58:私はエルフ、俺はデク
俺はミーアとアレテ、そして依頼されていた少女を連れて騎士団の要塞にいた。
グラン少佐に会わせろ、という一悶着は、以前学園入学試験の再試験で相手になった女騎士のルバーニャがちょうど通りかかってくれたことで事なきを得た。
そして、少女を別室で待機させた俺達はグランと面会をしている。
「で、何。リアック領の一件。君たちが収めたっての?」
グランはどでかいワークデスクの前に腰を下ろすと、その武人とは思えない細かい動きで書類に目を通す。
「収まったというのでしょうか……人がたくさん死にました……」
興味なさそうに椅子に深く座り込んで寝ているアレテをよそに、グランの言葉にミーアは目を伏せる。
その書類は先ほど俺達が離した内容を書き記したものと、先ほど先遣隊によってもたらされた情報だ。
俺達に嘘がないことはそれを見れば一目瞭然だろう。
「お嬢ちゃんには悪いけど、十分収まってるよ? さっきの早馬の情報だけどさ。正直周辺に被害が及ばなかったことを考えれば“軽微な”被害だ」
ちらりと聞こえた範囲では生存者はあの街の半分に満たないらしい。
街自体が復興するのは何年も先のことだろう。
そういえばあの親子は逃げきれたのだろうか。
「で、その“騒動”を扇動したのが前にここにいた肌の青い女ってのは本当なの?」
「あとは、もう一人いたな。前に斬ったことある奴だ。そいつも青い肌をした魔族だ」
「魔族ねぇ。伝説の生き物のことだよ? 何で君がそんなこと知ってるの?」
射抜くようなその視線を俺は鼻で笑い飛ばす。
「自分で言ってた」
グランは少しいぶかしげに俺を見ていたが、はぁとため息を吐くと視線を書類に戻した。
俺の嘘に確信がなくとも気が付いているのだろう。
だからといって俺は前世の記憶を説明する気は毛ほどもはない。
めんどくさいから。
「で、なんで俺たちなの?」
「何がだ?」
「君たちが情報を上げるべきは学園の方だろ? なんで騎士団に持ち込んだの?」
「騎士様が尻拭いされた時の顔を見てみたかったんでな」
俺はにぃっと口を歪めて見せる。
「ちが、えっと…… 以前グランさんは私たちのこと助けてくれたから、ジャックは信用してるんですよ。そうです、はい」
なぜかミーアが訂正した。何を慌ててるんだ?
「ん~お嬢ちゃんの方がお利口だな。で、その心は? 別にあるんだろ? 俺達に恩を売った理由が」
学園と騎士団が仲が悪いというのは想像していた通りの様だ。
まぁ、戦闘最前線に立たされる奴らと、その後方のお歴々の間に因縁があることなど珍しいことではない。
それについてはどうでもいいし、俺の役に立つならば使わせてもらうだけだ。
そして、今回の件は“騎士団が逃がした魔物が引き起こした“という点に重大な問題があり、俺の報告のおかげである一定のアドバンテージを騎士団が得たということになる。
その情報が隠ぺいに使われるのか、清廉潔白に情報公開されるのか。はたまた、何か取引に使うのか。
それは俺が関知するところではない。
「俺達が助けた娘を預かってほしい。今回の一件に絡んでることが学園にばれたらめんどくさいから、書類上だけでもあんたらが助けたのを俺達が預かったことにしてくれ」
「とことんまでに学園にばれたくないのね? 嫌いなの?」
「書類をかくのが嫌いなだけだ。あんなもんに好きも嫌いもないだろ。役に立つか立たないかだけだ」
グランがにぃっと笑う。
「まぁ、いいよ。ところでさ、二人とも騎士になる気あるんだよね? 第五騎士団に来る気ある?」
「騎士に……?」
俺とミーアは目をあわせて首を傾げた。
「いやだって、あの学園に入ったってことはそういうことじゃないの?」
「私は、母様との約束で行ける学校であればどこでも……」
「俺は単なる付き添いだ。学校じゃなくても戦えて勉強ができればどこでもいい」
「いや、誰でも入れる学校じゃないからね? 君たち一応飛び級扱いの特待生とか前代未聞なのにそれをどこでも扱いって……」
グランは、そういって頬に深々と入っている縦傷をさすり呆れたようにため息をついた。
「それに私はエルフです」
「俺に至ってはデクだぞ。入れてくれって言ったって入れないのが伝統だろう」
「それを何とかするのも伝統というものなんだよ?」
グランはそういってニヤァっと笑う。
「とりあえず、君たちの言うとおりにしよう。今日は、休んでいくといい。学園には“騎士団”から連絡しとくからね?」
余計なことはするな、ということだろう。
こちらとしては余計な手間が省ける分願ったり叶ったりである。
ぐうっと伸びをしながら窓の外をのぞくともう暗くなってきていた。
と、寝ていたアレテの腹が豪快な音を立てる。
アレテは、目を覚ますと妬ましそうに俺を見た。
「僕、お腹空いた」
「そっちも準備しよう。肉とかでいい?」
アレテは俺の知り合いから預かったということにしてある。
嘘ではない。
なにせ、なかなかに面白い武器なので取り上げられるわけにはいかない。
これこそが、学園に情報をあげずに済ませたかった理由だ。
騎士団からすれば余計なことをされたくない以上、俺が言いださなければ聞いてくることはない。
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