56:なんで…… 笑ってるの?
屋敷を出た俺の目に街が真っ赤に染まっているのが映った。
そして、それが燃え上がった炎だと気がつく。
鼻には血のにおいが、耳には叫び声が。
俺は街に向かって走り出す。
たどり着いた街は文字通り、阿鼻叫喚といった具合であった。
逃げまどう人々と、揚々と歩き回る魔物の群れ。
足下には恐ろしい力で、何かをされたことしかわからない死体が転がっている。
そんな中、目の前を親子がこちらに向かって走ってきた。
後ろにはトカゲの魔物が追いかけてきている。
娘が母親の手を必死に引いて走っていると、母親の足がもつれ転んだ。
娘は、その母の上に覆いかぶさるように抱きしめる。
トカゲは、それを見ると速度を落とし舌なめずりをした。
しかし、その目は俺を捉えている。
その親子など、調理済みの食材にしか思ってないのだろう。
そして、次なる料理として、俺を見ているのである。
ひどく腹が立つ。
しかし、その怒りが頭に上るより先に体は動いていた。
親子の体の上を一足で飛び越える。
抜いた刀が、トカゲが反応するよりも先にその素っ首を叩き落とした。
「何があった?」
うずくまる親子を見下ろしながら問いかける。
「わか、わからないの! 突然魔物が!!」
あのツインズとかいう痛い二人組みの魔族が言っていたやるべきこととは、このことだったのだろうか。
俺の顔を見ていた娘が恐怖の色に染まる。
「なんで…… 笑ってるの?」
俺は自分の唇の端を親指で触る。
確かに引き上がっているようだ。
「お祭り騒ぎが大好きでな。ところで、魔物がたくさんいるのはどこかわかるか?」
「魔物は街の中心に突然現れて」
そういって、母親は走ってきた方向を指さす。
「そうか。わかった。とりあえず、逃げろ」
俺が言い切るよりも先に、母親は立ち上がる。
と、その娘が俺の手を取った。
恐らく、十七、八くらいだろうか。俺より少し年上のようだ。
「君も逃げよう!!」
俺はその手を振りほどく。
「ふざけるな。勝手に逃げろ」
娘は目を見開いた。俺の顔を信じられないものでも見るような顔だ。
母親の方も恐ろしいものでも見たように引きつっている。
おかしいな。別に怒ったつもりはない。
口角を触ったがやはり、持ち上がっていて笑顔のようだ。
俺の顔の何を恐れたのか。
しかし、その答えなど聞く間もなく母親が娘を引いて走っていった。
◆◆◆
街の中心部に近づく程に魔物が多くなる。
その頃には、体中が血と泥で汚れていた。
それにつれ湧き上がる高揚感。
斬りつけた敵が両手の指の数を超えたところで、おそらくは出現地点と思われる街の中心部についた。
ある意味では今までの所よりも綺麗であった。
人の死体がほとんどないのだ。
理由は簡単、全部綺麗に食い尽くされたのだろう。
おびただしい量の血痕と衣服やらなんやらの残骸がそれを証明している。
「ジャック!」
声の先にはミーアがいた。
「何してる? あの娘は?」
「逃がしました!」
「なら、お前も逃げろ。ここは逃げるかエサになるか。そんな岐だ」
俺は横から襲いかかってきた魔物を見ることもなく斬り飛ばす。
それと同時にミーアが上空に向かって矢を放った。
どさっと、俺のそばに翼の生えた魔物の死体が落ちてくる。
「だって、ジャック、空の敵倒せないじゃないですか!!」
「おりてきたら殺すだけだ」
「無茶苦茶言わないでください!!」
「なら、ついてこい!!」
俺が刀を振るい地面の敵を斬り殺し、ミーアは矢と魔法で上空の魔物を落としていく。
死と血の嵐の中に魔物の死体が積みあがっていった。
「だいぶ片付いたか?」
「なんか、なんか変です」
「何がだ?」
「足元…… 地面の下になんか嫌な気配が……」
ミーアが足元を見て眉をひそめる。
俺もまた、飛びかかってきた魔物を無造作に切り捨てながら、その視線の先を追った。
と、地面に沈み込んでいくだけであった血液が突如として、横に滑るように移動した。
「血が何かを描いている?」
「これは、魔法陣です!!」
どん、と地面が揺れた。
何かが突き上げるような衝撃に、ミーアがキャッと叫ぶ。
「ジャック! 地面から、何か来ます!!!」
体勢を立て直したミーアは陣の外に跳ねるように逃げる。
俺は、刀を握りなおした。
「面白いことになってきたな」
地面が盛り上がり山のようになった。
そして、その山の中から巨大な人型の生物が現れた。
足元からてっぺんまで十五メートルほどある。
ゴーレムの様だが、その材料は土や岩だけでなく、血や肉、骨も使っているらしい。
赤と茶色と白の入り混じった人形。
「なんかおいしそうな配色してますね」
「腹壊しても知らんぞ」
「さすがにあれはいただけません。ここの街の人たちはもういないみたいですけど、どうしますか?」
「ならお前も行っていいぞ。俺はあれを食らってから戻る」
「やっぱり……」




