魔術理論からも外れた技を使う。
合成獣は、錬金術を利用して疑似生命体を作り、そこに核となる魔力を流し込んで作る、いわゆる魔物で性質もそれに近い。
それを技として扱う技術者の力量には雲泥の差である。
ジャックは、合成獣を召喚獣だと偽り魔王軍に入り込もうとしたバカな魔術師の味を思い出して顔をしかめた。
「合成獣?」
今度は男が眉をひそめる。
知らないのか? ジャックは、ここが元いた場所とは違うことを思い出した。
「気にしなくていい。合成獣でも十分だ。俺を楽しませろ」
「いいだろう。大人のテクニックをたっぷり味わえ」
男の言葉に反応するようにカエルがジャックに向かって飛びかかった。
ジャックは、その頭部に金属棒を叩き込む。
グエ、と体液を撒き散らし地面でぺちゃんこになったそれを、地面ごと蹴りあげる。
男は左手でそれを防ぐ。
視界が遮られる。
ジャックが左手の棒切れを振り上げ飛びかかった。
と、男が反応するよりも早く牛が突っ込んでくる。
頭頂部の一番長い角は、正確にジャックの心臓を狙っていた。
その角を棒切れで弾く。
金属が打ち合うような音が響き、牛の首が低い音を立てて折れた。
ジャックは、さらにそのまま空中で前転すると、再度男を狙う。
男は、モーニングスターで弾いた。
ジャックはそれに逆らわず、その力を利用して距離を開ける。
「カエルはまだしも、ただの木剣で三本角牛の首を折るかよ。
ガキの分際で何かわかんねぇが上級レベルか?」
「怖がらなくていい。ただのデクだ。安心しろ」
フンと男は鼻で笑う。
「名前は?」
「なんだ? 墓標に俺の名前を添えたいのか?」
「質問に質問で答えるな、バカ者め」
男の意趣返し。
「他人に名前を聞くときは、先に名乗るという常識すら知らない
バカの場合はその限りじゃないんだよ。覚えておけ」
「クソガキめ。決めたぞ。ボコボコにして自分から名乗らせてやる」
男はそう言うと、呪を紡ぐ。
「闇に浮かぶ蛭。日の下を這う蛾。疾き猛き槍。消える失せる影、形、すべて。来い、三本角の長舌蜥蜴」
ボヤァと男の傍らの空気が揺らぎ透過していたそれは、姿を現す。
巨大な蒼に近い緑の体表をした鰐のような姿。
身体の半分ほどある尾がユラユラと揺れ、飛び出た眼球が左右非対称にギョロギョロと動く。
頭から突き出た三本の長い角が奇妙に動き、突き出た口先から長い舌がチラチラと這い出る。
「面白そうだ。遊んでやろう」




