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62:大概

 俺は2つの命を生きてきた。

 1つは魔王直属の特殊戦闘体、通称四天王と呼ばれる魔物として。

 そして、その生が終わりを迎えたと思った途端に、無能者(デク)と呼ばれる人間、ジャックとしての生を受けた。


 そんな2つの生を受けた俺のいわゆる前世と呼ばれる方の記憶が、俺を落胆させた。


「全然なってない……」


 街中のとある通りでは、今朝方聞いたサウィーンなるイベントが繰り広げられていた。

 異装、即ち魔物の格好をした者共がお菓子を求めてイタズラをするイベント――と、聞いていたのだが、なんだこの体たらくは。

 子供たちが何かよくわからん――魔物の格好らしい――服装をしてテコテコ歩いて民家を訪ねてはお菓子をもらう風景は、どこか牧歌的でなんとも……


「おい、そこの」


 俺は目の前を行くやけに綺麗なぼろ切れで身を包んだ男の子供に声をかけた。


「ん? 何?」


 7、8歳くらいだろうか。

 子供は、振り向いて首を傾げた。


「大人しすぎるだろ! もっとこうだなぁ……

 そこの女を引きずり倒すとか、あの男の腹にその爪を突き立てるとか――」


「なにそれ、怖い」


「怖いって……魔物の真似をするんだろ? 薄ぼんやりと歩くな!

 見てみろ、周りを。

 何の警戒心もなく、ポヤポヤとバカ面晒して歩いてるヒト族など、

 魔物からしたらケーキやクッキーがふらふら歩き回ってるようなもんだ。

 ほら! いけ!!」


 俺の助言に感銘を受けたのか、その男の子供は険しい顔でどこかへと走っていった。

 うむ、助言を素直に受け止められるのは、成長の第一歩だな。

 などと考えながら歩いていると、今度は俺が背後から声をかけられた。


「君、お菓子はいらないかい?」


「俺は魔物の格好をしていないぞ?」


 俺は自身の身体をあらためさせるようにパタパタと(はた)きながら振り返った。

 いたのは、低めの身長の男である。

 顔中にソバカスがあるがそれのせいではなく、内面から滲み出る汚さがその顔に浮かんでいた。


「いいんだよ。僕は子供にお菓子をあげるのが大好きなんだ」


 満面の笑顔。

 人間らしい欲にまみれた笑顔だ。

 そして、その背後には数人のヒトの子供がノコノコとついてきていた。


「ふむ……」


 俺は腕組み少し首を傾げた後でその男についていくことにした。


◆◆◆


 学園の学生寮は、いくつかの棟に別れている。

 学年と家格、寄付金の量でどこに入寮するのか割り振られる。

 その中でもっとも豪華な寮は寮のある区画の最奥部にあった。

 そこに住んでいるのは、貴族達が集まるこの学園の中でも更に高貴な貴族である。

 そして、そこを貧乏人(ミーア)がうろうろしていた。

 困ったように眉をひそめるその少女に、背後から声がかけられる。


「あなたねぇ、何してるのよ」


 ドギツイ金髪、ドギツイ眉毛。

 広い肩幅に、分厚い胸板。

 濃いめのアイラインにチーク。

 性別の壁をうろうろしている――つもりなのだろうが、見間違うことない男。

 テカテカとしたピンク色に塗られた唇から発されるドスの効いたハスキーボイスにミーアは振り向いた。


「ライムちゃん! ジャック知りませんか?」


「知らないわよ。野犬の行き先なんて。

 それよりも、あんたここにいて大丈夫だったの?」


 家格も寄付金も、そして、出自も最低ランク。

 その上、比較的差別の少ない国とはいえ、それでも被差別民であるエルフ。

 無能者(デク)のくせに傲岸不遜なジャックに付き従う美しき被差別民ミーアは、悪い意味で目立つ。


「アンジュさんの紹介状もらってきました」


「そういう話じゃないわよ。他のやつらに余計なこと言われそうねっと話よ」


「言われました……でも、別に気にしてないです。もし本当に嫌な思いさせられたとしても」


「しても?」


「私、3分あればこの辺一帯まっ平らにできますし」


「……」


「……冗談ですよ?」


 ミーアはにこりと笑う。


ジャック(あれ)に隠れてるけど、あんたも大概よね」


 ミーアは少し不服そうな顔をする。

 表情がコロコロと変わるどこにでもいそうな少女。

 しかし、ライムはその少女にうすら寒いものを感じていた。

 確かにこの少女はそんなことしないだろう。

 そう、できないのではなく、しないのだ。


 被差別民であり、美しい容貌。

 ライムからすれば、被差別民というのはいつだって危険な反乱分子だ。

 鬱憤の溜まった底辺とは、ウジの沸いた糞溜めである。

 肥溜めであれば畑を肥えさせるが、糞溜めは辺りに悪臭を撒き散らしダメにする。

 そして、爆発する。

 ただの爆発ならまだ良いが、その爆発に指向性があってはならない。


 そして、この危険な指向性、つまり旗頭に成りかねないのが、このミーアである。

 ライムは、このただの小娘を最重要危険人物だと認識していた。


 差別されてなお高潔な心。

 自身を忌む相手すら虜にするその美貌。

 そして、冗談でもなくこの学園に敵はいないであろう、その戦闘技量。


 その心に同胞が心を掴まれ、その美しさに敵すら惹かれ、その技に魔が魅了される。

 そのカリスマ性は天性のものだ。

 そして、その手綱を握っているのが超ド級の危険人物。

 中央のお歴々は、この危険に気がついているのか。

 いや、気づくどころか、見向きもしてないだろう。

 政争に忙しくてそれどころではないのだろうが、国がひっくり返るときは大体奇妙な集まりから始まるという至極当たり前のことすら忘れているのだろうか。

 いや、そんな歴史のことなど学んでいないのかもしれない。

 盛大に開かれる晩餐会のマナーのほうが彼らには重要なのだから。


 ライムは、自国の状況に涙しそうになるのを必死にこらえた。


「ジャック……どこでしょう」


「腹でも減ればすぐに帰ってくるわよ」


「ジャックは犬じゃないですよ!」


(ケモノ)の方がまだ上等な気がするわ」


 あれはケダモノ。そして、ケモノの方がまだ理性的だ。

 ライムは、言外にその意を込めたが、あまり伝わらなかったようである。

 ミーアは、少し首を傾げたが、すぐにまた頭を抱えた。


「ライム、探したの!」


 と、さらにその後ろから声がかけられた。

 ライムとミーアはそちらを向いたあとで、声の主の身長にあわせて視線を落とす。


「どうしたのよ、マイ」


 ライムはちょこんと立つ少女、マイに返事する。

 頭の上にお団子を二つつけた、どこかオリエンタルな雰囲気のある、やっと十を超えたような可愛らしい少女。

 しかし、その年齢は見た目よりもいくつか上である。


 少女らしからぬ真面目そうな顔でライムの疑問に答える。


「お屋敷から連絡があったの」


「連絡? 何かしら?」


「誘拐事件がこの辺であったの」


「誘拐ね。わざわざ我が家が慌てる理由は? 我が家の縁者?」


「遠縁も……いるかもしれないのだけれど……」


「どういうことよ?」


「行方不明の子供が十を越えてるの。そして、子供を連れた男が目撃されてるの」


「もしかして……」


「そうなの。ハンドブルグ家(お屋敷)主催でやってた、

 サウィーン祭ってイベントの最中に3人消えたの。

 メイドから何から家中すべてが大慌てで走り回ってるの。

 どうにも、その中にオト様が……」


 ライムは渋面を作る。


「お母様も余計なことしてくれたわね。

 年甲斐もなくそんなアホみたいなイベント起こしてからに……」


「オト様?」


「それは気にしないでいいわ」


「そうですか」


 と、言ったあとでミーアの顔色が変わる。


「……もしかしてジャックも……?」


「ないでしょ、あれが捕まるタマかしら」


「んーヒントになるかわからないけど」


 マイは、一拍置いて首を傾げた。


「魔物の格好でお祭り楽しんでた少年に人間を襲えとけしかけた、

 やけに目付きの悪い無愛想な黒髪の少年が誘拐犯と思わしき男と

 一緒にいたのがわかってるの」


「絶対ジャックだぁぁぁあぁぁ!!」

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