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7:こんな大きいの無理ですよぉぉ

 学校というのはきっとでかい建物だと思っていたのだが、意外とそうではなかった。

 学年別の二つの小屋と教師が常駐する掘っ立て小屋。

 そして、地面を均した鍛錬場しかない。

 これなら、我が家のそばにあった菜の花畑の方が幾分かデカい。


 そして、その学校とやらに登校初日から遅刻していた。

 確かに、いきなり遅刻するなどという無分別な行いは目立つであろう。

 その上、デクで有名な領主の息子が戦化粧よろしく服を血で濡らしているのだ。

 奇異な目で見られても仕方ない。

 着いて早々、教師たちから質問攻めをうけた。


 しかし、すっころんで大けがしたら治癒魔導士が通りかかって助けてもらった。

 という俺の完璧な口から出任せ(カバーストーリー)が功を奏したのかそれ以上誰も何も言ってこなかった。

 かわりに、そんな大魔術師を探せと教師が一人走り出ていった。一生探してればいい。


 が、それとは別に理解できないものが一つあった。それは、ミーアへの視線だ。


「えっと、ジャック君とケレンルミアさんは一番右奥の席よ」


 教室に案内された俺たちに籍を案内したのは、二十代中頃くらいの女の教師であった。

 ミルウーダよりわずかに年上に見える。

 が、それに従わず俺は、まず教室の中をぐるりと見渡した。

 生徒は十五人程度であろうか。室内の中央前部にちんまりと集まっている。


 そして、俺たちがあてがわれた列の一つ左列四名がニヤニヤと俺たちを見ていた。

 最後列のデブ、どこかで見たことがある気がする。が、俺の脳みそはエコ使用だ。

 覚えていないということはきっと不要な記憶なのだろう。


 ミーアを先頭に歩いていると、ミーアの足元にそのうちの一人が足を突き出した。

 キャッとミーアが小さく悲鳴を上げて倒れる。


「エルフがなんでこんなところいるんだよ」


 ヴァンパイアじゃなかったのか。道理でヴァンパイアといった時の反応が変だったのか。

 俺は、感謝の意を伝えるべく、足を出した少年の足の甲に剣の鞘を叩き付けた。

 そして、礼の代わりに別の疑問を問う。


「おい、エルフってなんだ?」


 少年は声も上げずに口だけで絶叫する。声にならない痛みというやつか、かわいそうに。

 と、立ち上がったミーアが俺に寄ってきた。


「ジャック様、私は大丈夫ですので」


 先ほどの元気がない。気味が悪い。それ以上になぜか胃の奥がむかむかと具合が悪い。

 なぜ様に戻った、そう聞こうとしたところで一番奥のデブが口を開いた。


「おい、デクとエルフ。仲良くご通学の上、よくも俺の部下をやってくれたな」

「あ、はい。申し訳ありません。しかし、私とジャック様はむかんけ――」

「そんなことはどうでもいい。エルフって何なんだよ」

「ジャック様。私は何も気にして――」


 俺は大きく息を吸い込む。そして、周囲の注意がこちらに向いた後で俺は低い声でもう一度口を開いた。


「だからぁ、エルフってなんだよ」


 空気が冷え切っていくのが分かった。ミーアがぽかんと口を開けている。

 デブもまた右口角をぴくぴくとさせたまま固まっていた。

 ミーアがやっとというように聞いてくる。


「え、ホントにジャックはエルフが何か聞きたかっただけですか?」

「ミーア、お前は何を聞いてるんだ? さっきからそう言ってるだろ」

「なら、なんでこの人叩いたんですか?」


 俺は足の甲を押さえいまだに唸っている少年をちらと見た。


「足を出すのが悪い。むかついたからだ」


 冷え切った空気が止まる。

 と、教師が絞り出すように声をかけてきた。


「えっと、ジャック君、叩くのはダメよ。あと、エルフについては後で説明するからとりあえず座ってくれるかしら」

「うむ、それならばいい」


 デブの横を通るとき、すごい形相でにらんでいた。誰なんだ、こいつ。もう一回暴れるぞ、こら。


◇◇◇


 学校が終わり、今俺はミーアとともに帰路についている。


 明日から本格的な学習が始まるらしく、今日は生徒の自己紹介やらなんやらしかなかった。

 そして、昼飯を食って終わりというなんともつまらない一日だった。

 特に隣のデブが何かにつけて突っかかってくるので、何度もその鼻に頭をつきこみたくなる衝動を抑えるのが大変だった。


「エルフは二等民。ごみかs…… 勇者が魔王……さま……を倒す直前に寝返ったから人族から嫌われてる。あってるか」


 俺は今日覚えたことを口にした。


「うん、あってますね。でもそれをエルフの前でいうのは間違ってると思いますよ」

「ところでなぜあいつらはお前をエルフだと知っていたのだ? 有名なのか?」


 俺の大したことないミスなど気にせず俺は疑問を続けた。


「あ~ 有名ではあると思います。あとエルフは数が少ないし、学校に行くって珍しいですからみんなに知れ渡ってたんだと思いますよ。それに知ってれば誰でも、見分けられますよ、ほら」


 ミーアは髪を書き上げた。そこには、耳があった。


「耳がとがってるんです。エルフは。あとは、人に比べてエルフの方が顔立ちの均整がとれてるとか言われますね。そのせいでエルフ狩りみたいなこともあったみたいです」

「ふむ、自分で自分を美しいとかいうやつらは確かに嫌われるだろうな」


 俺の一言にミーアはぶんぶんと首を振った。


「私たちが言ったわけじゃないですよ。それに、私はジャックの方がその……」


 最後の方がよく聞き取れなかったが、どうでもいいか。


「にしても、人間というものは相も変わらずケツの穴の小さい考え方をするな。その寝返りがなければ今がないかもしれんのに」

「変な考え方しますね、ジャックは」


 変とは失敬な。


「ということは、この国以外でも嫌われてるのか。エルフは」

「うん、たぶん。あ、でも勇者様の作ったこの国はまだましかもしれません。勇者様の従者にエルフがいたそうで」


 この国がごみかすの物だっただと?


「なぜ奴が…… もとい、勇者が国など興すのだ」

「ん~ジャックってたまに勇者様と知り合いだったみたいな言い方しますね」


 気のせいだ。

 俺の視線の意味するところに気が付いたのか、ミーアはそこには深く突っ込まなかった。


「ここに、魔王攻略の拠点を作ってたらしいですよ。それが村になって街になって、それで国になったそうです」

「周辺にも国があるだろ。バカなのか?」


 国と国の間とは、権力の縄張り争い最前線だ。

 この国の北には大国が、南には小国がいくつか点在している。

 縄張り争いというのは恐ろしく面倒なものであり、新たな権力など許すはずがない。


「この辺、実はもともとたくさん魔物が住んでる森だったんだったんだそうですよ。だから、周りの国も気付くの遅れて、邪魔もできなくて」


 権力の空白地帯をかすめ取ったか。なるほど、勇者らしい。


「ところで、なぜそこまで歴史に詳しいのだ」

「詳しいって程では。これくらいなら寝る前に親からお話ししてもらってるんじゃないですかね」


 母親がする話と言えば基本的に神話の世界の話だ。

 この国の興りなどに興味がないのだろう。

 というか、そういう話をするべきミルウーダからは読み書き計算は習ったが歴史など全く習ってないぞ。


 と、そこでグーと音が鳴った。俺ではない。

 音の先を見るとミーアが顔を真っ赤にしていた。


「そういえば、昼飯食ってなかったな」

「あ、うん。えっと、ダイエット中で……」

「何? ガキの時分からダイエットなど無駄だ。むしろ身体をでかくせねばいかん年ごろだろ。というかその貧弱な肉体のお前のどこを削るというのだ」

「大丈夫、本当にだいじょう――」


 ぐー


 もう一度、ミーアの空腹の鐘がなった。

 そして、そこはちょうど化けイノシシを解体した場所であった。


「ちょうどいい。お前にも肉をやろう」

「肉?」


 俺は、ミーアを連れて川に向かう。そして、川そばの木の下に荷物を置いた。

 そして、ズボンをひざ上までまくると、河の中にざぶざぶと入っていく。

 寒気が足の先から背筋を通って鳥肌を立てながらのぼる。俺はそれをできるだけ無視した。

 この冷たさのおかげで、肉の鮮度は保たれているのだ。仕方ない。


 俺は、化けイノシシの肉をミーアのところまで引っ張り上げる。

 ミーアは自身のカバンから清潔そうな布を取り出すと俺に渡してきた。

 俺はそれを受け取り、足をふいた。


「助かる。さて、お前の家は近いのか?」

「え? まぁ、そんな遠くないですけど……あの丘の上」


 なるほど。歩いて二十分くらいだな。

 背肉、腹肉、足四つに尻尾。俺は、ロープでそれらを縛りあげる。意外と量があるな。


 くっそ、なぜあのバカはいないのだ。あ、俺が帰したんだ。

 いや、しかしトレーニングだと思えば。


 と俺はそこで、肥大化した右前脚の血抜き用に切り裂いた皮膚の隙間に何か奇妙なものを見つけた。


「なんだこれは」


 俺は、指を突っ込むとそれをぐいっと取り出した。

 それは奇妙な色をした石であった。

 サイズは、親指くらいだろうか。


「それって…… 魔石じゃないですか?」

「魔石?」


 前世、魔物や魔族の体内にあったあれか。

 いわゆる、魔族やその眷族の核である。

 人間にスキルがあるように、我々にも特殊技能が存在した。

 それを司っているものらしい。俺はこれを食い成長したのだ。


 今の俺がこれを食っても成長はできないだろうが。

 というか、なんか食いたくはない。


「いるか?」

「もらえませんよ! そのサイズだったら十万(りう)位しますよ!」


 これが? その辺の魔物切り刻めばいくらでも手に入るのに!?


「なぜそんなに高いのだ?」

「そりゃ、魔物を好んで退治しようなんて馬鹿はそうそういませんからね」

「……」


「で、珍しいわりに魔法薬の材料になったり結界に使ったりで結構必要になるらしいですよ。税金の代わりにそれを治めてる人もいるくらいですから」

「なるほどな」


 俺は、それを陽にかざしてみた。

 なんとなくその石が嫌がっているような気がしたので川で洗って脂を落とした後でバックパックにしまう。

 そして、俺はもう一度肉を縛りなおした。


「よし、行くぞ。」

「え? どこに……?」

「お前の家に決まってるだろ。肉を持って行ってやる」

「え! いいですよ! そんなたくさん持たせるの悪いですし!」

「バカをい――」


 そこで気が付いた。

 そうか。こいつはさっき俺が行ったことを気にしているんだな。

 持ちたいならそういえばいいのに……


 俺は、右肩に背負っていた肥大化した前右脚をミーアに手渡した。

 ミーアは、手に持った瞬間その重さにヒィと歯を食いしばりながら小さく叫ぶ。


「いくらなんでもいきなりこれ全部はオーバーワークだ。これくらいから始めた方がいい」

「こんな大きいの無理ですよぉぉ! 何か勘違いしてますぅぅぅ」


 トレーニングとは非常である。

 俺は、後ろを気にしつつ先を歩き始めた。


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