64:うるさいですね!
ミーアはその廃坑の入り口から少し離れた木陰に三つの影。
鼻息を荒くするミーアと、それを押さえに来たライムにマイ。
視線の先には廃坑入口を見張っているらしい男。
「落ち着きなさい。もう、止めないから」
「落ち着いてます」
「ミーア、目が血走ってるの……」
「うるさいですね!」
ライムは眉根に皺を寄せ、その皺に手を置いて、大きく息を吐いた。
そして、諦めたように首を振るとマイに視線を送る。
マイは頷くと槍の穂先が先端に付いた奇妙な鞭を片手にゆらりと立ち上がった。
そして、ゆったりと何事もないかのように歩き始める。
あまりにも無防備な立ち姿。
しかし、その存在感は恐ろしく薄い。
森の中を舞う木葉、路傍の石のように強制的に意識の外へ追い出される。
マイの持つ隠密系のスキルによるものだ。
その精度は恐ろしく高く、男はその背にマイが近づいてやっとその違和に感ずいた。
そして、それではもう遅い。
男が振り向くよりも早く、しかし、ひどく軽い一撃が膝裏に叩き込まれる。
んあ? と男が奇妙な声をあげてバランスを崩した。
振り返りかけていたせいで、身体をねじった体勢でマイの方へ倒れこむ。
マイはそれを素早く躱すと、手に持っていた鞭を振るう。
音はわずかだが、その速度は凄まじい。
男の首に巻き付くとグイッと締め上げた。
息と驚きの声は喉仏に押し潰される。
目を白黒させ喉を押さえるが、それを鞭の動きで制すると地面に叩きつけた。
「おー鞭だ」
ミーアが感嘆の声とともにパチパチと手を叩いた。
以前のピクニックでも鞭を扱っていたが、魔物を叩く場面しか見ていなかったので、ミーアにとって新鮮な心地である。
男にとってはたまったものではないが。
ミーアは感心をそこそこに、腕をぐるぐると回す。
視線の先には喉を押さえ悶絶している男。
「よし、殺りま――」
「――やるな」
ライムがグワシとミーアの頭を掴んだ。
「痛たたたたたたた!!」
「何でマイがいちいち隠密したと思ってるの?」
「入口塞いで高火力の魔法をぶちこんで、爆流惨するためデス!」
「おっかしいわね。あんたのこと、アタクシ買ってたのよ?
結構長いモノローグで語ったのに、そんなに頭空っぽだったの?」
「何のことですか?」
ミーアは首を傾げる。
戻ってきたマイにライムが首を振ると、マイは優しくその肩を叩いた。
「何かひどく失礼なこと考えてませんか?」
「考えてないわよ。ゴキの巣コロリするにしても、その種類や形状によってやり方が違うって話。
ここ、坑道なのよ? 隠れる場所も、出口もたぁくさんあるわぁけ。
無闇矢鱈にケツからバルサン砲ぶちこんでも糞虫どもに逃げられるだけよ。
ってか、人助けに来たの忘れてるのかしら」
「むぅ、ならどうするんですか?」
「アタクシ達少数なんだから、最小の打撃で最大の効果をあげる必要があるのよ。
それをやるには情報がいるわ」
そういってライムはマイの足元の視線を落とす。
そこにいるのは、喉を潰された男だ。
器用に足で転がされている。
「大丈夫です! 三人もいるんだから、正面切って突っ込みましょう!」
「マイは正面切っての斬り合いは苦手なの。それにライムは――」
「アタクシは頭脳労働担当なの。蛮族のスタンス取るつもりないわ。
そうじゃなくても、泥にまみれるなんて、イ・ヤ」
ライムは転がされている男まで近寄るとしゃがみこんだ。
そして、手をワキワキとさせる。
「そういう訳で、ゆっくりたっぷりジワジワとねっとりヌラヌラ行くわよ」
髪を掴むとグイッと頭をあげ、目を合わせて睨み付けた。
そして、瞳を僅かに揺らしながら、男に聞こえるだけの大きさの声で呪文を唱える。
魔術スキルの中でも精神異常を起こすスキルは魔術スキル上級であっても使いこなすのは難しい。
ライムはそれを使いこなすために他の魔術はまったく使えない。
「ここには何人いるの?」
「たく……さん」
ライムは役立たずと小さく毒吐く。
かなりの下っ端らしい。
どこまで、いけるか。
「この洞窟の抜け穴は?」
「出口は……ここ、だけ」
「オト……ハンドブルグ家で拐った子供はどこ?」
「ハン……ルグ……わから、ない」
「綺麗な服の金髪の女の子」
「ここに、いる。変な、ガキと……一緒」
「変な……ガキ?」
ライムは自身の額に大きな汗が流れるのを感じた。
「魔物の、流儀を……延々と話す、ガキ」
◆◆◆
ジャックは部屋内をうろつき、室内の様相に満足すると少女の前に立った。
少女は、固く目をつむる。目の端から恐怖の涙がこぼれ落ちる。
年の頃は10位だろうか。
絹製らしい春色をした仕立ての良いワンピース、一目で上質とわかる皮の靴。
深緑色の手入れの行き届いた髪には金の台座に大小様々な輝く石の付いた髪留め。
素朴で幼いにも関わらず恐ろしく気品のある顔立ち。
身体中に泥や埃を付けているが一見して育ちが恐ろしく良いことがわかる。
わかるのだが、ジャックには関係がない。
「おい、女。ここはどこだ?」
「あ、あなた! だだ、誰なんですか?」
怯え助けを求めた人間を無視して、その牢獄とでもいうべき部屋を旧友の家でも訪ねるかのように歩き回り、そして、思い出したかのように存在を問う。
その異常さに驚いたのだが、それはジャックには伝わらない。
「質問を質問で返すな。学校で習ってないのか?」
「え? あ、いや…… ここはたぶ――」
「――俺の名前はジャックだ。お前の名は?」
「……え?」
「おい、質問を質問で返すなと言っただろうが。話が進まん」
「な……何なんですか? 一体……」
少女は状況が理解できず涙を浮かべるが、ジャックの目を見て一切の冗談がないことを理解した。
この少年は頭がおかしいのかも知れない……少し悩みながら口を開いた。
「私はオトです。それでここはたぶん……誘拐犯の隠れ家か何かかと思うんですが……」
「誘拐……隠れ家……なるほど、そういう設定か……」
「せってい?」
「うむ。俺はその界隈には詳しい者なのだが、どうにもこの手の魔物を知らん。
子供を誘拐し、監禁し、太らせて、食す……いや、いたな
人間のガキ二人の手で薪代わりに竈にくべられた魔女が」
「何ですか? その頭の悪そうな話。というか、何かと勘違いしてませんか?」
「いや、気にするな。そういう祭なんだろ? 大丈夫だ、お前の夢を壊さないくらいの分別はある」
ジャックはウンウンと頷く。
やばい人だ……オトは確信した。




