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61:パンツが出てきて大騒ぎ

 茶けた屋根の連なる学生寮を抜けた場所には、高い木々の森がある。

 秋が近くなり落ちた紅い葉が隠してしまっているが、よく見るとそこには獣道があった。

 そしてそこを、少年が歩いている。

 爽やかな秋の香りが吹く中でその少年は、そんなもの感じていないかのようにむっつりと少年らしからぬひどい目付きだ。

   

 たどり着いたのは、赤いとんがり屋根の塔である。

 その場所には生徒どころか教師もめったなことがなければ近づかない。

 なぜなら触れられざる者(アンタッチャブル)と恐れられる生徒がいるからである。


 名はアンジュ・ホンハイム。国父八華族の筆頭ホンハイム家の三女、即ち良すぎるところのお嬢様だ。

 その上アンジュは教師が理解できない論文を何本も書いている才媛で、生徒や教師から一目いや、二目も三目も置かれている。

 ゆえにアンタッチャブル。


 そして、そんな事実などないかのように少年は不躾に塔の扉を叩いた。

 扉越しにドタドタと足音。


「やあ、ジャック」


 扉を押し開けて現れたのは、深緑の髪をした女性だ。

 研究者然とした切れ長の目、薄いが形のよい艶やかな唇が、それらの雰囲気と相反するように小気味良い形に歪んでいる。

 淑女と少女が同居しているような、不思議な美女だ。


「お前、ドアを開ける前に俺だとわかってたのか?」


「ああ。でもこれは簡単な推理だ。昨日カミラとミーアが来た。

 またすぐに来る雰囲気や必要性はない。

 さらに、もう一人、君の自称お嫁さんのアレテは我が家で午睡の最中でね。

 そして、悲しい話だがそれ以外だとここに来る人は君くらいしかいない」


「本当に悲しい話だな。俺経由の知り合いばかりだ」


「確かに自分でそういったが、他人に言われると傷付くね」


 ジャックは目を伏せたアンジュをちらと見てから、扉越しに部屋の奥を確認する。


「……ホントにミーア来たのか?」


 ミーアはちょっとした小遣い、主にお菓子と引き換えにアンジュの住まいの掃除をしている。

 恐らく、昨日ミーアが――掃除の邪魔をする――アンジュの話し相手としてカミラを引き連れてやってきたのだろう。

 室内の惨状とは相反する事実だが。


「残念だが、ミーアがまたくる必要性はあると思うぞ。しかも即日に」


「いやーアレテの身体をあちこち観察してたらいつの間にか。

 そんなことより上がっていくかい?」


 ジャックはアンジュにアレテについての事の経緯を――面倒な部分を省いて――説明していた。

 なにせここまで精巧な自律人形(ゴーレム)など、ジャックは知らないからである。

 そう、あの魔王軍にすら不可能であった――当然知らされてなかった可能性はあるが――技術。

 アンジュならば何かわかるかもしれない。

 研究動物扱いはいかがなものか、とミーアは言っていたが、うまいものが食えると喜んでいるアレテを見てから何も言わなくなった。


「断る。また、パンツ(下着)が出てきて大騒ぎされるのはごめんだ」


「大丈夫! 昨日からだから、計算上一枚しか落ちてないはずさ!!」


 何が、どう大丈夫なのだろうか。全くをもって理解しかねる。

 まあ、理解するほど暇でもないし、どうでもいいか。

 ジャックはそう考え、話題を変える。


「お前、デッド・オア・アライブって知ってるか?」


「あぁ、生死問わず。どうしたんだい? 懸賞金稼ぎでも始めるのかい?」


「違う。何かお菓子がもらえる呪文だそうだ。

 ミーアとカミラから聞いてな。何らかの人身掌握術だとは思うのだが……」


「あーうん、多分それ違う。ただのお祭りだよ。サウィーン祭。

 まるまるもりもりかくかくしかじかな感じの」


「なるほど……わからん……」


 実のない話に理解のないジャックは大きく眉をひそめ、大きく首をかしげた。


「まあ、わかった……」


「ホントにわかったのかい?」


「理解しがたいことがわかった。

 とりあえず、(魔物の)(格好を)して、街を馬車をひっくり返したりゴミを撒き散らす等の異常な行動しながら練り歩き、

 トリック・オ()ア・トリート()を唱えながら、

 お菓子という名のイタズラ(乱交)したり、

 イタズラ(逮捕)されたりする祭りなのだろ?」


「何かイタズラの内容がやけに具体的な上に、それはただの迷惑行為、もしくは陰キャの妬みだよ。

 今回はそれどころじゃなくて逮捕されてないから、違うかな」


「違うのか……」


 ジャックは少し悲しそうな顔をする。

 しかし、その顔もすぐにむっつりとした表情に戻った。


「とりあえず、お菓子はもらえるのだろう? もうそれでいい」


 そういうと、アンジュに背を向けて元来た道を帰り始める。


「うーん……ジャックってそんなにお菓子好きだったっけ?」


 アンジュは首を傾げながらその背を眺め、そして、論文が書きかけだったことを思い出して扉を閉めた。

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