55:処分しなさい
サンティとの幾度目かの激突。
腕は再生するようだが、眼球は再生できないようだ。
もし、造り出せるなら、移動なんて方法は取らないだろうという俺の予想は当たったようである。
残った眼球が俺を探すように、自身の身体上を移動する。
大量に生えた腕は、やたらめったらと振り回している。
俺はその暴風域の中へと進み入った。
心胆を寒からしめる心地よさ。恐怖に震える快感。
魔王様の千京分の一の那由他の彼方にも届かないが、それでも、今の俺の心を満たしていく。
その快楽が俺をたたき上げていく。
思い出した。俺がなぜこれほどまでに魔王様を慕い、従い、狂うのか。
次に魔王様にお会いできた時には、俺が、必ず、斬る。
「何をしている! 殺せ! サンティ!!」
半人半魔が叫ぶ。
サンティとソークラが、それに合わせて叫ぶ。
どいつもこいつもやかましい。大人しく見ていろ。
俺は打撃の間隙をついて刀を肉人形に突き立てる。
そしてその傷口に後生大事に握っていたビリビリするロープをその傷口にねじ込んだ。
ブギィと叫び、痙攣して硬直しだす。
俺も少しだけびりびりしたが、傷口から腕を引き抜くと、肉人形の身体をさらに切り裂く。
「やめてくれ!!」
ソークラが叫ぶ。
が、俺はお構いなしに刀を振るった。
びりびりのせいか、それもとさすがに回復力が底をついたのか。
俺の目の前には赤に染まった人間が一人。
「もう……やめてくれ……」
ソークラが俺の脚に縋り付いてきた。
顔中泥だらけにしている。
どうやら、倒れ込んでいたのは脚が折れていたかららしく、ここまで自分の身体を引きずってきたようだ。
「だめだ。こいつは殺す。お前の嫁の最後の願いだ」
「何だと……」
「こいつはずっと探してたんだよ。自分を殺してくれる相手を。化け物になっちまった自分とその中身をぶちまけてくれる相手を。だから、殺意を持ったものに襲い掛かったんだ。殺してくれるまで殺して回るしかなかったんだ。サンティは。ホントはお前にやってもらいたかったんだろうけどな」
俺は、いまだにしがみついているソークラを蹴り飛ばした。
そして、サンティに歩み寄ると、縦に両断する。
血の池に肉塊が二つ音を立てて倒れ込んだ。
「サンティ! サンティ!!」
ソークラがサンティに向かって這いずり始めた。
俺は、それよりも気になるものがあった。
「おい、お前の最高傑作とやらは血の池地獄に還ったぞ。降りて来い、次はお前だ」
メトレスは俺と、サンティ、そしていまだに泣き続けるソークラを見て顔をしかめた。
そして、舌打ちを一つするが、気分でも変えるかのように手を一つ打った。
「しょせんはソークラの作った出来損ないであったか。私があれだけ手を加えたにもかかわらず、敗北するとわ。しかしな、本物の最高傑作があるのだよ。こい! 双子!!」
メトレスが叫ぶと、その背後の空間が裂けた。
そして、中から現れたのは肌の青い人型の生物が二体。
「私が、最初から最後まで作り上げた勇者の素体だ! 強靭な身体と魔法への適性をもった最強の人類だ!!」
それを聞いていた肌の青い女は、手を口に当ててクスクスと笑う。
「あら、お父様。嘘がお上手。お母様の肉体を培養させて偶然できたくせに」
「あ、姉さん。お母様が血まみれで死んでますよ。誰ですかね、あの男の人」
どこかで見たことのある二体だ。
首をひねっていると、男の方が俺を見てびくりとした。
「あ、姉さん! 俺あいつ知ってますよ。俺の手を斬り飛ばした奴だ!!」
「あら、私の顔を切り刻んだ奴でもあるわよ。ごきげんよう」
そうだ、どっかで見たことあると思ったんだよ。
確か名前は……
「ブラジルとグロイバカ?」
「フリジヤよ!!」
「グライユルだ!!」
似たようなもんだろ。
「なんだ? 知ってるのか?」
「えぇ、お父様。あいつこそ、お父様の勇者化を阻むために魔王が遣わした化け物に違いありませんわ」
フリジヤがくすくすと笑う。
「勇者? 魔王? 何の話だ? いるのか?」
「いるのか、だと? 目の前にいる私こそ、勇者にならんとする英雄だ!! この世界に新たに生み出されるヒーローだ!!」
「きゃーかっこいいわーおとうさまー」
両手を上げて演説をするメトレスをフリジヤが棒読みで応援する。
「なんでその英雄が青いんだよ」
「ふん、このツインズはアカーシャ光というこの世の全ての叡智を受け生まれた、言わば真理の書だ! この二人に導かれ私は勇者になろうと」
「お前のような肌が青い勇者がいるか。いたとして人間が勇者として認めるか、ばーか」
な、とメトレスは目を見開いた。
「人間の本質は排斥だ。自分と違うものをとことん排除することが大好きな生物だ。そんなクズどもがそんな気色の悪い顔色の化け物を崇拝するわけないだろ。新手のモンスターとして退治されるのが関の山だ。お前がいくら勇者への羨望で思い煩ったとしても、今のお前は顔色の悪い醜男だ。吐き気がするほど甘い夢に溺れたただの間抜けだ」
「わー、ひどーい。おとうさまがかわいそー」
フリジヤとグライユルはけらけらと笑っている。
メトレスは、顔中にしわを寄せて、怒りをあらわにした。
「ツインズ!! あのガキをひねりつぶせ!!」
グライユルが、にぃっと口端を引き上げこちらに飛びかかってこようとしたのをフリジヤが止める。
「ダメよ、いくらムカついてても“お父様”に言われたことをきちんとやらないと」
そういうと、フリジヤはメトレスの方に近寄った。
「ごめんなさい。“お父様”が、もう“お父様”には付き合えないから処分しなさいって。ごめんなさいね」
フリジヤが微笑んだ。
メトレスはその笑みに何かを感じたのか、その場を離れようとしたが、その肩をグライユルがガチリとつかんだ。
「さようなら、お父様」
「さようなら」
「何する!! 離せ!! あああああああ」
メトレスの青い部分がブクリブクリと水膨れのように膨らんでいく。
そして、それが弾けたかと思うと新たな水泡が膨れ上がっていく。
それに合わせて肌の青い部分が人色の部分を侵食する。
メトレスは痛みに叫びながら、立っていた場所から俺達のいる低階に落ちてきた。
落ち方が悪かったのか、変な態勢でうごめいている。
それを目の端にとらえながら、二人の方に視線を送る。
「お前達、魔族か?」
「あら、なんで知ってるのかしら。どこかでばれたかしら?」
魔族、心の深い場所が波を立てる。肌が粟立つ。
「てめぇら! まとめて相手にしてやるから降りて来い!!」
「姉さん! あいつはどうするんですか! 俺の腕の仇を取らせてくださいよ!」
「ダメよ。まだやることあるし。それはあのバカにでも任せておきなさい」
フリジヤはメトレスに一度だけ視線を送ると空間に溶けるように消えた。
チッとグライユルは舌打ちして俺をにらみつけた後で、同じように消えていく。
「くっそ、逃げられたか。つまらん」
俺がメトレスに視線を移すと、メトレスはギリギリ人型を保っていた。
「痛い、助げでぐれ。熱い、いだ……あず……」
メトレスの身体がどんどんと膨れ上がっていく。
このまま放置していれば、死ぬ……か、運が良ければ化け物辺りに変じてくれるかもしれんな。
俺は、刀を納めるソークラの方に歩きだした。
ソークラは、何か必死に魔方陣を構築していた。
「何をしているんだ?」
ソークラは、陣を書き終えたのかサンティの方に這っていくと、その肉体に手を突っ込んだ。
ずぶずぶと中から引きずり出したのは、わずかに脈打つ赤黒い肉腫。
「僕は、サンティが生きることを願った。でも、本当の願いはサンティと共に僕が生きたかった。自分が生きることを肯定するためにサンティを生かそうとしたんだ。そんな下卑た考えのせいでサンティを苦しめてしまった。この子を苦しめてしまった……」
ソークラはその肉腫を陣の中心に供物のように置いた。
「この子の名前はアレテだ。僕とサンティで考えた」
苦しむように、しかし、どこか晴れ晴れとしたようにそういうと、サンティの血で陣の最後を締める。
呻きながら、ソークラは魔術を唱える。
魔法陣が輝く。
それに合わせてサンティとソークラの肉体が溶け落ちていく。
少ししてから魔方陣の肉片とサンティ、ソークラは消えて失せた。
「ぐぎぎぎぃぃぃ」
歯ぎしりのような不愉快なうめき声。
そこには、いまだに呻くメトレスがいた。
賽の目は良くない方に出たらしく、死ぬに死ねず、しかしバケモノには変じてくれず。
俺はそのやかましいだけの生物を真っ二つに叩き斬った。




