67:お知り合いですか?
ミーアはライムと共に薄暗い洞窟を歩いていた。
「本当にこれでいいんですか?」
「大丈夫よ。ジャックを助けに行きましょ」
「でも、このまま子供を人質にされたら……」
「それも心配ないわ。皆が損するもの。それにそうならないためにあなたがあるんでしょ?」
最悪なのは、オトを人質にされることだった。
しかし、もしそうするならもっと前にやるだろうし、
まず、ここの奴らのほとんどはオトのことを知らないのは、
今の状況を見れば間違いない。
知っているのは極少数で、この賊達を騙して使っているのだろう。
知っている少数からすれば、オトを隠したまま、賊を生け贄に逃げた方がリスクが低い。
パニックを起こした残りの大多数は、人質を使うよりミーアとライムを落として安寧を図る方がリターンが大きい。
ゆえにオトも、その他の子供達も人質になり得ない。
そして、それを確定させるために、マイの時間を稼ぐために、
とにかくゆっくりと大騒ぎしながら進む。
――逃げろ、逃げろ、逃げろ。
――来い、来い、来い。
相反する言葉を込めながら。
と、曲がり角でミーアの耳はジャリっという音を聞き逃さなかった。
「きえぇぇええぇぇえ!!」
三人の賊が飛びかかってくる。
件の侵入者なのか、巻き込まれた珍入者なのか。
賊達は何者かに襲われている、という情報だけを得ていたせいで、
パニックを起こし、正しい判断はできていなかった。
いや、できたとしても逃げ損なったエルフ少女と何かの間違いで連れてこられた派手な男。
とりあえず、殺してから考えよう。
そんな塩梅で、なめてかかった男の内の一人は、角を飛び出した瞬間に、
肩と太股に刺さった矢で壁に縫い付けられた。
ライムはそれを一瞥し鼻で笑う。
その間にさらに一人がミーアの撃ち放った氷弾を腹に受け壁際まで吹き飛ばされる。
最後の一人は、少し遅れて飛びかかっていた。
矢が突き刺さり、氷弾を腹に叩きつけられるのをまざまざと見せつけられ、顔をひきつらせる。
しかし、自身の身体の挙動を止めること能わず。
男は予定通りにミーアに持っていた剣を叩きつけようとするが、
矢筒から抜いた矢の矢尻をその剣の横っ面に叩きつけられ剣は明後日の方向へ。
男は思わず苦笑ってしまう。
弓と剣。
近接戦闘で剣が負けるわけないじゃないか。
その当たり前が砕かれる。
魔術で練られた土塊が、その顎に叩きこまれた。
海老反りの格好で宙を数度回転した後、背中から地面にぶつかりそのまま気を失う。
ライムはポリポリと鼻頭をかく。
一人数十秒。
一分かからず三人を倒してしまった。
しかも、殺さず。
それは、ここまでもそうであった。
すでにそうなってしまった奴らは二十人を越えている。
あの主人にして、この侍従あり、といったところね。
現実逃避めいた思考は、その恐ろしい唸り声にかき消される。
「何よ、この声……」
「なんでしょう。犬? 熊?」
と、通路奥に影。異形。
「……何かしら」
ライムの声が途切れると同時にその影が大きくなる。
いや、走り出したのだ。
こちらの方へ。
「ライム! 構えて!!」
ライムは即座に剣を構えた。
「言ったけど、私剣術は初級だし、魔術は上級だけど戦闘に使えるのないわよ!」
「大丈夫です! 身だけは守っててください!」
足音とともに地面の振動が大きくなる。
巨大だ。
ミーアは辺りを確認する。
――え?
影が消えた。
――なぜ?
足音は、ある。
「気のせい? 見間違い?」
「違う! います!!」
と、ミーアがライムの首根っこを掴み後ろに跳ねた。
直後、側面の壁に亀裂。
バグ、ゴメリ、ゴアオン!!!
二人がいた場所に黒い影が飛び込む。
黒い、巨大な犬。頭が二つ。
そのうちの一つが二人を睨み付ける。
「オルトロス!?」
ライムは叫ぶ。
「お知り合いですか?」
「我が家の番犬はもっと慎ましい体格よ! これは昔いたとされる魔物だわ!」
「そうですか。怖そうですね」
ミーアはオルトロスから目を逸らさず、ゆっくりと弓を構えた。
それを待っていた、とでも言うように、オルトロスはガウと吠える。
笑っている――ミーアはそう感じた。
この洞窟内で初めて知的な生物を見つけたような奇妙な感覚。
背中の矢筒に沿って汗が一筋流れた。
「来ます!」
ミーアの声と同時にオルトロスの足元が弾けた。




