60:トリック・オア・トリート
学園は3月から長期の休暇に入ります。
ジャックの「金が無駄」という一言で、私たちは帰省しませんが、
普通の学生は帰省するようで、私は帰省の準備をしているカミラの部屋でお手伝いをしています。
「あなた、酷いこと考えてるでしょ。まあ、いいけど。これも食べる?」
「ありがとうございます!」
私はそういうとカミラが差し出してくれたクッキーを一つつまんで口へ運びました。
柔らかな甘味が口の中でほどけていきます。
口元が意識もなく綻んでしまいますが、止められません。
「あなたさあ、一応にも貴族の従者でしょ?」
「はい。一応にも(モシャモシャ)ベッティン領の貴族の従者を(モグモグ)かじってますよ」
「貴族の従者かじってる者がクッキーかじりながらしゃべるんじゃないわよ」
そういって、カミラは赤い髪をよじります。
カミラの癖です。
「ダメですよ。髪が痛んじゃいます」
「そうね。それより、あなたが戦闘狂いのお屋敷にいたとき、お菓子とか食べられなかったの?」
「何か失礼なルビ振ってません?」
私の言葉にカミラは「言ってません」と言って、またクッキーを口にします。
それにしても、私がいつもカミラの部屋でお菓子を食べているから、食事もまともに取らせて貰えてないと心配してくれているのでしょう。
しかし、これではベッティン家の沽券に関わります。
「安心してください。奥様が料理上手なので、お菓子も毎日ってわけじゃないですが食べてましたよ!」
「あら、奥方様が自らとは珍しいわね。どんなお菓子なの?」
「サンドウィッチのときの余ったパンの耳を揚げて砂糖かけたのとか、
古くなったパスタを揚げて塩かけたのとか、うど――」
「――好きなだけ食べなさい」
「わーい」
何かよくわかりませんが、お菓子が増えました。
なぜカミラは涙目なのかわかりませんが。
ゴミでも目に入ったのでしょうか。
「そういえば、もうすぐサウィーン祭ね」
「サウィーン祭?」
「だから、口の中片付けてから話しなさ――って言ってるそばからかじるな」
ズビシとチョップされた頭をさすりながら、私は寂しくなった口を開きます。
「サウィーン祭ってなんですか?」
「最近外国から入ってきたお祭りよ。仮装して歩き回るらしいわ。
どこかの貴族が始めたイベントらしいの。
この辺の若い人たちはたくさん参加するらしいわ」
「ふーん」
「興味をいきなり失うな。若人よ」
「仮装しても腹膨れませんからね」
カミラが、目頭をもみこみながら、口を開きます。
「なんて現実思考娘。もう一つ食べなさい」
またクッキーが増えました。
「まあ、でもそのお祭り、お菓子もらえるわよ」
「どこで? どうやったら?」
「私、口の中片付けてから話せって言ったわよね?」
カミラが、顔についた私の吹き出したクッキー片を黄色いハンカチで拭き取りました。
「ごめんなさい」
「別にいいわよ」
「で、どこでお菓子が!?」
「無色反省か……」
カミラはハンカチをポイっとランドリーボックスに放り込むと、またこちらへ向き直ります。
「トリック・オア・トリートって、家々を回っておかしをもらうらしいわよ」
カミラは手を挙げてガオーかわいらしく威嚇します。
「トリック・アンド・トリート?」
「そんないかがわしい祭りだとは聞いてないわ」
カミラは両手を下ろすとやれやれと肩をすくめました。
と、扉がノックされ、ノータイムで開きます。
「おい、ミーア」
扉の隙間からジャックが顔を出しました。
そして、それを見てカミラの顔色が赤くなります。
「あんた、ノックの意味を知ってる?」
「入るぞ。の合図だ」
「入っていいか? のお伺いよ!!」
「断られても俺は入るんだから、返答を聞く時間無駄だ」
「カミラ……ごめんなさい……」
「どうした、ミーア、急に。カミラの小指でも落とすつもりなのか?」
「なぁんで私がケジメなきゃならないのよ。主の不明を謝罪したのよ」
「ん?」
ジャックは私を見てから不思議そうに首を傾げました。
これはもう、ジャックの病気でしょう。
カミラもいい加減諦めるべきです。
こういうときは話を方向転換しましょう。
「よく私がここにいることが分かりましたね」
「おう、お前の匂いがしたからな」
……
「……ミーア、諦めなさい。ジャックは病気なのよ」
「何かひどく失礼なこと言ってないか? まぁいい、ところで何の話をしていたんだ?」
「トリート・オア・トリート! です」
私は先程のカミラの真似をして、ガオーと威嚇します。
「キル・オア・ダイ?」
「そんな物騒な話ししてないわよ。似ても似つかないし」
「トリック・オア・トリートですよ! お菓子をもらえる呪文だそうです!」
「……ほお……」
ジャックの目が鋭くなります。
でも、私たちはジャックが何を考えているのか、だいたいわかってしまいます。
「綾よ。言葉の綾」
「お菓子を作る魔法とかお菓子をカツあげる魔法がある訳じゃないですよ
そう言っておうちを回ってお菓子をもらうお祭りがあるそうです」
「ふーん」
「ジャックも興味なし。まあ、こっちは予想通りだけど」
「お前らお菓子欲しいのか?」
「はい!」
「私はお菓子がほしいってより、面白そうだから参加してみたいって感じかしら」
「ふーむ、しかし変わった祭りだな。お前たち人間は糞便の混ざったお菓子など食わされるとキレていたようだったが……」
「いや、うんこなんか食わされたら誰でも怒りますよ!」
「ん? ならば……挽き肉にした親族か? はたまた、毒か?」
「なんで、異物を仕込むこと前提なのよ! しかも、全部怖い!!」
「違うのか?」
「ジャック、お祭りですから。子供たちを楽しませるためのお祭りですから。
嫌がらせじゃないので、混ぜ物なんかありません!」
「な……誰にどんな得が……お菓子屋に命を狙われていて、お菓子を大量に消費しないと何か罰が……」
「何もありませんから。変なことで悩まないでください」
眉をひそめ、悲壮な顔で考え込むジャックはどこか滑稽です。
「よくわからんが……お前らお菓子が欲しいのか」
「はい!」
「そうか……そうなのか……お菓子が欲しいのか……」
なるほど。と、ジャックは呟きながら踵を返して扉を出ていきました。
「あいつ、何しに来たのかしら」
「さあ?」
そういって私はまた一口クッキーを食べました。




